閉形式の線積分とポテンシャル場の線積分

今日も微分形式とベクトル解析について書く。テーマは経路に依らない線積分である。

まず、ポテンシャル場における線積分について説明する。あるベクトル場 {\bf f}において、経路Cに沿った線積分を行うことを考える。Cの始点は点P、終点は点Qであるとする。このとき、もし {\bf f} = \mathrm{grad}\, \phiを満たす関数 \phiが存在するとき、この線積分は以下のように経路に依らない値を取る。

{ \displaystyle
\int_C {\bf f} \cdot d{\bf r} = \phi(Q) - \phi(P)
}

実はこれに対応する定理が微分形式の世界にも存在する。例によって「多様体の基礎」を見てみると、以下のように記載されている。

 \omegaが閉じた1次微分形式( d\omega = 0)ならば、曲線cをその始点c(a)と終点c(b)を止めたまま多様体Mの中で連続変形しても、線積分 \int_c \omegaの値は変らない。

ここで、閉じた微分形式、または閉形式とは、外微分を計算すると0になるような微分形式のことである。前回の記事でgradは0次微分形式、つまり関数に対する外微分に相当するということを述べた。さらに、外微分の外微分を計算すると常に0になることから、 {\bf f} = \mathrm{grad} \phiは閉形式である。結果として、ポテンシャル場における線積分は閉形式の線積分によって一般化されるのである。本当に微分形式さえあればベクトル解析は不要なのではないかと思うほど、微分形式はベクトル解析をうまく取り込んでいる。

今日一番言いたかったことは以上であるが、上で引用した定理について一点だけ補足する。この定理では多様体M上での線積分について述べているわけだが、そもそも多様体上での線積分とはどのように定義されるのであろうか?これは \mathbb{R}に対する引き戻しによって定義される。すなわち、ある写像 c: \mathbb{R} \ni [a, b] \to Mがあって、これと閉形式 \omegaの合成写像積分を考えるのである。以下に定義式を示す。

{ \displaystyle
\int_c \omega \overset{\mathrm{def}}{=} \int_{[a, b]} \omega \circ c
}

これにより、被積分関数の定義域をMから \mathbb{R}に引き戻すことができ、見事に線積分が定義できるのである。

さて、大晦日ということで今年一年を振り返ってみると、後半にこれまで学んできたことの復習に重点を置いたことで、より数学に対する深い理解が得られたのではないかと思う。特に、ガロア理論の基本的な部分に対して定性的な理解を得られたことは至上の喜びであった。来年は仕事がちょっと忙しくなりそうだが、うまく時間を見つけて数学の勉強を続けていきたい。では、良いお年を!

参考

多様体の基礎 (基礎数学5)

多様体の基礎 (基礎数学5)

li.nu

スカラーポテンシャル・ベクトルポテンシャルと微分形式の外微分の関係

今日も微分形式について書きたいと思う。本当は線積分周りのことを書いて多様体の話は一旦終わろうと思ったのだが、それはまた後に回して、ここではベクトル解析の式がまたしても微分形式により一般化される別の事例について書きたいと思う。

スカラーポテンシャルとベクトルポテンシャルが満たす関係式

今日の主役ははベクトル解析で有名な以下の2つの式である。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
&& \mathrm{rot}\, \mathrm{grad}\, f = 0 \\
&& \mathrm{div}\, \mathrm{rot}\, {\bf A} = 0
\end{eqnarray}
}

ここで、 fスカラー関数、 {\bf A}はベクトルである。 f, {\bf A}がこれらの式を満たすとき、それぞれスカラーポテンシャル、ベクトルポテンシャルと呼ばれる。詳細はベクトル解析の教科書等を参照して頂きたい。

微分による表現

上で述べた関係式は、微分形式に対する外微分を用いて統一的に表すことができる。本稿ではそれについて説明する。しかし、残念ながら私はそれについて100%納得するところまで理解が進んでいない。以下では私が理解したこと、及び納得できていないことについて書き記す。

微分形式の双対構造

本題に入る前に、後で必要になる微分形式の双対構造について説明しておこう。

以下では3次までの微分形式に限定して話を進める。すると、全ての微分形式は以下に示すものの線形結合で表現できる。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
&& 1 \\
&& dx \\
&& dy \\
&& dz \\
&& dx \land dy \\
&& dy \land dz \\
&& dz \land dx \\
&& dx \land dy \land dz
\end{eqnarray}
}

例として dx \land dyに着目してみよう。これはdxとdyの外積になっているわけだが、3次以下の微分形式にはdx, dy, dzの3つの要素しか登場し得ないので、これは逆に言えばdzが欠けていると考えることができる。このように、上に示した微分形式は、お互いを補いあう関係にあるペアに分けることができる。以下にそれを示す。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
1 &\leftrightarrow& dx \land dy \land dz \\
dx &\leftrightarrow& dy \land dz \\
dy &\leftrightarrow& dz \land dx \\
dz &\leftrightarrow& dx \land dy
\end{eqnarray}
} *1

すなわち、微分形式には相補的な双対構造が現れるのである。ある微分形式の双対を示す演算子を一般に*で示し、これをホッジのスター作用素と呼んだりする。以下にホッジのスター作用素の使用例を示す。

{ \displaystyle
\ast dx = dy \land dz
}

また、以下の式が成立することにも言及しておこう。

{ \displaystyle
\ast \ast dx = dx
}

微分の外微分

最初に示した2つの式は、微分形式を用いて統一的に表すことができるわけだが、その時に使う式が以下である。

{ \displaystyle
d(d\omega) = 0
}

ここで、 \omegaは適当な微分形式である。すなわち、微分形式の外微分の外微分は必ず0になるのだ。ここで最初に示した2つの式を見ると、どちらも2回の演算の結果が0になっており、いかにもこの式と関係がありそうな予感がするだろう。

grad, rot, divと外微分の関係

ここから本題に入っていこう。まずは、grad, rot, divがそれぞれ微分形式の外微分とどのような関係にあるか考えてみる。

最初にgradについて考えよう。関数fについて、 \mathrm{grad}\, fは以下のように書けるのであった。

{ \displaystyle
\mathrm{grad}\, f = \frac{\partial f}{\partial x} {\bf e}_x + \frac{\partial f}{\partial y} {\bf e}_y + \frac{\partial f}{\partial z} {\bf e}_z
}

ここで、 {\bf e}_x, {\bf e}_y, {\bf e}_zはそれぞれx, y, z方向の単位ベクトルである。

今、gradを外微分を用いて表すことを考えてみる。まず、0次微分形式fに対する外微分dfは以下のような1次微分形式になる。

{ \displaystyle
df = \frac{\partial f}{\partial x}dx + \frac{\partial f}{\partial y}dy + \frac{\partial f}{\partial z}dz
}

ここからがまさに私が納得できていないポイントであるが、上記2つの式において、大胆にも {\bf e}_x, {\bf e}_y, {\bf e}_zをそれぞれdx, dy, dzと同一視すれば、 \mathrm{grad}\, f = dfとなる。すなわち、 \mathrm{grad} = dである。被演算子は0次微分形式である。この同一視の妥当性については後述する。

次にrotについて考える。これは以下のように表されるのであった。

{ \displaystyle
\mathrm{rot}\, {\bf A} = \left(\frac{\partial A_z}{\partial y} - \frac{\partial A_y}{\partial z} \right) {\bf e}_x + 
                         \left(\frac{\partial A_x}{\partial z} - \frac{\partial A_z}{\partial x} \right) {\bf e}_y + 
                         \left(\frac{\partial A_y}{\partial x} - \frac{\partial A_x}{\partial y} \right) {\bf e}_z

}

ここでは {\bf A} = (A_x, A_y, A_z)という3次元ベクトルを用いた。ここでもgradと同じようにrotを外微分で表すことを考えてみよう。前回の記事で登場した以下の式が使えそうだ。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
&& d(A_x dx + A_y dy + A_z dz) \\
&=& dA_x \land dx + dA_y \land dy + dA_z \land dz \\
&=& \left(\frac{\partial A_z}{\partial y} - \frac{\partial A_y}{\partial z} \right)dy \land dz
   + \left(\frac{\partial A_x}{\partial z} - \frac{\partial A_z}{\partial x} \right)dz \land dx
   + \left(\frac{\partial A_y}{\partial x} - \frac{\partial A_x}{\partial y} \right)dx \land dy
\end{eqnarray}
}

gradと同じ流れで行くと、ここで単位ベクトルとdx, dy, dzを同一視するところだが、今はこれらの外積である dx \land dyなどが現れてしまっている。そのため、このままでは先ほどのような同一視ができない。また、外積とは言うものの、これはベクトルの外積とは異なる演算であるため、そのような置き換えもできない。

そこで、ホッジのスター作用素の登場である。上記の式にホッジのスター作用素を適用すると以下のようになる。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
&& \ast d(A_x dx + A_y dy + A_z dz) \\
&=& \left(\frac{\partial A_z}{\partial y} - \frac{\partial A_y}{\partial z} \right)dx
   + \left(\frac{\partial A_x}{\partial z} - \frac{\partial A_z}{\partial x} \right)dy
   + \left(\frac{\partial A_y}{\partial x} - \frac{\partial A_x}{\partial y} \right)dz
\end{eqnarray}
}

これで、最初のrotの式との対応が見えた。すなわち、 \mathrm{rot}\, {\bf A} = \ast d {\bf A}であり、結局 \mathrm{rot} = \ast dとなる。被演算子は1次微分形式である。

最後にdivであるが、これは上の2つと同様に考えることができるため説明は割愛する。結論としては \mathrm{div} = \ast d \astとなる。被演算子は1次微分形式である。

以上により、grad, rot, divをそれぞれ外微分とホッジのスター作用素で書き表すことができた。

得られる結果

これでやっと冒頭の2式と外微分との関係を見ることができる。まず、スカラーポテンシャルの方から見てみよう。

{ \displaystyle
\mathrm{rot}\, \mathrm{grad}\, f = \ast d(df) = 0
} *2

ホッジのスター作用素が頭に付いてしまってはいるが、見事に微分形式の外微分によって表すことができた。

次はベクトルポテンシャルの式を見てみよう。これは以下のようになる。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
\mathrm{div}\, \mathrm{rot}\, {\bf A} &=& \ast d \ast (\ast d {\bf A}) \\
                                      &=& \ast d(d {\bf A}) \\
                                      &=& 0
\end{eqnarray}
}

これにより、両者を全く同じ式 \ast d(d \omega) = 0という形で表すことができた。以上が本稿で述べたかった事実である。

なぜ単位ベクトルをdx, dy, dzと同一視してよいのか

本稿の説明においては、単位ベクトルとdx, dy, dzを同一視することで、ベクトルを微分形式で表現していた。これは妥当なのであろうか?本稿最下部に示した参考ページの冒頭において、それについて少し触れられている。すなわち、dx, dy, dzをベクトルに対する演算子として見ればよいというのである。例えば {\bf p} = a{\bf e}_x + b{\bf e}_y + c{\bf e}_zというベクトルが与えられたとき、dxはこのベクトルのx軸方向の成分、すなわち単位ベクトル {\bf e}_xの係数を取り出す演算子と考えるのである。以下に演算の様子を示す。

{ \displaystyle
dx({\bf p}) = a
}

一方、このようにx方向の成分を取り出すには以下のようにしてもよい。

{ \displaystyle
{\bf e}_x \cdot {\bf p} = a
}

この2つの式の類似性から、dxを {\bf e}_xと同一視することを正当化しようというのである。

これは確かに最もらしい説明である。dxの元々の定義も T_p(M) \to \mathbb{R}という線形写像であり、これを演算子と考えることは自然に思える。しかし、今はユークリッド空間を考えているので、接ベクトル空間の基底 \left(\left(\frac{\partial}{\partial x}\right)_p, \left(\frac{\partial}{\partial y}\right)_p, \left(\frac{\partial}{\partial z}\right)_p \right)はそれぞれ {\bf e}_x, {\bf e}_y, {\bf e}_zと同一視できる。これはつまり、接ベクトル空間と余接ベクトル空間の基底がどちらも同じだと言っているように聞こえる。これにはなんだか違和感を覚える。なぜなら、ベクトル空間とその双対空間はそもそも集合として全く異なるものだからだ。今回の話でここだけが唯一スッキリしないのである。

とは言え、概ね綺麗な結果を得ることができたという点には満足している。やはり微分形式から得られる帰結は美しい。疑問は残ったものの、それは長い人生の中できっと答えが見つかるだろう。


参考

http://mkdragon.la.coocan.jp/studies/relative/dform.pdf

*1:例えば dx \land dy dy \land dxは符号が異なるので、本当は外積の順序について慎重に考える必要がある。

*2: \ast 0 = 0としている。

多様体上での積分と一般化されたストークスの定理

前回は微分形式について基礎知識を整理してみた。今回は微分形式の積分について考えてみたいと思う。

1次微分形式の積分

1次微分形式 \omega = f(x)dxについて、 \mathbb{R}のある区間 I = [a, b]での積分を以下のように定義する。

{ \displaystyle
\int_I \omega \overset{\mathrm{def}}{=} \int_a^b f(x)dx
}

この積分値は \mathbb{R}での座標の取り方に依らず決まるという重要な性質がある。つまり、変数変換をしても積分値は変わらないということである。ただし、積分する向きを逆にすると、符号が逆転してしまう。これらの事実は高校の数学で習うレベルであるが、高次の微分形式にも拡張される重要な性質であるため、ここで明示的に述べておく。

m次微分形式の積分

正方形領域に収まる場合

多様体Mの次元がmであるとする。このとき、m次微分形式 \omega積分について考えてみる*1 \omegaの値が0でないM上の領域の閉包を取ったものを \omegaの台と呼び、これを \mathrm{supp}(\omega)と書く。台の外では \omega = 0となるため、台が正方形領域と呼ばれる単純な領域に入っていれば、これは簡単に積分できる。正方形領域とは、参考書*2によれば、Mの座標近傍 (U; x_1, \cdots, x_m)について、以下のように表すことができる領域Vのことである。

{ \displaystyle
V = \{(x_1, \cdots, x_m) \in U | -a < x_i < a, i=1, \cdots, m\}
} *3

このとき、Uにおいて \omega = f(x_1, \cdots, x_m)dx_1 \land \cdots \land dx_mと表すことができるので、積分は以下のように定義できる。

{ \displaystyle
\int_M \omega \overset{\mathrm{def}}{=} \int_{-a}^a \cdots \int_{-a}^a f(x_1, \cdots, x_m)dx_1 \cdots dx_m
}

要するに、交代k次形式の記号 \landがなくなり、通常の重積分として定義される。

積分値はここでも正方形領域の取り方に依らずに決まる。しかし、1次微分形式のときと同じように、領域の「向き」によって符号が変わる。領域の向きというのは相対的な概念であるため、2つの領域に対して向きが同じだとか違うとかいう議論をすることになる。参考書では以下のように向きが定義されている。

2つの座標近傍 (U; x_1, \cdots, x_m) (U'; y_1, \cdots, y_m)が空でない共通部分をもつとする。共通部分 U \cap U'の各点で \frac{\partial(y_1, \cdots, y_m)}{\partial(x_1, \cdots, x_m)}>0がなりたつとき、 (U; x_1, \cdots, x_m) (U'; y_1, \cdots, y_m)は同じ向きであるという。

正方形領域に収まらない場合

上で考えたケースを拡張して、 \mathrm{supp}(\omega)が正方形領域に収まらない場合を考える。ここで、Mを「向き付けられた」コンパクトな多様体であるとする。多様体の中には、座標近傍系をうまく選ぶことで全ての座標近傍を同じ向きにすることができるものがある。このとき、その多様体を向き付け可能であるといい、向きを与えられた多様体を向き付けられた多様体と呼ぶ。コンパクト性の仮定はひょっとしたら厳しすぎるかもしれないが、その方が話が簡単になるので、ここでは参考書に合わせてコンパクトであると仮定しておく。

Mはコンパクトであるため、有限個の正方形領域 \{V_1, V_2, \cdots, V_s\}によって被覆される*4。このとき、 V_iに対応して f_iという関数をうまく選べば、m次微分形式 \omega積分は以下のように定義できる。

{ \displaystyle
\int_M \omega \overset{\mathrm{def}}{=} \sum^s_{i=1} \int_M f_i \omega
}

実は、 f_i多様体界隈で「1の分割」と呼ばれる関数である。1の分割とは、ざっくり言うと以下を満たすような関数の集合である。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
(\mathrm{i}) && 0 \le f_i \le 1 \\
(\mathrm{ii}) && \mathrm{supp}(f_i) \subset V_i \\
(\mathrm{iii}) && \sum^s_{i=1} f_i = 1
\end{eqnarray}
}

要するに、各正方形領域上での積分多様体全体でうまく繋げられるように、係数を調整しているのである。

このように定義される積分は、多様体Mと \omegaだけで決まり、有限被覆 \{V_1, V_2, \cdots, V_s\}や1の分割のとり方に依存しないという素晴らしい性質を持っている。

一般化されたストークスの定理

やっとこの話が書ける。ここまで長かった。

ストークスの定理という言葉は、ベクトル解析を学んだことがある人なら誰しも知っているだろう。また、似たような定理として、ガウスの発散定理なんてのもあったはずだ。これら2つの定理はどことなく雰囲気が似ている。どちらもある領域の積分が、その領域の境界の積分に置き換えられるというものである。これを多様体上で統一的にまとめたのが一般化されたストークスの定理である。これを使えば、ベクトル解析でのストークスの定理、及びガウスの発散定理を同じように扱うことができる。

細かい議論は置いておいて、まずは一般化されたストークスの定理の定義を以下に示す。

M上の任意の(m-1)次微分形式 \etaについて、次の等式がなりたつ。
{ \displaystyle
\int_N d\eta = \int_{\partial N} \eta
}
ここで、Nは向き付けられた多様体Mの「境界を持つ」部分多様体であり、かつコンパクトであるとする。

「境界を持つ多様体」とは、ざっくり言うとm次元多様体Mの中で、互いに交わらないいくつかの(m-1)次元多様体で区切られた部分のことである。また、その区切りを成す(m-1)次元多様体の和集合を境界と呼ぶ。3次元ユークリッド空間上の単位球を例に考えると、3次元空間における2次元部分多様体である単位球面によって区切られた球の内部が「境界を持つ多様体」であり、単位球面そのもののことを境界と呼ぶのである。

つまり、一般化されたストークスの定理とは、ある領域の境界上における(m-1)次微分形式の積分が、その微分形式の外微分を取ったものを領域全体で積分したものと等しいと言っているのである。

ベクトル解析におけるストークスの定理との比較

では、ベクトル解析におけるストークスの定理と比較してみよう。Sを積分領域となる2次元曲面、 \partial Sをその境界とすると、ストークスの定理とは以下の等式が成り立つことを主張するものであった。

{ \displaystyle
\int \int_S \mathrm{rot} {\bf F} \cdot d{\bf S} = \oint_{\partial S} {\bf F} \cdot d{\bf r}
}

ここで、もし d({\bf F} \cdot d{\bf r}) = \mathrm{rot} {\bf F} \cdot d{\bf S}が示せれば、これは確かに一般化されたストークスの定理で表すことができることになる。

 {\bf F} = (F_x, F_y, F_z), d{\bf r} = (dx, dy, dz)として右辺の積分の中身の内積を計算すると、以下のようになる。

{ \displaystyle
{\bf F} \cdot d{\bf r} = (F_x, F_y, F_z) \cdot (dx, dy, dz) = F_x dx + F_y dy + F_z dz
}

よって右辺は1次微分形式となっている。さらに、これの外微分を計算すると以下のようになる。

{ \displaystyle
d(F_x dx + F_y dy + F_z dz) = dF_x \land dx + dF_y \land dy + dF_z \land dz
}

 dF_xは通常の微分積分学における全微分に一致し、以下のように書ける。

{ \displaystyle
dF_x = \frac{\partial F_x}{\partial x}dx + \frac{\partial F_x}{\partial y}dy + \frac{\partial F_x}{\partial z}dz
}

 F_y, F_zも同様である。これを利用すると、結局以下のように計算できる。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
&& dF_x \land dx + dF_y \land dy + dF_z \land dz \\
&=& \left(\frac{\partial F_x}{\partial x}dx + \frac{\partial F_x}{\partial y}dy + \frac{\partial F_x}{\partial z}dz \right) \land dx  \\
&& + \left(\frac{\partial F_y}{\partial x}dx + \frac{\partial F_y}{\partial y}dy + \frac{\partial F_y}{\partial z}dz \right) \land dy  \\
&& + \left(\frac{\partial F_z}{\partial x}dx + \frac{\partial F_z}{\partial y}dy + \frac{\partial F_z}{\partial z}dz \right) \land dz  \\
&=& \frac{\partial F_x}{\partial y}dy \land dx + \frac{\partial F_x}{\partial z}dz \land dx \\
&& + \frac{\partial F_y}{\partial x}dx \land dy + \frac{\partial F_y}{\partial z}dz \land dy \\
&& + \frac{\partial F_z}{\partial x}dx \land dz + \frac{\partial F_z}{\partial y}dy \land dz \\
&=& \left(\frac{\partial F_z}{\partial y} - \frac{\partial F_y}{\partial z} \right)dy \land dz
   + \left(\frac{\partial F_x}{\partial z} - \frac{\partial F_z}{\partial x} \right)dz \land dx
   + \left(\frac{\partial F_y}{\partial x} - \frac{\partial F_x}{\partial y} \right)dx \land dy
\end{eqnarray}
}

美しい対称形の2次微分形式が得られた。

次に、左辺の積分の中身について考えてみる。まずrotの部分について以下のように計算できる。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
\mathrm{rot}{\bf F} &=& \nabla \times {\bf F} \\
&=& \left( \frac{\partial F_z}{\partial y} - \frac{\partial F_y}{\partial z},
           \frac{\partial F_x}{\partial z} - \frac{\partial F_z}{\partial x},
           \frac{\partial F_y}{\partial x} - \frac{\partial F_x}{\partial y} \right)
\end{eqnarray}
}

次に、面積素 d{\bf S}について考える。詳細は割愛するが(追記1参照)、S上に(u, v)という2次元の座標を考えることで、これは以下のように変形できる。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
d{\bf S} &=& \left(\frac{\partial(y, z)}{\partial(u, v)}dudv, \frac{\partial(z, x)}{\partial(u, v)}dudv, \frac{\partial(x, y)}{\partial(u, v)}dudv \right) \\
&=& (dy \land dz, dz \land dx, dx \land dy)
\end{eqnarray}
}

よって両者の内積を計算すれば、 d({\bf F} \cdot d{\bf r}) = \mathrm{rot} {\bf F} \cdot d{\bf S}が成立することが分かる。以上により、ベクトル解析におけるストークスの定理は、多様体上での一般化されたストークスの定理に含まれることが分かった。

ガウスの発散定理との比較

同じことをガウスの発散定理でもやってみよう。定理の主張を以下に示す。

{ \displaystyle
\int \int \int_V \mathrm{div} {\bf F} dV = \int \int_{S} {\bf F} \cdot d{\bf S}
}

先ほどと同様に、 d({\bf F} \cdot d{\bf S}) = \mathrm{div} {\bf F} dVが示せればよい。

右辺の積分の中身は以下のようになる。

{ \displaystyle
{\bf F} \cdot d{\bf S} = F_x dy \land dz + F_y dz \land dx + F_z dx \land dy
}

これの外微分を計算すると以下のようになる。

{ \displaystyle
d(F_x dy \land dz + F_y dz \land dx + F_z dx \land dy) = \left(\frac{\partial F_x}{\partial x} + \frac{\partial F_y}{\partial y} + \frac{\partial F_z}{\partial z} \right)
dx \land dy \land dz
}

途中計算は面倒なので割愛した。右辺についても、ストークスの定理の場合と同じように計算することで、結局 d({\bf F} \cdot d{\bf S}) = \mathrm{div} {\bf F} dVであることが示せる*5。よって、ガウスの発散定理も一般化されたストークスの定理に含まれる。

まとめ

今回は多様体上での積分と、そこで成立する一般化されたストークスの定理について述べた。多様体上での積分についてはまだ面白い話があるが、それはまた次回に回そう。

追記1

実は本稿を書いた時点では、なぜ面積素が微分形式で書き表されるのかよく分かっていなかった。これに関して少しだけ理解を得たので書いてみようと思う。

まず、面積素は以下のように定義される。

{ \displaystyle
d{\bf S} = \left(\frac{\partial {\bf r}}{\partial u} \times \frac{\partial {\bf r}}{\partial v} \right) dudv = \left(\frac{\partial(y, z)}{\partial(u, v)}dudv, \frac{\partial(z, x)}{\partial(u, v)}dudv, \frac{\partial(x, y)}{\partial(u, v)}dudv \right)
}

一方、k次微分形式の定義式から、ベクトル {\bf p} = a{\bf e}_x + b{\bf e}_y + c{\bf e}_z,  {\bf q} = i{\bf e}_x + j{\bf e}_y + k{\bf e}_zに対して以下のような計算ができる。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
&& dx \land dy ({\bf p}, {\bf q}) = \mathrm{det}\left(
    \begin{array}{cc}
      dx({\bf p}) & dx({\bf q}) \\
      dy({\bf p}) & dy({\bf q})
    \end{array}
  \right)
  = \mathrm{det}\left(
    \begin{array}{cc}
      a & i \\
      b & j
    \end{array}
  \right) \\
&& dy \land dz ({\bf p}, {\bf q}) = \mathrm{det}\left(
    \begin{array}{cc}
      dy({\bf p}) & dy({\bf q}) \\
      dz({\bf p}) & dz({\bf q})
    \end{array}
  \right)
  = \mathrm{det}\left(
    \begin{array}{cc}
      b & j \\
      c & k
    \end{array}
  \right) \\
&& dz \land dx ({\bf p}, {\bf q}) = \mathrm{det}\left(
    \begin{array}{cc}
      dz({\bf p}) & dz({\bf q}) \\
      dx({\bf p}) & dx({\bf q})
    \end{array}
  \right)
  = \mathrm{det}\left(
    \begin{array}{cc}
      c & k \\
      a & i
    \end{array}
  \right)
\end{eqnarray}
}

ここで、ベクトル {\bf p}, {\bf q}を以下のように定めてみる。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
{\bf p} &=& \left(\frac{\partial x}{\partial u}du, \frac{\partial y}{\partial u}du, \frac{\partial z}{\partial u}du \right) \\
{\bf q} &=& \left(\frac{\partial x}{\partial v}dv, \frac{\partial y}{\partial v}dv, \frac{\partial z}{\partial v}dv \right)
\end{eqnarray}
}

すると、上述の式は以下のようになる。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
&& dx \land dy ({\bf p}, {\bf q}) = \mathrm{det}\left(
    \begin{array}{cc}
      \frac{\partial x}{\partial u}du & \frac{\partial x}{\partial v}dv \\
      \frac{\partial y}{\partial u}du & \frac{\partial y}{\partial v}dv
    \end{array}
  \right)
  = \frac{\partial(x, y)}{\partial(u, v)}dudv \\
&& dy \land dz ({\bf p}, {\bf q}) = \mathrm{det}\left(
    \begin{array}{cc}
      \frac{\partial y}{\partial u}du & \frac{\partial y}{\partial v}dv \\
      \frac{\partial z}{\partial u}du & \frac{\partial z}{\partial v}dv
    \end{array}
  \right)
  = \frac{\partial(y, z)}{\partial(u, v)}dudv \\
&& dz \land dx ({\bf p}, {\bf q}) = \mathrm{det}\left(
    \begin{array}{cc}
      \frac{\partial z}{\partial u}du & \frac{\partial z}{\partial v}dv \\
      \frac{\partial x}{\partial u}du & \frac{\partial x}{\partial v}dv
    \end{array}
  \right)
  = \frac{\partial(z, x)}{\partial(u, v)}dudv \\
\end{eqnarray}
}

上記3式の最後の式変形は、行列式の多重線形性による。

以上により、面積素は以下のようになる。

{ \displaystyle
d{\bf S} = (dy \land dz({\bf p}, {\bf q}), dz \land dx({\bf p}, {\bf q}), dx \land dy({\bf p}, {\bf q}))
}

あとは ({\bf p}, {\bf q})の部分は暗黙的に付加されるものと考えて省略すれば、本文中の式が得られる。

参考

多様体の基礎 (基礎数学5)

多様体の基礎 (基礎数学5)

微分形式 - [物理のかぎしっぽ]
ストークスの定理

*1:mより小さい次元での積分も、包含写像による部分多様体への引き戻しを駆使すれば定義することができる。

*2:多様体の基礎」のことを指す。

*3:参考書にはiの値は1からkまでと書かれているが、恐らく間違いだと思われる。

*4:コンパクトなので、無限被覆であろうとなんであろうと、正方形領域によって被覆することさえできれば、そこから有限個の被覆を選ぶことができる。しかし、たとえ無限被覆であろうと、任意のコンパクトな多様体を正方形領域だけで被覆できるという事実は、そんなに自明なのであろうか?

*5:一日中計算式を追っていて疲れてしまったorz

多様体上の微分形式の基礎知識

最近「多様体の基礎」という本を読んだ。実は今回が2回目のチャンレジで、前回は5章のベクトル場のあたりで打ちのめされてしまったのだが、今回は何とか強引に最後まで読み進めることができた。が、知識の定着度はお察しの通り、いまいちである。特に、微分形式に関する事項があまり理解できていないように感じている。そこで、今回は微分形式の知識を簡単にまとめてみたいと思う。

1次微分形式

まず出発点はここからだ。1次微分形式とはなんだろう?「多様体の基礎」(以下、参考書と呼ぶ)によると、以下のような定義がなされている*1

m次元 C^{\infty}多様体Mの各点pに、余接ベクトル空間 T_{p}^{\ast} (M)の元 \omega_pをひとつずつ対応させる対応 \omega = \{\omega_p\}_{p \in M}のことを、M上の1次微分形式とよぶ。

上の定義における余接ベクトル空間とは、M上のベクトル空間 T_p(M)の双対ベクトル空間のことである。参考書を少し戻って説明を見てみると、一般にベクトル空間V上の1次形式全体のなす集合 V^{\ast}を双対ベクトル空間と呼ぶようである。ここで、1次微分形式と似た言葉で1次形式というものが出てくる。参考書によると、1次形式は以下のように定義される。

Vを \mathbb{R}上のm次元ベクトル空間とする。V上の1次形式とは、Vから \mathbb{R}への写像
{ \displaystyle
\omega : V \to \mathbb{R}
}
であって、任意のベクトル X, Y \in Vと任意の実数 a, b \in \mathbb{R}について
{ \displaystyle
\omega(aX + bY) = a\omega(X) + b\omega(Y)
}
がなりたつようなものをいう。

要するに、1次形式とは線形写像の一種である*2。ベクトル空間上の1次形式全体の成す空間は再びベクトル空間になっており、これを双対ベクトル空間と呼ぶ。ベクトル空間として多様体の接ベクトル空間を考えたとき、その双対のことを余接ベクトル空間と呼ぶ。そして、余接ベクトル空間の元を多様体上の各点に割り当てていく対応のことを1次微分形式と呼ぶのである。つまり、1次微分形式とは多様体上の余接ベクトル場であると言える。

余接ベクトル空間はベクトル空間なので、当然その基底が何かということが気になる。これの導出は私の手に追えないので参考書を見てもらうとして、結果だけ書いてみる。Mのある座標近傍 (U; x_1, \cdots, x_m)に着目したとき、基底は (dx_1)_p, (dx_2)_p, \cdots, (dx_m)_pとなる。そのため、一般に1次微分形式 \omegaは以下のように表すことができる。

{ \displaystyle
\omega = f_1 dx_1 + f_2 dx_2 + \cdots + f_m dx_m
}

ここで、 f_1, f_2, \cdots, f_mはU上の関数である。

k次微分形式

k次微分形式を定義するためには、1次微分形式の場合と同じように、まずk次形式というものを考える必要がある。k次形式の定義を参考書から引用したものを以下に示す。

Vを \mathbb{R}上のm次元ベクトル空間とする。V上のk次形式とは、Vのk個の直積から \mathbb{R}への写像
{ \displaystyle
\omega: V \times V \times \cdots \times V \to \mathbb{R}
}
であって、 \omega(X_1, X_2, \cdots, X_k)が各 X_iに関して線形であるようなものを言う。

つまり、各kについて以下のような等式が成り立つということである。
{ \displaystyle
\omega(aX + bY, X_2, \cdots, X_k) = a(X, X_2, \cdots, X_k) + b(Y, X_2, \cdots, X_k)
}

1次形式の時と同じように、V上のk次形式全体のなす集合というものを考えることができて、これを \bigotimes^{k} V^{\ast}と書く。

V上のk個の1次形式 \eta_1, \eta_2, \cdots, \eta_k \in V^{\ast}について、以下の写像はk次形式となる。

{ \displaystyle
(\eta_1 \otimes \eta_2 \otimes \cdots \otimes \eta_k)(X_1, X_2, \cdots, X_k) = \eta_1(X_1)\eta_2(X_2) \cdots \eta_k(X_k)
}

また、上記の写像 \eta_1, \eta_2, \cdots, \eta_kテンソル積と呼ぶ。

ここまで来ると、1次微分形式のときと同じように、Vとして多様体Mの接ベクトル空間を考えればよいと思うだろう。しかし、実はそのようにして得られる概念はk次共変テンソル場と呼ばれ、k次微分形式ではない。まず、k次共変テンソル場の定義を以下に示す。

Mの各点pに、 \bigotimes^{k}T_p^{\ast}(M)の元 \omega_pをひとつずつ対応させる対応 \omega = \{\omega_p\}_{p \in M}のことを、M上のk次共変テンソル場とよぶ。

今知りたいのはk次微分形式についてであるが、実はk次微分形式はk次共変テンソル場の一種である。すなわち、k次微分形式とは、k次共変テンソル場に交代性と呼ばれる性質が課されたもののことである。これをk次交代テンソル場とも呼ぶ。

k次交代テンソル場(すなわち、k次微分形式)の説明のために、まずは \mathbb{R}上のm次元ベクトル空間Vにおける交代k次形式について述べる。V上のk次形式 \omegaが交代k次形式であるとは、任意の X_1, X_2, \cdots, X_k \in Vと任意の置換 \sigma \in S_k( S_kはk次対称群)について以下が成り立つことである。

{ \displaystyle
\omega(X_{\sigma(1)}, X_{\sigma(2)}, \cdots, X_{\sigma(k)} = \epsilon(\sigma)\omega(X_1, X_2, \cdots, X_k)
}

ここで、 \epsilon(\sigma) \sigmaが遇置換なら1、奇置換なら-1となる写像である。要するに、 X_1, X_2, \cdots, X_kのうち任意の2つを入れ替えると符号が入れ替わるようなk次形式のことを交代k次形式と呼ぶのである。V上の交代k次形式全体の集合を \bigwedge^{k} V^{\ast}と書く。一般に、V上のk次交代形式は、k個の1次形式 \eta_1, \eta_2, \cdots, \eta_k \in V^{\ast}を用いて以下のように書くことができる。

{ \displaystyle
\eta_1 \land \eta_2 \land \cdots \land \eta_k(X_1, X_2, \cdots, X_k) = \mathrm{det}\left(
    \begin{array}{cccc}
      \eta_1(X_1) & \eta_1(X_2) & \cdots & \eta_1(X_k) \\
      \eta_2(X_1) & \eta_2(X_2) & \cdots & \eta_2(X_k) \\
      \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\
      \eta_k(X_1) & \eta_k(X_2) & \cdots & \eta_k(X_k)
    \end{array}
  \right)
}

線形代数を学んだことがある人であれば、行列式の持つ多重線形性がいかにも交代k次形式っぽい感じが分かるだろう。

これでやっとk次微分形式の定義を説明できる。k次微分形式の定義を参考書より引用する。

 C^{\infty}多様体M上のテンソル \omega = \{\omega_p\}_{p \in M}がk次微分形式であるとは、Mの各点pにおいて、 \omega_p T_p(M)上の交代k次形式になっていることである。

1次微分形式の類推から、k次微分形式における基底のようなものを考えてみる*3。Mの座標近傍として再び (U; x_1, \cdots, x_m)を考えると、k次微分形式はU上で以下のように表すことができる。

{ \displaystyle
\omega = \sum_{i_1 < i_2 < \cdots < i_k} a_{i_1 i_2 \cdots i_k} dx_{i_1} \land dx_{i_2} \land \cdots \land dx_{i_k}
}

すなわち、基底(のようなもの)は dx_{i_1} \land dx_{i_2} \land \cdots \land dx_{i_k} (i_1 < i_2 < \cdots < i_k)を満たすk次微分形式の集合である。例として2次微分形式を考えてみる。Mが3次元の場合、任意の2次微分形式 \omegaは以下の形に表すことができる。

{ \displaystyle
\omega = a_{12}dx_1 \land dx_2 + a_{13} dx_1 \land dx_3 + a_{23} dx_2 \land dx_3
}

さて、のちのち必要になるので、k次微分形式どうしの演算について述べておく。k次微分形式とl次微分形式の間には外積と呼ばれる演算が定義できる。この演算により、(k+l)次微分形式が得られる。ベクトル空間の場合、そこに属する元の間の演算で次元は変化しないが、テンソルの場合は演算により次元が上がっていくのが特徴的である。

外積には座標近傍に依存しない定義の仕方も存在するようだが、面倒なのでそれには触れない。ここでは簡単な計算例を述べておくに留める。1次微分形式 \omega = a dx_1 + b dx_2と2次微分形式 \eta = f dx_1 \land dx_2 + g dx_1 \land dx_3外積は以下のように計算できる。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
\omega \land \eta &=& (a dx_1 + b dx_2) \land (f dx_1 \land dx_2 + g dx_1 \land dx_3) \\
&=& af dx_1 \land dx_1 \land dx_2 + ag dx_1 \land dx_1 \land dx_3 + bf dx_2 \land dx_1 \land dx_2 + bg dx_2 \land dx_1 \land dx_3 \\
&=& bg dx_2 \land dx_1 \land dx_3 \\
&=& -bg dx_1 \land dx_2 \land dx_3
\end{eqnarray}
}

上記の計算では、 dx_i \land dx_i = 0という性質を用いた。また、最後の式変形では置換により符号が変化するという性質を用いた。これを見れば、外積の演算規則のイメージが湧くだろう。

微分

k次微分形式に対して、更に外微分と呼ばれる概念を定義できる。多様体Mと座標近傍Uをこれまで通りとし、k次微分形式 \omegaがU上で以下のように書けたとする。

{ \displaystyle
\omega = \sum_{i_1 < i_2 < \cdots < i_k} f_{i_1 i_2 \cdots i_k} dx_{i_1} \land dx_{i_2} \land \cdots \land dx_{i_k}
}

参考書によると、このとき外微分とは以下の式で表されるk+1次微分形式のことである。

{ \displaystyle
d\omega = \sum_{i_1 < i_2 < \cdots < i_k} df_{i_1 i_2 \cdots i_k} \land dx_{i_1} \land dx_{i_2} \land \cdots \land dx_{i_k}
}

上記の式は座標近傍Uにおいて成立する式であるが、実は外微分は座標近傍に依らずに定義することが可能であり、結局どの座標近傍で計算しても同じ値になる。すなわち、k次微分形式が与えられれば、その外微分としてのk+1次微分形式が一意に定まるのである。座標近傍に依存しない性質というのは、多様体の本質的な性質であるため、重要である。

微分の形式をみると、これまでの議論が一体なんのために行われてきたのかが推測できる。そう、全ては積分を行うためである。多様体上での微分形式にはなんと積分を定義することができるのである。

本当はこの先の積分に関する議論を記事にしたかったのだが、自分の知識がまだまだ浅く、前置きが長くなりすぎた。本稿は一旦ここで終えることとし、近日中に続きを書きたいと思う。

参考

多様体の基礎 (基礎数学5)

多様体の基礎 (基礎数学5)

*1:記号の意味などは私が少し補足した。

*2:一般の線形写像の場合、写像の行き先の空間もベクトル空間となる。

*3:テンソル場にも公的に基底と呼ばれる概念があるのかは調べていない。

群の自然な準同型と部分群の対応

群Gとその正規部分群Nがあるとする。Gから剰余群G/Nへの自然な準同型を \piとする。G/Nの部分群全体の集合を \mathbb{X}、GのNを含む部分群全体の集合を \mathbb{Y}とする。このとき、写像 \phi : \mathbb{X} \ni H \to \pi^{-1}(H) \in \mathbb{Y}全単射となる。つまり、 \mathbb{X} \mathbb{Y}の元の間には一対一の対応関係がある。例によって細かい理屈はここでは述べないが、今日はこの事実を具体例を用いて可視化してみようと思う。

ある程度大きい群でないと上記事実のイメージを掴むのに役立たないので、位数12の群で考えてみる。位数12の群の中でも適度に複雑なものとして、二面体群 D_6が挙げられる。これは正六角形に対する合同変換全体が成す群である。状況をクリアにするために、ここでは正六角形の中心が二次元ユークリッド空間の原点にあり、さらに2つの互いに反対側に位置する頂点がx軸上に乗っているとする。

 D_6は回転と鏡像反転の操作によって生成される。ここでは原点を中心に半時計回りの方向に \frac{\pi}{3}回転する操作を \sigma、x軸に対して反転する操作を \tauと呼ぶことにする。すると、 D_6の元は以下のように表すことができる。

{ \displaystyle
\{e, \sigma, \sigma^2, \sigma^3, \sigma^4, \sigma^5, \tau, \tau\sigma, \tau\sigma^2, \tau\sigma^3, \tau\sigma^4, \tau\sigma^5 \}
}

次に、正規部分群を1つ選んでみる。ここでは以下の群を使うことにしよう。

{ \displaystyle
N = \{e, \sigma^2, \sigma^4 \}
}

このとき、群Nに関する D_6の同値類は以下のように分類できる。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
N &=& \{e, \sigma^2, \sigma^4 \}\\
\sigma N &=& \{\sigma, \sigma^3, \sigma^5 \}\\
\tau N &=& \{\tau, \tau\sigma^2, \tau\sigma^4 \}\\
\tau\sigma N &=& \{\tau\sigma, \tau\sigma^3, \tau\sigma^5 \}
\end{eqnarray}
}

これらが D_6/Nの元になる。すなわち、 D_6/N = \{N, \sigma N, \tau N, \tau \sigma N \}となる。ここで、単位元はNである。 D_6/Nはクラインの四元群となっており、以下の5つの部分群が存在する。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
X_0 &=& \{N \}\\
X_1 &=& \{N, \sigma N \}\\
X_2 &=& \{N, \tau N \}\\
X_3 &=& \{N, \tau\sigma N \}\\
X_4 &=& D_6/N
\end{eqnarray}
}

これで剰余群の部分群が分かった。続いて、これらと一対一に対応する D_6の部分群を求めてみる。定理によると、それはNを含む部分群になる。以下に具体的に列挙する。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
Y_0 &=& N\\
Y_1 &=& \{e, \sigma, \sigma^2, \sigma^3, \sigma^4, \sigma^5 \}\\
Y_2 &=& \{e, \sigma^2, \sigma^4, \tau, \tau\sigma^2, \tau\sigma^4 \}\\
Y_3 &=& \{e, \sigma^2, \sigma^4, \tau\sigma, \tau\sigma^3, \tau\sigma^5 \}\\
Y_4 &=& D_6
\end{eqnarray}
}

これで役者は全て出揃った。あとはこれらの対応関係を図示すれば目的は達せられる。しかし、その前にちょっと寄り道をして、ここまでに求めた集合や群の定性的意味を考えてみたいと思う。それが分かれば、最後に可視化を行った際に、状況がよりクリアに理解できるだろう。

まずNの元について考えてみる。これは一体どういう部分群になっているだろうか?ずばり、偶数回の回転操作のみを集めた部分群になっている*1。そこから得られた剰余類はそれぞれ何を表しているのだろうか?実は、 \sigma Nは奇数回の回転操作、 \tau Nは反転した状態での偶数回の回転操作、そして \tau\sigma Nは反転した状態での奇数回の回転操作を表している。

ここまでくると、剰余群 D_6/Nの元が表しているものが分かってくる。この剰余群は偶数回の回転操作の集まりNで割ることによって得られるので、偶数回の回転操作を全て同一視していることになる。すなわち、0回転だろうが2回転だろうが4回転だろうが、結局どれも偶数回の回転操作なんだから、細かい回転数は無視してまとめて考えてしまおうというのである。そのため、 D_6/Nの元は具体的な回転数を無視した、{偶数回転、奇数回転、反転偶数回転、反転奇数回転}という抽象的な操作の集まりから成る群であると考えることができる。

そうした時に、例えば X_1というのは偶数回転と奇数回転を合わせたものになっているし、 X_2は偶数回転と反転偶数回転を合わせたものになっている。また、 Y_1は具体的に偶数回転と奇数回転を表す元を全て寄せ集めたものになっており、 Y_2は偶数回転と反転偶数回転を表す元の寄せ集めになっているのである。これが上記登場人物たちの定性的解釈である。

では、これらの関係を図示してみよう。

f:id:peng225:20161218110308p:plain

上図左側が D_6、右側が D_6/Nである。また、自明な部分群については記載を省略している。これで随分と関係がはっきりしたのではなかろうか。

本稿の内容は私がぼんやりとしか理解できていなかった部分をはっきりさせるために書いたのだが、このレベルまで考察と可視化を行うと、もはや冒頭に書いた定理は自明にさえ思えてきた。数学というのは分からないうちはさっぱり分からないのに、分かってしまうと本当に当たり前に思えてくるから不思議なものだ。

参考

代数学1 群論入門 (代数学シリーズ)

代数学1 群論入門 (代数学シリーズ)

*1:単位元は0回の回転操作を表していると解釈する。

有限生成アーベル群の基本定理にまつわる考察

群論の有名な定理の1つに有限生成アーベル群の基本定理というものがある。これは、群Gが有限生成アーベル群であれば、Gは巡回群の直積に分解できるというものである。より具体的には以下の通りである。

群Gが有限生成アーベル群であれば、 e_1 > 1, e_i | e_{i+1} \{i=1, 2, \cdots, s-1\}となるような自然数 e_1, e_2, \cdots, e_sと非負整数rがあり、 G \cong \mathbb{Z}/e_1\mathbb{Z} \times \mathbb{Z}/e_2\mathbb{Z} \times \cdots \times \mathbb{Z}/e_s\mathbb{Z} \times \mathbb{Z}^rとなる。

最初にこの定理を学んだときは、「そういう定理もあるのか」という程度で通りすぎてしまったのだが、代数学を一通り学んだ今になって、いくつか疑問が湧いてきた。それらは大別すると以下の2つに分けられる。

  1. 代数学に登場する類似の定理とはどのように関連しているのか?
  2. この定理からどんなことが分かるのか?

本稿ではこの2つの疑問に対する答えについて、もがきながら足掻きながら必死に調べ、考え、理解を試みた末に、現段階までに知り得たことを書いてみる。

有限生成アーベル群の基本定理と仲間たち

有限生成アーベル群の基本定理と似たような定理として、私が関連がありそうだと思ったものを以下に挙げる。

  • 中国式剰余定理(巡回群に関するもの)
  • 中国式剰余定理(イデアルに関するもの)
  • 有限アーベル群の基本定理
  • 単項イデアル整域上の有限生成加群の構造定理

上から順に関連について述べていき、最後に関係をまとめてみる。

中国式剰余定理(巡回群に関するもの)

巡回群に関する中国式剰余定理とは以下のような定理である。

m, nを互いに素な自然数とする。このとき、 \mathbb{Z}/mn\mathbb{Z} \cong \mathbb{Z}/m\mathbb{Z} \times \mathbb{Z}/n\mathbb{Z}となる。

この定理が述べているのは、あくまで元々の群が巡回群の時に、それを互いに素な自然数に着目して分解できるというものである。一方、有限生成アーベル群の基本定理では、群が巡回群であることは一切仮定していない。にもかかわらず、それが実は巡回群の直積に分解できるというところがミソなのである。

なお、巡回群は有限生成アーベル群となるため、本定理は有限生成アーベル群の基本定理に含まれる。

中国式剰余定理(イデアルに関するもの)

同様の定理がイデアルについても成り立つことが知られている。詳細は述べないが、やはり有限生成アーベル群の基本定理よりは格下という印象である。

有限アーベル群の基本定理

この定理には最初とても混乱させられた。まず、この定理の主張は以下のようになる。

群Gが有限アーベル群であれば、 e_1 > 1, e_i | e_{i+1} \{i=1, 2, \cdots, s-1\}となるような自然数 e_1, e_2, \cdots, e_sがあり、 G \cong \mathbb{Z}/e_1\mathbb{Z} \times \mathbb{Z}/e_2\mathbb{Z} \times \cdots \times \mathbb{Z}/e_s\mathbb{Z}となる。

なんだか有限生成アーベル群の基本定理と似ている。違いは \mathbb{Z}^rの項がないことである。それもそのはずで、有限アーベル群であるということは当然有限生成アーベル群であることを意味するため、本定理は有限生成アーベル群の基本定理に含まれるものである。

単項イデアル整域上の有限生成加群の構造定理

名前だけ見るとなんのことだかさっぱり分からない本定理は、実は有限生成アーベル群の基本定理を一般化したものである。本定理は単項イデアル整域上の有限生成加群に関するものであるが、有限生成アーベル群は \mathbb{Z}加群であり、かつ \mathbb{Z}加群として有限生成である。また、 \mathbb{Z}は単項イデアル整域であるため、有限生成アーベル群の基本定理が本定理に含まれることは納得できるだろう。詳細は適当な代数学の本を参照して欲しい。

第一の疑問に対する回答まとめ

以上で私の疑問はだいぶすっきりした。結局、以下のような図式が成り立っていたのだ。(絵心が足りないのは許していただきたい。)

f:id:peng225:20161204104632p:plain

有限生成アーベル群の基本定理から分かること

証明の概略

ここからは第二の疑問について考えてみる。そのために、まず証明の概略について述べる。

群Gが有限生成アーベル群であるとする。Gがm個の元により生成されるとすると、階数m*1の自由アーベル群 F_mからGへの全射準同型fが存在する*2。Ker(f)は F_mの部分群となり、かつそれ自身自由アーベル群となる。準同型定理より G \cong F_m / {\rm Ker}(f)となる。よって、右辺の構造について詳細に調べることにする。

 F_mの基底を a_1, a_2, \cdots, a_m、Ker(f)の基底を b_1, b_2, \cdots b_nとする。ただし、 n \leq mである。Ker(f)は F_mの部分群なので、Ker(f)の基底は全て F_mの基底の線形結合として書き表すことができる。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
b_1 &=& k_{1,1}a_1 + k_{1,2}a_2 + \cdots + k_{1,m}a_m \\
b_2 &=& k_{2,1}a_1 + k_{2,2}a_2 + \cdots + k_{2,m}a_m \\
\vdots \\
b_n &=& k_{n,1}a_1 + k_{n,2}a_2 + \cdots + k_{n,m}a_m
\end{eqnarray}
}

ただし、 k_{i,j} \in \mathbb{Z} (i,j \in \mathbb{N}, 1 \leq i \leq n, 1 \leq j \leq m)である。これを行列で書き換えると以下のようになる。


{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
\begin{pmatrix}
b_1 \\
b_2 \\
\vdots \\
b_n
\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
k_{1,1} & k_{1,2} & \cdots & k_{1,m} \\
k_{2,1} & k_{2,2} & \cdots & k_{2,m} \\
\vdots \\
k_{n,1} & k_{n,2} & \cdots & k_{n,m}
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
a_1 \\
a_2 \\
\vdots \\
a_m
\end{pmatrix}
\end{eqnarray}
}

P, Qを適当な正則行列とすると、上記の式は以下のように変形できることが知られている。(ここでは証明しない。)


{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
P
\begin{pmatrix}
b_1 \\
b_2 \\
\vdots \\
b_n
\end{pmatrix}
&=&
P
\begin{pmatrix}
k_{1,1} & k_{1,2} & \cdots & k_{1,m} \\
k_{2,1} & k_{2,2} & \cdots & k_{2,m} \\
\vdots \\
k_{n,1} & k_{n,2} & \cdots & k_{n,m}
\end{pmatrix}
Q^{-1}Q
\begin{pmatrix}
a_1 \\
a_2 \\
\vdots \\
a_m
\end{pmatrix} \\

\begin{pmatrix}
b_1' \\
b_2' \\
\vdots \\
b_n'
\end{pmatrix}
&=&
P
\begin{pmatrix}
k_{1,1} & k_{1,2} & \cdots & k_{1,m} \\
k_{2,1} & k_{2,2} & \cdots & k_{2,m} \\
\vdots \\
k_{n,1} & k_{n,2} & \cdots & k_{n,m}
\end{pmatrix}
Q^{-1}
\begin{pmatrix}
a_1' \\
a_2' \\
\vdots \\
a_m'
\end{pmatrix} \\

\begin{pmatrix}
b_1' \\
b_2' \\
\vdots \\
b_n'
\end{pmatrix}
&=&
\begin{pmatrix}
e_1 & 0 & \cdots & 0 & \cdots & 0 \\
0 & e_2 & \cdots & 0 & \cdots & 0 \\
\vdots \\
0 & 0 & \cdots & e_n & \cdots & 0 \\
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
a_1' \\
a_2' \\
\vdots \\
a_m'
\end{pmatrix} \\
\end{eqnarray}
} *3

 a_1', a_2', \cdots, a_m'、及び b_1', b_2', \cdots b_n'はそれぞれ a_1, a_2, \cdots, a_m、及び b_1, b_2, \cdots b_nという基底を行列Q, Pにより変換したものになっており、本質的には同じ空間を表している。そこで、 F_m, Ker(f)の基底をそれぞれ a_1', a_2', \cdots, a_m'、及び b_1', b_2', \cdots b_n'に取り直す。 F_m \cong \mathbb{Z}^mであり、また上で得られた式から {\rm Ker}(f) = e_1\mathbb{Z} \times e_2\mathbb{Z} \times \cdots \times e_n\mathbb{Z}となるので、結局以下が得られる。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
F_m / {\rm Ker}(f) &\cong& \mathbb{Z}^m / (e_1\mathbb{Z} \times e_2\mathbb{Z} \times \cdots \times e_n\mathbb{Z}) \\
&\cong& \mathbb{Z}/e_1\mathbb{Z} \times \mathbb{Z}/e_2\mathbb{Z} \times \cdots \times \mathbb{Z}/e_n\mathbb{Z} \times \mathbb{Z}^{m-n}
\end{eqnarray}
}

以上が定理の証明の概略である。

定理の考察

さて、この定理について更に深く考えると、一体どんな世界が見えてくるのだろうか。まず証明の過程に着目してみよう。上で述べた証明の中では、 F_mとKer(f)の基底をうまく取り替えることによって、それらの間の変換行列をとてもシンプルな形に変形することができた。ここで、変換後のKer(f)の基底は、同じく変換後の F_mの基底のうち、最初のn個のそれぞれ定数倍となっている。さらに、 F_mの基底のうち、n+1個目以降はKer(f)には一切影響を与えていない。このことから、証明の中で行われた基底の変換は、 F_mの最初のn個の基底とKer(f)の基底がそれぞれ同じ方向を向くように調整する操作だったのだと考えることができる。このような基底の方向調整は、代数学のみならず他の数学分野にも登場する操作であり、大変興味深い。

次に、定理の最終的な主張の形に着目してみよう。大きな特徴として、この式は位数有限の巡回群と位数無限の巡回群の直積になっていることが分かる。アーベル群のある元gの位数が有限であるということは、すなわちその元をd回足し合わせることで単位元に戻るということである。式で書けば dg = 0である。このような元のことを捩れ元と呼び、捩れ元全体から成る集合はGの部分群になる。そのような部分群をGの捩れ部分群と呼ぶ。本定理の主張は、有限生成なアーベル群が捩れ部分群とそれ以外とに分けられるということを述べていたのである。

ここで1つ私が抱いた疑問について述べる。それは、自由アーベル群と有限生成アーベル群の本質的な違いは何かということである。というのも、自由アーベル群はその基底の線形結合で全ての元を表現でき、また有限生成アーベル群はその生成元の線形結合でやはり全ての元を表現できるので、ぱっと見ただけだと違いがよく分からないのである。その答えがまさに捩れの有無にあるのだ。つまり、自由アーベル群には捩れがなく、有限生成アーベル群には捩れがあるかもしれないということである。そして、この捩れがどれくらい大きな割合を占めているのかということが、ある有限生成アーベル群が自由アーベル群からどれくらいかけ離れているのかを示していると解釈できるのである。ついでに、このような関係から直感的に自由アーベル群の方が集合として大きく、結果的に有限生成アーベル群への全射準同型が構成できることにも納得ができた。

まとめ

以上、有限生成アーベル群に関して私が調べたこと・考えたことについて書いてみた。本定理の主張は非常にパワフルであるだけでなく、その背景には群論、環論、及び線形代数などに関するさまざまな事実との関連があり、大変興味深いものであった。

本稿の内容をまとめるだけの理解を得るのに、実に1週間以上の日数を要した。数学を理解するというのは本当に大変だ。


参考
http://amano-katsutoshi.com/lec2014/algebraIA-ex/algebraIA-ex20140528.pdf
http://www2.math.cst.nihon-u.ac.jp/sasaki/wp/wp-content/uploads/2014/12/fa75a316529d0ac746d8f50958ba66ed.pdf

代数学1 群論入門 (代数学シリーズ)

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代数学2 環と体とガロア理論

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*1:階数とは次元のようなもの。

*2:例えば F_mのm個の基底をそれぞれGの生成元に移すような準同型が考えられる。

*3:最後の式で対角成分の数がピッタリn個になるのかは全く自信がない。もしかしたら一般にはnより小さい数になるのかもしれない。