整数環とp進整数環の関係

p進数とは

今日は再び数論について書いてみる。トポロジーの勉強を始める前は数論の本(数論Ⅰ)を読んでいたのだが、これがどうにも消化しきれず、一旦停止していた。本稿では一読して理解しきれなかったトピックの1つであるp進整数について書いてみる。

数論の世界にはp進数と呼ばれる概念がある。私はこの言葉を初めて聞いたとき、てっきり10進数とか2進数とか16進数とか、そういう類の話だと思っていた。しかし、残念ながらこれはちょっと違う。

数論を学んだことがない人にとって、最も基本的な数の構造と言えば実数体 \mathbb{R}であろう。我々は小学生の頃から「数といえば基本は実数」という感覚を暗黙のうちに植え付けられて育ってきた。有理数 \mathbb{Q}とか整数環 \mathbb{Z}とか複素数体 \mathbb{C}などももちろん重要であるが、やはり数の基本は実数という感覚がどこかにあるのではないだろうか。そんな常識を打ち破るのがp進数なのである。

そのことを見るために、まずは実数について再考してみよう。実数というのは、 \mathbb{Q}を1次元の距離空間だとみなした時に、これを完備化したものだと言うことができる。完備化とは、距離空間が完備になるようにその範囲を広げることを言う。完備距離空間とは、その距離空間内における任意のコーシー列が、その距離空間内に極限を持つようなもののことを言う。

例えば、 \mathbb{Q}は完備距離空間ではない。なぜなら、 \mathbb{Q}は稠密なので \sqrt{2}にいくらでも近い点を取ることができるが、 \sqrt{2}に限りなく近づいていくコーシー列の極限値 \sqrt{2}であり、これは \mathbb{Q}の元ではないからである。このように、点列の向かう先がその距離空間の範囲をはみ出るようなものは完備でない。

そこで、任意のコーシー列の極限が全てその距離空間内に収まるように \mathbb{Q}を拡張することを考える。そのようにして作られた \mathbb{Q}の拡大体が \mathbb{R}の正体である。

ここまでの説明では、コーシー列がある極限に収束すると言った場合、暗黙のうちに通常のユークリッド距離を仮定していた。言い換えれば、 \mathbb{Q}ユークリッド距離について完備化したものが \mathbb{R}なのである。

では、 \mathbb{Q}ユークリッド距離以外の距離によって完備化したらどうなるだろうか?実はそこには \mathbb{R}とは様子の異なる数の構造が見えてくる。それこそがp進数である。

p進数を得るときに利用する距離はp進距離と呼ばれる。p進距離の定義を理解するために、まずはp進付値とp進絶対値について説明する。ある有理数qが以下のように表されるとする。

 \displaystyle{
q = p^m \frac{a}{b}
}

ここで、pは素数であり、 m, a, b \in \mathbb{Z} (a, bはpで割れない)である。このとき、 \mathrm{ord}_p (q) = mをqのp進付値と呼ぶ。ただし、 \mathrm{ord}_p(0) = \inftyとする。また、 \left|q\right|_p = p^{-\mathrm{ord}_p (q)}で表される数をqのp進絶対値と言う。

これでp進距離が定義できる。p進距離とは、有理数 q_1, q_2に対して、 \mathrm{d}_p(q_1, q_2) = \left|q_1 - q_2\right|_pで表される値のことを言う。これが距離の公理を満たしていることの説明は割愛する。

このようにして定義されるp進距離に対して \mathbb{Q}を完備化したものはp進体 \mathbb{Q}_pと呼ばれており、 \mathbb{R}に匹敵するほどの豊かな構造を持っていると言われている。そして、 \mathbb{Q}_pの元をp進数と呼ぶのである*1

p進整数環

さて、本稿のタイトルからも分かる通り、ここでの主役はあくまでp進整数である。これを定義しておく必要がある。この目的のために、先ほど導入したp進付値を \mathbb{Q}_pにも拡張しておこう。 r \in \mathbb{Q}_pに対して、有理数の列 (x_n)_{1\le n}がrにp進距離について収束する(これをp進収束と呼ぶ)とき、 \mathrm{ord}_p(r)を以下のように定義する。

 \displaystyle{
\mathrm{ord}_p(r) = \lim_{n \to \infty} \mathrm{ord}_p (x_n)
}

(この極限の収束に関しては追記を参照。)
このとき、p進付値が0以上となるような \mathbb{Q}_pの元をp進整数と呼ぶ。p進整数全体の集合は環を成しており、これをp進整数環 \mathbb{Z}_pと呼ぶ。

整数環とp進整数環の関係

これでやっと本題に入れる。実は、 \mathbb{Z} \mathbb{Z}_pの間には、以下に示すような関係がある。

 \displaystyle{
\mathbb{Z}/p^n \mathbb{Z} \cong \mathbb{Z}_p/p^n \mathbb{Z}_p
}

本稿ではこれの意味するところについて考えてみようと思う。

証明の準備

まずは証明だ。「数論Ⅰ」を見るとこれの証明が書かれているのだが、何度読んでもいまいちピンと来ず、理解が曖昧なままであった。

少し検索してみたところ、参考文献[2]に証明が載っていた。この証明を理解するために、逆極限によるp進整数環の導入について説明する。以下で説明することは一見すると上で説明した \mathbb{Z}_pと全く異なるように見えるかもしれないが、実際には同じものである。

まず、集合 X_n\ (n=1, 2, 3, \cdots)写像 f_n : X_{n+1} \to X_nから成る以下のような系列が与えられたとする。

 \displaystyle{
\cdots \xrightarrow{f_4} X_4 \xrightarrow{f_3} X_3 \xrightarrow{f_2} X_2 \xrightarrow{f_1} X_1
}

このとき、積集合 \prod_{1 \le n} X_nの以下のような部分集合を逆極限と呼ぶ。

 \displaystyle{
\lim_{\substack{\longleftarrow\\n}} X_n = \left\{(a_n)_{1\le n} \in \prod_{1 \le n} X_n ;\ \forall n \in \mathbb{N},\ f_n(a_{n+1}) = a_n \right\}
}

上記において X_n = \mathbb{Z}/p^n\mathbb{Z}とし、 f_n \mathbb{Z}/p^{n+1}\mathbb{Z}から \mathbb{Z}/p^n\mathbb{Z}への自然な全射とすると、以下のような関係が得られる。

 \displaystyle{
\lim_{\substack{\longleftarrow\\n}} \mathbb{Z}/p^n\mathbb{Z} =  \mathbb{Z}_p
}

証明

準備が整ったので証明に移ろう。まず、写像 g_n : \mathbb{Z}_p \to \mathbb{Z}/p^{n}\mathbb{Z},\ (a_i)_{1\le i} \mapsto a_nを考える。これは明らかに全射である。また、 \mathrm{Ker}g_nを考えると、これは \mathbb{Z}_p = (a_i)_{1\le i}の中で a_n = 0となるような元の集合である。定義より a_n \in \mathbb{Z}/p^n \mathbb{Z}なので、 \mathrm{Ker}g_n = p^n \mathbb{Z}_pとなる。よって準同型定理により \mathbb{Z}/p^n \mathbb{Z} \cong \mathbb{Z}_p/p^n \mathbb{Z}_pが分かる。

具体的な対応関係

整数環とp進整数環の間に上述のような同型が得られたわけだが、証明だけ見てもなんだかよく分からないだろう。同型と言うからには両者の間に環としての1対1対応があるはずだから、それを具体的に探ってみよう。

まずは簡単な方からということで、 \mathbb{Z}/p^n \mathbb{Z}の方を考えてみる。こちらは位数 p^nの環であり、その元は \left\{\overline{0}, \overline{1}, \cdots, \overline{p^n-1}\right\}である。

次に、これらの元と対応する \mathbb{Z}_p/p^n \mathbb{Z}_pの元を考えてみよう。これの元は (a_i)_{1\le i} + p^n \mathbb{Z}_pと書ける。ここで、 1 \le i \le nの場合は a_i \lt p^nであるため、 p^n倍の差を同一視したところで違いはない。しかし、 n \lt iの場合は p^n \le a_iとなることがあり得る。そこで、 \mathbb{Z}_pの各 \mathbb{Z}/p^i \mathbb{Z}において p^nを法として合同な数同士を同一視すれば、 \mathbb{Z}_pの元は p^n個の同値類に集約される。すなわち \mathbb{Z}_p/p^n \mathbb{Z}_p = (a_i \mod p^n)_{1\le i}である。そして、 n \le iにおいて a_i \equiv 0, 1, \cdots, p^n-1 \mod p^nとなる元を順次 \overline{0}, \overline{1}, \cdots, \overline{p^n-1}と対応させていけば、確かに1対1の対応関係が見えてくることが分かる。

まとめ

以上、整数環とp進整数環の関係について調べてみた。本稿で述べたことはp進数のほんの触りでしかなく、まだまだ奥深い話が山ほどあるようだ。数論マスターへの道は遠く険しい。

追記

文中に登場した以下の極限の収束性について考察する。

 \displaystyle{
\mathrm{ord}_p(r) = \lim_{n \to \infty} \mathrm{ord}_p (x_n)
}

結論から言うと、 \mathrm{ord}_p(r) \in \mathbb{Z} \cup \{\infty\}となる。これについて以下で説明する。

前提

 x_nがあるp進数rにp進収束することより、 x_nはp進距離についてコーシー列になる。すなわち、任意の実数 \epsilon > 0に対してある N \in \mathbb{N}が存在して、 \forall m, n > Nについて \left | x_m - x_n \right| _p < \epsilonが成立する。ここで、 \mathrm{ord}_p(x_n) = - \log_p \left|x_n \right|_pとなることより、この不等式を以下のように変形できる。

 \displaystyle{
\begin{eqnarray}
\left| x_m - x_n \right| _p &<& \epsilon \\
 - \log_p \left| x_m - x_n \right| _p &>& - \log_p \epsilon \\
 \mathrm{ord}_p (x_m - x_n) &>& \log_p \frac{1}{\epsilon} \\
\end{eqnarray}
}

ここで、 \epsilonは任意の正の実数なので、 M = \log_p \frac{1}{\epsilon}とおけば、 Mを任意の実数と考えてもよい。すなわち、任意の実数 Mに対してある N \in \mathbb{N}が存在して、 \forall m, n > Nについて \mathrm{ord}_p (x_m - x_n) > Mが成立する。

以下で、 \mathrm{ord}_p(x_n)の極限を2つの場合に分けて考察する。

Case 1: 任意の実数 Mについてある N \in \mathbb{N}が存在して、 \forall n > Nについて \mathrm{ord}_p(x_n)  > Mとなるとき

 \lim_{n \to \infty} \mathrm{ord}_p(x_n) \to \inftyとなり、p進付値は正の無限大に発散する。このとき、 \lim_{n \to \infty}\left|x_n - 0 \right| _p = 0となるため、 x_nは0にp進収束する。定義において \mathrm{ord}_p(0) = \inftyとしていたので、これは理にかなった結果であると言える。

Case 2: ある Mについて、どんなに大きな N \in \mathbb{N}を取っても自然数 k> Nが存在して、 \mathrm{ord}_p(x_k) \le Mとなるような x_kが存在するとき

同じ Mに対して、仮定よりある N'が存在して、 \forall m, n > N'について M < \mathrm{ord}_p (x_m - x_n)が成立する。 Nは任意なので、 N=N'であっても条件を満たす x_kは存在する。この時、任意の n > N'について以下が成立する。

 \displaystyle{
\begin{eqnarray}
\mathrm{ord}_p(x_n) &=& \mathrm{ord}_p((x_n - x_k) + x_k) \\
                    &=& \min\{\mathrm{ord}_p(x_n - x_k), \mathrm{ord}_p(x_k)\} \\
                    &=& \mathrm{ord}_p(x_k)
\end{eqnarray}
}

ここで、2つ目の等号は \mathrm{ord}_p(x_n - x_k) \neq \mathrm{ord}_p(x_k)の時しか成立しないので注意が必要であるが、今はその条件を満たしているので問題ない。

 nは任意なので、結局以下が成り立つ。

 \displaystyle{
\mathrm{ord}_p(x_{N'+1}) = \mathrm{ord}_p(x_{N'+2}) = \cdots = \mathrm{ord}_p(x_{k}) = \cdots
}

すなわち、 N'+1以降は全てp進付値が一致するため、 x_nは収束する。

以上2つのケースをまとめると、冒頭で述べた結果が得られる。

参考

[1]

数論I――Fermatの夢と類体論 (岩波オンデマンドブックス)

数論I――Fermatの夢と類体論 (岩波オンデマンドブックス)

[2] http://mathematics-pdf.com/pdf/p_adic_field.pdf

*1:Wikipediaを見ると、個々の数もp進数と呼ぶし、p進体のこともp進数と呼ぶように見受けられる。

ホモロジー群とその計算例

本稿では位相幾何学における基本的な量であるホモロジー群と、いくつかの図形に対するホモロジー群の計算例について述べる。

位相不変量としてのホモロジー

位相幾何学では、図形を位相空間であると捉え、位相同型な空間同士は同じ図形であると考えるというのが基本である。2つの位相空間A, Bが位相同型であるとは、連続な全単射 f: A\to Bで、 f^{-1}も連続であるようなものが存在することを言う*1

しかし、どうも一般に2つの空間が互いに位相同型であるかどうかを見分けることは難しいようで、位相幾何学では代わりに位相同型な空間の間で一定に保たれる性質、すなわち位相不変量に着目するようである。位相不変量としては、簡単なところではコンパクト性や連結性などが挙げられるが、ホモロジー群もその1つなのである。

2つの空間の間でこれらの位相不変量が一致することは、それらが位相同型であるための必要条件であるが、十分条件ではない。例えば、2つの位相空間が同じホモロジー群を持っていたとしても、それらが必ずしも位相同型であるとは限らない。しかし、少なくともホモロジー群が異なる空間同士が位相同型ではありえないことは分かるので、その意味でこのような位相不変量に着目することは有用であると言えよう。

ホモロジー群の定義

ホモロジー群の定義を理解するためには、以前の記事でも紹介した境界写像について理解する必要がある。本稿では境界写像については説明しないので、気になる方はググって頂くか、こちらの記事を見ていただきたい。

では、ホモロジー群の定義について述べてみる。位相空間Kのr+1次元鎖群 C_{r+1}(K)に対する境界写像 \partial_{r+1}の像を B_r(K) = \mathrm{Im}(\partial_{r+1})とおく。また、r次元鎖群 C_r(K)に対する境界写像 \partial_rの核を Z_r(K) = \mathrm{Ker}(\partial_r)とおく。

一般に、r+1次元鎖cに対して \partial_{r}(\partial_{r+1}(c))=0となることから、以下が成立する。

{ \displaystyle
B_r(K) = \mathrm{Im}(\partial_{r+1}) \subset \mathrm{Ker}(\partial_r) = Z_r(K)
}

また、当然 Z_r(K) \subset C_r(K)かつ B_r(K) \subset C_r(K)である。 C_r(K)は自由アーベル群であり、かつ一般に自由アーベル群の部分群は自由アーベル群であるから、 B_r(K) \lhd Z_r(K)である。

このとき、以下の式で表される剰余群 H_r(K)をr次元ホモロジー群と呼ぶ。

{ \displaystyle
H_r(K) = Z_r(K) / B_r(K)
}

ホモロジー群の意味

ホモロジー群は位相空間の連結性や穴に関係がある。私も不勉強で明確に説明できるレベルには達していないが、例えば0次元ホモロジー H_0(K)のrank(ホモロジー群のrankをベッチ数とも呼ぶ)は連結成分の数に対応しており、また H_1(K)のベッチ数は1次元的なループによる穴の数、 H_2(K)は面により囲まれる3次元空間上の穴の数に対応していたりするようだ。詳しくは本稿の参考文献[2]を参照して頂きたい。

ホモロジー群の計算例

では、具体的にいくつかの図形についてホモロジー群を計算してみよう。初めは手計算を試みたのだが、あまりに大変なので断念し、今回もsageのお世話になることにした。

n次元球面

 S^1

基本的な図形のいくつかはsageに最初から用意されている。n次元球面もその1つだ。以下のように計算できる。

sage: S1 = simplicial_complexes.Sphere(1)  # 1次元球面を取得
sage: S1.homology()  # ホモロジー群を計算
{0: 0, 1: Z}

最後の出力は、 H_0(S^1) = 0,  H_1(S^1) = \mathbb{Z}であることを示している。しかし、これはなんだかおかしい。というのも、 S^1の連結成分は1つだから、 H_0(K) = \mathbb{Z}にならなければならないはずだ。

sageのマニュアルを見ると、どうもhomology関数はデフォルトではreduced homologyなるものを計算しているらしい。これの正体はいまいち分からないが、普通のホモロジー群を計算するためには、以下のようにオプションを追加してやれば良いようだ。

sage: S1.homology(reduced=False)  # Reduced homologyじゃないよ!というオプション
{0: Z, 1: Z}
 S^2

同様に計算してみる。

sage: S2 = simplicial_complexes.Sphere(2)
sage: S2.homology(reduced=False)
{0: Z, 1: 0, 2: Z}
 S^3

同上。

sage: S3 = simplicial_complexes.Sphere(3)
sage: S3.homology(reduced=False)
{0: Z, 1: 0, 2: 0, 3: Z}
n次元球面まとめ

結果を以下の表にまとめる。

 H_0  H_1  H_2  H_3
 S^1  \mathbb{Z}  \mathbb{Z} - -
 S^2  \mathbb{Z} 0  \mathbb{Z} -
 S^3  \mathbb{Z} 0 0  \mathbb{Z}

n次元球面にはn+1次元の穴が1つだけ空いており、それ以外の穴は空いていない。それが H_nのベッチ数に反映されている様子が見られた。楽しい。

トーラス

 T^2

2次元トーラス(つまり普通のトーラス)も最初から用意されている。

sage: T2 = simplicial_complexes.Torus()
sage: T2.homology(reduced=False)
{0: Z, 1: Z x Z, 2: Z}
 T^3

3次元以上のトーラスはプリセットとしては用意されていない。しかし、3次元トーラス T^3 T^3 = S^1 \times S^1 \times S^1となるので、1次元球面の直積を計算すればよい。

sage: T3 = S1.product(S1).product(S1)
sage: T3.homology(reduced=False)
{0: Z, 1: Z x Z x Z, 2: Z x Z x Z, 3: Z}
 T^4

同じように計算してみる。

sage: T4 = S1.product(S1).product(S1).product(S1)
sage: T4.homology(reduced=False)  # この計算がなかなか重い
{0: Z, 1: Z x Z x Z x Z, 2: Z^6, 3: Z x Z x Z x Z, 4: Z}

こちらはどうにも計算が重く、一度は諦めたのだが、再度頑張って計算してみた。ホモロジー群を計算機で求めるのは思ったより大変なんだなぁ。

トーラスまとめ

結果を以下の表にまとめる。ただし、 T^1 = S^1としている。

 H_0  H_1  H_2  H_3  H_4
 T^1  \mathbb{Z}  \mathbb{Z} - - -
 T^2  \mathbb{Z}  \mathbb{Z} \times \mathbb{Z}  \mathbb{Z} - -
 T^3  \mathbb{Z}  \mathbb{Z} \times \mathbb{Z} \times \mathbb{Z}  \mathbb{Z} \times \mathbb{Z} \times \mathbb{Z}  \mathbb{Z} -
 T^4  \mathbb{Z}  \mathbb{Z}^4  \mathbb{Z}^6  \mathbb{Z}^4  \mathbb{Z}

なんとパスカルの三角形のようなパターンが浮かび上がってきた。面白すぎる!

高次元のトーラスの解釈は難しいが、 T^2に関しては、トーラスをドーナツの輪っか的に回るループと、胴回りを回るループの2つがあり、それが H_1の構造に見えているのが面白い。また、ドーナツの中は空洞であるため、 H_2(T^2) = \mathbb{Z}となっているのだろう。

向き付け不可能な図形

向き付け不可能な図形についてもホモロジー群を計算してみよう。代表的なものとして、メビウスの帯クラインの壺を取り上げる。

メビウスの帯

残念ながら、メビウスの帯はsageには用意されていない。そのため、頑張って単体分割から計算するしかなさそうだ。メビウスの帯を以下の図のように単体分割してみよう。

f:id:peng225:20170218125958p:plain

赤矢印で示した向きに左右の辺をくっつければメビウスの帯になる。これをsageで計算するには以下のようにすればよい。

sage: M = SimplicialComplex([[1, 2, 3], [3, 4, 1], [4, 3, 5], [5, 2, 4], [2, 5, 1]])  # 三角形を全て指定
sage: M.homology(reduced=False)
{0: Z, 1: Z, 2: 0}

ちなみに、本当は三角形の辺とか頂点も含めないと単体複体の定義を満たさないが、これらは自動的に追加されているようだ。

結果を見ると、連結成分が1つで、1次元的なループによる輪っかが1つという、なんとも普通の結果になった。実は、ホモトピー同値*2位相空間ホモロジー不変となるらしく、メビウスの帯ホモロジー群は S^1と同じになるそうだ。詳細は参考文献[6]の議論を参照のこと。

クラインの壺

こちらはsageに用意されたものがあるので、それを利用しよう。

sage: K = simplicial_complexes.KleinBottle()
sage: K.homology()
{0: 0, 1: Z x C2, 2: 0}

ここで、Z x C2というのは \mathbb{Z} \times \mathbb{Z}/2\mathbb{Z}を意味している。C2という表記は、2次元巡回群(Cyclic group)ということである。

ここで、始めてホモロジー群の中に捩れが登場した。これをどう幾何学的に解釈したらよいだろうか?私自身、まだ体系的に理解しているわけではないが、少なくとも今回のケースでは、クラインの壺を「捻れたトーラス」と捉えることができるのだと思っている。以下の図を見て頂きたい。

f:id:peng225:20170218130844p:plain

左はトーラス、右はクラインの壺を表している。同じ色の矢印で示した辺をこの向きにくっつけることで、それぞれの図形が出来上がる。ここで、クラインの壺は左右の辺の向きが逆になっているのがポイントである。これを同じ向きに揃えてくっつけるためには、まず青矢印の辺をくっつけたあと、ひねりを加えて赤矢印の辺をくっつけなければならない。これがホモロジー群の捩れとして現れているのではないだろうか?

もっとも、これを3次元ユークリッド空間内で実現しようと思うと、自身を貫くような形になってしまうため、本当は4次元空間で考えなければならない。

ここで、「メビウスの帯だって図形的に捩れているじゃないか」という疑問が思い浮かぶ訳だが、メビウスの帯 S^1ホモトピー同値であり、本質的には捩れていなかったのだと考えるしかないのだろう。

まとめ

以上、ホモロジー群の定義と、いくつかの図形における具体的な計算例を示した。やはり具体例を見ることで現象への理解は格段に深くなる。ホモロジー群の捩れを一般的にどう解釈したらよいのかはまだ未知であるが、それはおいおい考えてみよう。

*1:位相空間は一般には距離空間とは限らないため、位相空間における連続写像の定義はちょっとややこしい。詳しくは位相空間の教科書を参照。

*2:位相空間の中で2つの図形を連続的に変形させて互いに行き来できるとき、これらをホモトピー同値と言うのだと思っている。位相同型と何が違うのかというと、例えば円と帯のように、次元が異なるような図形であっても、連続的な変化で行き来できればホモトピー同値になるという点が挙げられるだろう。ただし、これは私が根拠なく考えていることなので、正確にはトポロジーの教科書を参照して頂きたい。

有限生成アーベル群の捩れがrankと無関係な理由

有限生成アーベル群のrank

今日もトポロジーの本を読んでいて得られた副次的な知見について書いてみたいと思う。それは、有限生成アーベル群のrankにまつわる話である。有限生成アーベル群の基本定理により、任意の有限生成アーベル群Gは以下の形の群と同型になる。

{ \displaystyle
G \cong \mathbb{Z}^r \times \mathbb{Z}/e_1\mathbb{Z} \times \mathbb{Z}/e_2\mathbb{Z} \times \cdots \times \mathbb{Z}/e_s\mathbb{Z} \ (e_i \in \mathbb{N} \ \mathrm{for}\  i = 1, 2, \cdots, s)
}

ここで、 \mathbb{Z}^rとは \mathbb{Z}^r = \mathbb{Z} \times \cdots \times \mathbb{Z}というように \mathbb{Z}のr個の直積を表す。このとき、rをGのrankと言う。

さて、このrankという概念には、Gの捩れ元、すなわち \mathbb{Z}/e_1\mathbb{Z} \times \mathbb{Z}/e_2\mathbb{Z} \times \cdots \times \mathbb{Z}/e_s\mathbb{Z}の部分は一切関係しない。これはなぜなのかというのが本日の主題である。

rankと一次独立性

恐らく多くの人がrankという言葉を初めて聞くのは、線形代数においてであろう。行列のrankと言った時に、それは様々な解釈の仕方があるが、例えば行列の行、または列の中に一次独立なベクトルが最大で何本取れるかということを表していたりする。このように、rankとは一次独立性と関係がある概念なのであるが、実はそれは有限生成アーベル群においても同様なのである。ただし、捩れ元のせいで様子は少し奇妙なことになる。

Gの生成元を a_1, a_2, \cdots, a_{r}, b_1, b_2, \cdots, b_sであるとし、各 a_i\ (i=1, 2, \cdots, r) \mathbb{Z}を生成し、各 b_i\ (i=1, 2, \cdots, s) \mathbb{Z}/e_i\mathbb{Z}を生成するとする。このとき、これらの生成元のうち、一体いくつの元が一次独立であるかを考えてみる。もし全ての生成元が一次独立であれば、それらの生成元の線形結合が0になるのは係数が全て0の時のみである。すなわち、以下のような方程式の解が n_1 = n_2 = \cdots = n_{r+s} = 0のみとなる。

{ \displaystyle
n_1 a_1 + n_2 a_2 + \cdots n_r a_r + n_{r+1} b_1 + n_{r+2} b_2 + \cdots + n_{r+s} b_s = 0
}

しかし、実はこれは正しくない。なぜなら、後半の生成元 b_1, b_2, \cdots, b_sは位数有限であり、以下のようにしても上記の線型結合の値を0にできるからである。

{ \displaystyle
0 a_1 + 0 a_2 + \cdots 0 a_r + e_1 b_1 + e_2 b_2 + \cdots + e_s b_s = 0
}

本当に係数を0にしないと線型結合が0にできない部分というのは生成元の前半部分 a_1, a_2, \cdots, a_rのみである。これがGのrankをrだと考える理由である。

まとめ

以上、有限生成アーベル群のrankは生成元のうち一次独立なものの個数を表しているというお話であった。位数無限の生成元だけでは群全体を生成することができないのに、一次独立になるのはそれらの生成元だけだというのは、線形代数の感覚からするとなんとも奇妙である。それ故に面白い。

2回続けてトポロジーとは直接関係ない記事が続いたので、そろそろトポロジーについても何か書いてみたい。

参考

トポロジー (応用数学基礎講座)

トポロジー (応用数学基礎講座)

群の同型と剰余群の罠

先日トポロジーの本を読んでいたときに、私が剰余群について疑問に思ったことについて言及されている箇所があった。本稿ではそれについて書いてみたいと思う。

疑問

剰余群の最も簡単な例として、 \mathbb{Z}/2\mathbb{Z}を考えてみよう。これが位数2の巡回群になるのは周知の通りであるが、ちょっと考えてみて欲しい。 \mathbb{Z} 2\mathbb{Z}はどちらも可算無限集合であるから、全ての元に対して0から順に番号を付けることができる。例えば以下のように番号を付けたとしよう。

# 0 1 2 3 4 5 ...
 \mathbb{Z} 0 1 -1 2 -2 3 ...
 2\mathbb{Z} 0 2 -2 4 -4 6 ...

これより、 \mathbb{Z} 2\mathbb{Z}において同じ番号が振られた元の間に一対一の対応関係を考えることができる。すなわち、以下のように定義される群同型 \phi : \mathbb{Z} \to 2\mathbb{Z}が存在する。

{ \displaystyle
\phi(n) = 2n
}

よって \mathbb{Z} \cong 2\mathbb{Z}である。つまり、 \mathbb{Z} 2\mathbb{Z}は群として同じ構造を持っているので、 \mathbb{Z}/2\mathbb{Z} \cong \mathbb{Z}/\mathbb{Z} = \{0\}となってしまいそうな気がする。しかし、これは \mathbb{Z}/2\mathbb{Z}の位数が2であることに矛盾する。一体何が間違っているのだろうか?

基底に着目しよう

私が読んだ本に記載があったのは自由加群のみであったので、まずはそれについて紹介する。ポイントは自由加群としての基底に着目することである。

 \mathbb{Z} 2\mathbb{Z}はどちらも自由 \mathbb{Z}-加群であるから、基底を取ることができる。そして、 \mathbb{Z}係数による基底の線型結合によって、全ての元を表すことができる。 \mathbb{Z} 2\mathbb{Z}はどちらも1つの基底によって張られる。ここではそれぞれの基底として1と2を取ってみよう。このとき、 \mathbb{Z} 2\mathbb{Z}の元はそれぞれ n \cdot 1 = n \ (n \in \mathbb{Z}),  m \cdot 2 = 2m \ (m \in \mathbb{Z})と表すことができる。

これらの基底に着目して剰余群 \mathbb{Z}/2\mathbb{Z}を考えてみよう。 \mathbb{Z}の元の 2\mathbb{Z}による剰余類は m + 2\mathbb{Z},\ m \in \mathbb{Z}という形で表される。ここで、mを 2\mathbb{Z}の基底の線型結合で表される部分とそうでない部分に分けることを考える。 2\mathbb{Z}の基底として2を選んでいるから、 m = 0 + 2kまたは m = 1 + 2kとなる。よって、 m + 2\mathbb{Z} = 0 + 2\mathbb{Z}または m + 2\mathbb{Z} = 1 + 2\mathbb{Z}の2つの同値類が得られる。そのため、 \mathbb{Z}/2\mathbb{Z}は位数2の群になるのである。

このように、自由加群の剰余群を考えるときには、その基底に着目すれば間違えることはない。ある自由加群A, Bが A \cong \mathbb{Z},  B \cong \mathbb{Z}だからといって、 A/B \cong \mathbb{Z}/\mathbb{Z}とは限らず、丁寧に基底を追う必要があるのである。

もっと複雑な例

 \mathbb{R}^3の2つのベクトル {\bf x}, {\bf y} \in \mathbb{R}^3を考える。ただし、 {\bf x}, {\bf y}は互いに一次独立であるとする。これらのベクトルが張る \mathbb{R}^3の部分空間 E = l{\bf x} + m{\bf y},  F = n({2\bf x} + 4{\bf y})  (l, m, n \in \mathbb{Z})について考えてみよう。これらは自由 \mathbb{Z}-加群として考えると、 E \cong \mathbb{Z} \times \mathbb{Z},  F \cong \mathbb{Z}となる。

 F \subset EかつE, Fともに加法についてアーベル群であるから、 F \lhd Eとなる。よって剰余群 E/Fを考えることができる。もし同型に着目した間違った計算をしていたら、 E/F \cong (\mathbb{Z} \times \mathbb{Z})/\mathbb{Z} \cong \mathbb{Z}としてしまうところである。

正しくはこうだ。まず、Fの基底は 2{\bf x} + 4{\bf y}である。Eの任意の元 l{\bf x} + m{\bf y}を、Fの基底の線形結合で表される部分とそうでない部分に分けると、以下のようになる

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
l{\bf x} + m{\bf y} &=& (l-2k){\bf x} + (m-4k){\bf y} + k(2{\bf x} + 4{\bf y}) \\
&=&
 \begin{cases}
    0{\bf x} + (m-4k){\bf y} + F & (l=2k) \\
    {\bf x} + (m-4k){\bf y} + F & (l=2k+1)
  \end{cases}\\
&=&
 \begin{cases}
    0{\bf x} + m'{\bf y} + F & (l=2k) \\
    {\bf x} + m'{\bf y} + F & (l=2k+1)
  \end{cases}
\end{eqnarray}
}

最後の式変形では m' = m-4kと置いた。4kが何であろうとmによる自由度があるので、m'は全ての整数を動くことができる。よって {\bf x}, {\bf y}の係数に着目すると、 E/F = \mathbb{Z} \times \mathbb{Z}/2\mathbb{Z}であることが分かる。

残った疑問

以上、自由加群については基底に着目することで剰余を正しく捉えられることが分かった。残る問題は自由加群でない場合にどう考えればよいかである。ただし、この問題は恐らく位数有限の場合には起こらない。なぜなら、この現象は2つの異なる集合があったときに、それらがどちらも可算無限という名のもとに同一視されたときに起こる現象だからである。

そのため、より正確には「自由加群でない位数無限の群の場合に剰余をどのように扱うべきか?」という問いになる。例えば、有限生成アーベル群なんかがそうだ。この場合、自由加群でないため基底は存在しないが、ひょっとしたら生成元に着目することで何か分かることがあるのかもしれない。が、あまりそのようなケースで困ったことがないので、この問題について考えるのはこれくらいにしておこうと思う。

参考

トポロジー (応用数学基礎講座)

トポロジー (応用数学基礎講座)

鎖群の境界写像の境界っぽさを味わう

最近、読みたいと思っていたトポロジーの本(本稿末尾を参照)を図書館で見つけたため、急遽トポロジーの勉強を始めた。トポロジーとは、位相同型な図形(正確には位相空間)の間に存在する不変量を研究する分野である。大事な位相不変量としてホモトピーホモロジーが挙げられるが、本稿ではそのうちホモロジーに関する話題を取り上げる。

主題

位相空間の性質を調べる際に、その空間そのものを調べるのではなく、代わりにその空間を基本的な図形である単体に分割したもの(これを複体と呼ぶ)を考えることで、見通しがよくなる場合がある。単体は次元ごとに存在し、また向きを考えることができる。向きを与えられた単体を有向単体と呼ぶ。ある複体に含まれるr次元単体に向きを付けたr次元有向単体の線形結合全体は群を成し、これをr次元鎖群と呼ぶ。r次元鎖群には境界写像と呼ばれる写像を考えることができ、これを適用することでr-1次元鎖群が得られる。

境界写像はその名前から察するに、何かの境界を取得するための写像だと考えられる。そこで、本稿では境界写像を簡単なr次元鎖に適用することで、境界写像の境界っぽさを体感してみたいと思う。

基本的な概念

単体と複体

以下、簡単のためにn次元ユークリッド空間 \mathbb{R}^nで考える。

まず単体を定義しよう。 a_0, a_1, \cdots , a_r \mathbb{R}^n内のr+1個の点であり、かつこれらはr-1次元以下の部分空間に含まれることがないとする*1。このとき、r次元単体( r \le n)とは以下で表される集合である。

{ \displaystyle
\left\{ \sum_{i=0}^r \lambda_i a_i \middle| \sum_{i=0}^r \lambda_i = 1,\  \lambda_0, \lambda_1, \cdots , \lambda_r \ge 0 \right\}
}

r次元単体を |a_0 a_1 \cdots a_r|とか \sigma^rなどと書く。単体の例を挙げると、0次元単体は点、1次元単体は線分、2次元単体は三角形、そして3次元単体は四面体となる。

 \sigma^rのr+1個の点 a_0, a_1, \cdots , a_rの中からs+1個( s < r)の点を選んだとき、これらの点によって生成される単体を \sigma^rの面と呼び、sをこの面の次元と呼ぶ。

次に複体の定義を与える。有限個の単体の集合Kが以下の2つの性質を満たすとき、Kを複体と呼ぶ。

  1.  \sigma^r \in Kなら、 \sigma^rのすべての面 \sigma^sもKに属す。
  2.  \sigma_1^r, \sigma_2^r \in Kなら、 \sigma_1^r \cap \sigma_2^r \sigma_1^r, \sigma_2^rの共通の面であるか、あるいは空集合である。*2

有向単体

n次元単体 |a_0 a_1 \cdots a_n|に対して、そのn+1個の頂点の並び替えを考える。ある並びを基準としたとき、そこから偶置換によって得られるものは基準と同じ向き、奇置換で得られるものは逆向きと定める。ここで決めた向きは同値関係になっており、頂点の並び替えで得られる全ての単体は基準と同じ向きか逆向きかという2つの同値類に分けられる。このように向き付けられた単体のことを有向単体と呼ぶ。

例えば2次元単体について、 a_0, a_1, a_2という順番によって得られる単体と a_1, a_0, a_2によって得られる単体は逆向きであり、それぞれが属する向きの同値類を \langle a_0, a_1, a_2 \rangle, \langle a_1, a_0, a_2 \rangleと書く。

鎖群

Kをn次元複体とし、Kに含まれるr次元単体を \sigma_1^r, \sigma_2^r, \cdots \sigma_m^rとする。各 \sigma_i^rについて適当に向きを固定したものを \langle \sigma_i^r \rangleとしたとき、それと逆向きの単体を - \langle \sigma_i^r \rangleと書く。これらの有向単体の間の整数係数による線形結合は以下のようになる。

{ \displaystyle
c = \sum_{i=1}^m \alpha_i \langle \sigma_i^r \rangle \ (\alpha_1, \alpha_2, \cdots, \alpha_m \in \mathbb{Z})
}

このcをr次元鎖と呼び、r次元鎖全体が成す集合を C_r(K)と表す。実は C_r(K)は加法について群を成すため、これをr次元鎖群と呼ぶ。

境界写像

定義と基本的性質

いよいよ本日の主役である境界写像について述べる。まずは定義を示そう。

r次元有向単体 \langle \sigma^r \rangle = \langle a_0 a_1 \cdots a_r \rangleに対して、 \partial_r \langle \sigma_r \rangleを以下のように定義する。

{ \displaystyle
\partial_r \langle \sigma^r \rangle = \sum_{i=0}^r (-1)^i \langle a_0 a_1 \cdots a_{i-1} a_{i+1} \cdots a_r \rangle
}

これを \langle \sigma_r \rangleの境界と呼ぶ。 \langle \sigma_r \rangleは次元が1つ下がり、 C_{r-1}(K)の元となる。また、 c = \sum_{i=1}^m \alpha_i \langle \sigma_i^r \rangleに対して境界を以下のように定義する。

{ \displaystyle
\partial_r (c) = \sum_{i=0}^m \alpha_i \partial_r \langle \sigma_i^r \rangle
}

このようにすることで、 \partial_r C_r(K)から C_{r-1}(K)への写像となる。これを境界写像と呼ぶ。境界写像は群の準同型となっている。また、詳細は述べないが、境界写像の重要な性質として \partial_{r-1}(\partial_r(c)) = 0が常にに成り立つことが挙げられる。

単一の有向単体に対して適用した場合

では、早速だが境界写像の境界感を味わっていきたいと思う。まずは一番簡単なr次元鎖である単一の有向単体への適用を考えてみよう。例として2次元有向単体 \langle a_0 a_1 a_2 \rangleを考えてみよう。この単体の境界は以下のようになる。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
\partial_r \langle a_0 a_1 a_2 \rangle &=& \langle a_1 a_2 \rangle - \langle a_0 a_2 \rangle + \langle a_0 a_1 \rangle \\
                                       &=& \langle a_1 a_2 \rangle + \langle a_2 a_0 \rangle + \langle a_0 a_1 \rangle
\end{eqnarray}
}

境界の意味を考えてみると、これは a_1 \to a_2, a_2 \to a_0, a_0 \to a_1というように2次元単体、つまり三角形の辺に向きを与えて足しあわせたものになる。図を以下に示す。

f:id:peng225:20170205223222p:plain

頂点を順に辿ったときの右ねじの回る向きが2次元単体の向きだと考えれば、これは確かに \langle a_0 a_1 a_2 \rangleの向きと合っている。単体の場合の境界感はこれでなんとなく分かった。

同じ向きの2つの有向単体に対して適用した場合

今度は同じ向きの2つの有向単体 \langle a_0 a_1 a_2 \rangle \langle a_0 a_2 a_3 \rangleについて考えてみる。向きを考えなければ、これらは複体を成している。境界は以下のように計算される。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
&&\partial_r \langle a_0 a_1 a_2 \rangle + \partial_r \langle a_0 a_2 a_3 \rangle \\
&=& (\langle a_1 a_2 \rangle - \langle a_0 a_2 \rangle + \langle a_0 a_1 \rangle) + (\langle a_2 a_3 \rangle - \langle a_0 a_3 \rangle + \langle a_0 a_2 \rangle) \\
&=& \langle a_0 a_1 \rangle + \langle a_1 a_2 \rangle + \langle a_2 a_3 \rangle + \langle a_3 a_0 \rangle
\end{eqnarray}
}

以下の図に示すように、上で得られた境界は a_0 \to a_1, a_1 \to a_2, a_2 \to a_3, a_3 \to a_0というように2つの有向単体の外側をぐるっと回るような形になっている。これはまさに領域の境界を表していると言えるだろう。

f:id:peng225:20170205225819p:plain

これで境界写像のイメージがずっと鮮明になってきた。きっと、同じように単体をたくさんつなげた複体を作れば、境界写像はその周囲をぐるっと取り囲むような形になるのだと類推できる。高次元の場合はこのように簡単にはいかないかもしれないが、気持ちとしては同じなのだろう。

異なる向きの2つの有向単体に対して適用した場合

最後に異なる向きの2つの有向単体 \langle a_0 a_1 a_2 \rangle \langle a_0 a_3 a_2 \rangleについて考えてみる。境界は以下のようになる。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
&&\partial_r \langle a_0 a_1 a_2 \rangle + \partial_r \langle a_0 a_3 a_2 \rangle \\
&=& (\langle a_1 a_2 \rangle - \langle a_0 a_2 \rangle + \langle a_0 a_1 \rangle) + (\langle a_3 a_2 \rangle - \langle a_0 a_2 \rangle + \langle a_0 a_3 \rangle) \\
&=& \langle a_0 a_1 \rangle + \langle a_1 a_2 \rangle + \langle a_0 a_3 \rangle + \langle a_3 a_2 \rangle + 2\langle a_2 a_0 \rangle
\end{eqnarray}
}

図を以下に示す。この場合は2つの単体の向きが異なるため、境界同士がうまく馴染むことができず、ぶつかり合ってしまっているような印象を受ける。とは言え、複体を考える場合は向きが同一になるようにするのが普通だと思われるので、多くの場合このようなケースを考えることは稀だろう*3

f:id:peng225:20170205231122p:plain

まとめ

以上、境界写像のイメージを2次元単体と複体を用いて考えてみた。結果として、複体を構成する単体に全て同じ向きを与えた場合、それらを取り囲むような文字通りの境界が得られることが分かった。境界写像ホモロジー群を定義する上で重要な役割を果たすものなので、イメージを理解できてよかった。

参考

トポロジー (応用数学基礎講座)

トポロジー (応用数学基礎講座)

*1:例えば3つの点であれば三角形ができることを期待するため、それらが一直線上に並んでしまうようなケースは除外するということである。

*2:つまり、綺麗にピッタリ面でくっつくか、離れているかしかないということである。中途半端にずれてくっつくということは許さない。

*3:クラインの壺のように向き付け不可能な図形の場合はどうなるか微妙だが・・・

代数体の整数環においてUFD⇔PIDとなることの証明

今日は一意分解環(UFD)と単項イデアル整域(PID)の関係について、数論に絡むことを書いてみようと思う。

一般に、PIDはUFDである。このことの証明は恐らく多くの環論の教科書に載っているであろうから、本稿では特に触れない。

実は、代数体の整数環においてはこの逆、すなわち「UFDはPIDである」ということが成り立つのである。私が読んでいる「数論Ⅰ」ではこの事実の証明が省略されているため、これが一体どうして成り立つのか疑問に思っていた。先ほどついにこれの証明を見つけたので、本稿ではそれについて書いてみたいと思う。

代数体Kの整数環を O_Kと書く。 O_KはDedekind環であるから、素イデアル分解の一意性が成り立つ。そのため、任意のイデアルは素イデアルの積に一意に分解される。

 O_KがUFDのとき、もし O_Kの0でない任意の素イデアルが単項イデアルになることが示せれば、全てのイデアルが単項イデアルになることが示せる。すなわち、 O_Kが単項イデアル整域であることが示せる。なぜなら、2つの単項イデアル (\alpha), (\beta) (\alpha, \beta \in O_k)について、 (\alpha)(\beta) = (\alpha\beta)となるからである。

 O_Kの0でない任意の素イデアル {\bf p}を選ぶ。 {\bf p}の0でない元を1つ選び、 \alphaとする。 O_KがUFDであれば、 \alpha = \pi_1 \pi_2 \cdots , \pi_nという風に素元 \pi_i (i=1, 2, \cdots , n)の積に分解できる。 {\bf p}は素イデアルであるから、 \pi_i \in {\bf p}となる \pi_iが存在する。

 (\pi_i) \subset {\bf p}であり、また \pi_iは素元だから (\pi_i)は素イデアルである。デデキント環において、任意の素イデアルは極大イデアルであるから、 (\pi_i) = {\bf p}である。以上により、 {\bf p}が単項イデアルであることが示せた。 {\bf p}は任意の素イデアルであるから、結局 O_Kの全ての素イデアルが単項イデアルとなる。よって、証明の初めに述べた通り O_KはPIDとなる。

以上、代数体の整数環がUFDであればPIDであることの証明ができた。そのため、代数体の整数環においてはUFD⇔PIDとなることが示された。

今回この証明を探してもなかなか見つけられなかったわけだが、定理の証明を探すというのはなかなか難しいことだ。どこかに証明データベースがあるか、もしくは実力ある人々が集うコミュニティに気軽に質問できたりすると嬉しいのだが・・・

参考

http://www.sci.hyogo-u.ac.jp/maths/master/h14/uejima.pdf