多様体上の微分形式の基礎知識

最近「多様体の基礎」という本を読んだ。実は今回が2回目のチャンレジで、前回は5章のベクトル場のあたりで打ちのめされてしまったのだが、今回は何とか強引に最後まで読み進めることができた。が、知識の定着度はお察しの通り、いまいちである。特に、微分形式に関する事項があまり理解できていないように感じている。そこで、今回は微分形式の知識を簡単にまとめてみたいと思う。

1次微分形式

まず出発点はここからだ。1次微分形式とはなんだろう?「多様体の基礎」(以下、参考書と呼ぶ)によると、以下のような定義がなされている*1

m次元 C^{\infty}多様体Mの各点pに、余接ベクトル空間 T_{p}^{\ast} (M)の元 \omega_pをひとつずつ対応させる対応 \omega = \{\omega_p\}_{p \in M}のことを、M上の1次微分形式とよぶ。

上の定義における余接ベクトル空間とは、M上のベクトル空間 T_p(M)の双対ベクトル空間のことである。参考書を少し戻って説明を見てみると、一般にベクトル空間V上の1次形式全体のなす集合 V^{\ast}を双対ベクトル空間と呼ぶようである。ここで、1次微分形式と似た言葉で1次形式というものが出てくる。参考書によると、1次形式は以下のように定義される。

Vを \mathbb{R}上のm次元ベクトル空間とする。V上の1次形式とは、Vから \mathbb{R}への写像
{ \displaystyle
\omega : V \to \mathbb{R}
}
であって、任意のベクトル X, Y \in Vと任意の実数 a, b \in \mathbb{R}について
{ \displaystyle
\omega(aX + bY) = a\omega(X) + b\omega(Y)
}
がなりたつようなものをいう。

要するに、1次形式とは線形写像の一種である*2。ベクトル空間上の1次形式全体の成す空間は再びベクトル空間になっており、これを双対ベクトル空間と呼ぶ。ベクトル空間として多様体の接ベクトル空間を考えたとき、その双対のことを余接ベクトル空間と呼ぶ。そして、余接ベクトル空間の元を多様体上の各点に割り当てていく対応のことを1次微分形式と呼ぶのである。つまり、1次微分形式とは多様体上の余接ベクトル場であると言える。

余接ベクトル空間はベクトル空間なので、当然その基底が何かということが気になる。これの導出は私の手に追えないので参考書を見てもらうとして、結果だけ書いてみる。Mのある座標近傍 (U; x_1, \cdots, x_m)に着目したとき、基底は (dx_1)_p, (dx_2)_p, \cdots, (dx_m)_pとなる。そのため、一般に1次微分形式 \omegaは以下のように表すことができる。

{ \displaystyle
\omega = f_1 dx_1 + f_2 dx_2 + \cdots + f_m dx_m
}

ここで、 f_1, f_2, \cdots, f_mはU上の関数である。

k次微分形式

k次微分形式を定義するためには、1次微分形式の場合と同じように、まずk次形式というものを考える必要がある。k次形式の定義を参考書から引用したものを以下に示す。

Vを \mathbb{R}上のm次元ベクトル空間とする。V上のk次形式とは、Vのk個の直積から \mathbb{R}への写像
{ \displaystyle
\omega: V \times V \times \cdots \times V \to \mathbb{R}
}
であって、 \omega(X_1, X_2, \cdots, X_k)が各 X_iに関して線形であるようなものを言う。

つまり、各kについて以下のような等式が成り立つということである。
{ \displaystyle
\omega(aX + bY, X_2, \cdots, X_k) = a(X, X_2, \cdots, X_k) + b(Y, X_2, \cdots, X_k)
}

1次形式の時と同じように、V上のk次形式全体のなす集合というものを考えることができて、これを \bigotimes^{k} V^{\ast}と書く。

V上のk個の1次形式 \eta_1, \eta_2, \cdots, \eta_k \in V^{\ast}について、以下の写像はk次形式となる。

{ \displaystyle
(\eta_1 \otimes \eta_2 \otimes \cdots \otimes \eta_k)(X_1, X_2, \cdots, X_k) = \eta_1(X_1)\eta_2(X_2) \cdots \eta_k(X_k)
}

また、上記の写像 \eta_1, \eta_2, \cdots, \eta_kテンソル積と呼ぶ。

ここまで来ると、1次微分形式のときと同じように、Vとして多様体Mの接ベクトル空間を考えればよいと思うだろう。しかし、実はそのようにして得られる概念はk次共変テンソル場と呼ばれ、k次微分形式ではない。まず、k次共変テンソル場の定義を以下に示す。

Mの各点pに、 \bigotimes^{k}T_p^{\ast}(M)の元 \omega_pをひとつずつ対応させる対応 \omega = \{\omega_p\}_{p \in M}のことを、M上のk次共変テンソル場とよぶ。

今知りたいのはk次微分形式についてであるが、実はk次微分形式はk次共変テンソル場の一種である。すなわち、k次微分形式とは、k次共変テンソル場に交代性と呼ばれる性質が課されたもののことである。これをk次交代テンソル場とも呼ぶ。

k次交代テンソル場(すなわち、k次微分形式)の説明のために、まずは \mathbb{R}上のm次元ベクトル空間Vにおける交代k次形式について述べる。V上のk次形式 \omegaが交代k次形式であるとは、任意の X_1, X_2, \cdots, X_k \in Vと任意の置換 \sigma \in S_k( S_kはk次対称群)について以下が成り立つことである。

{ \displaystyle
\omega(X_{\sigma(1)}, X_{\sigma(2)}, \cdots, X_{\sigma(k)} = \epsilon(\sigma)\omega(X_1, X_2, \cdots, X_k)
}

ここで、 \epsilon(\sigma) \sigmaが遇置換なら1、奇置換なら-1となる写像である。要するに、 X_1, X_2, \cdots, X_kのうち任意の2つを入れ替えると符号が入れ替わるようなk次形式のことを交代k次形式と呼ぶのである。V上の交代k次形式全体の集合を \bigwedge^{k} V^{\ast}と書く。一般に、V上のk次交代形式は、k個の1次形式 \eta_1, \eta_2, \cdots, \eta_k \in V^{\ast}を用いて以下のように書くことができる。

{ \displaystyle
\eta_1 \land \eta_2 \land \cdots \land \eta_k(X_1, X_2, \cdots, X_k) = \mathrm{det}\left(
    \begin{array}{cccc}
      \eta_1(X_1) & \eta_1(X_2) & \cdots & \eta_1(X_k) \\
      \eta_2(X_1) & \eta_2(X_2) & \cdots & \eta_2(X_k) \\
      \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\
      \eta_k(X_1) & \eta_k(X_2) & \cdots & \eta_k(X_k)
    \end{array}
  \right)
}

線形代数を学んだことがある人であれば、行列式の持つ多重線形性がいかにも交代k次形式っぽい感じが分かるだろう。

これでやっとk次微分形式の定義を説明できる。k次微分形式の定義を参考書より引用する。

 C^{\infty}多様体M上のテンソル \omega = \{\omega_p\}_{p \in M}がk次微分形式であるとは、Mの各点pにおいて、 \omega_p T_p(M)上の交代k次形式になっていることである。

1次微分形式の類推から、k次微分形式における基底のようなものを考えてみる*3。Mの座標近傍として再び (U; x_1, \cdots, x_m)を考えると、k次微分形式はU上で以下のように表すことができる。

{ \displaystyle
\omega = \sum_{i_1 < i_2 < \cdots < i_k} a_{i_1 i_2 \cdots i_k} dx_{i_1} \land dx_{i_2} \land \cdots \land dx_{i_k}
}

すなわち、基底(のようなもの)は dx_{i_1} \land dx_{i_2} \land \cdots \land dx_{i_k} (i_1 < i_2 < \cdots < i_k)を満たすk次微分形式の集合である。例として2次微分形式を考えてみる。Mが3次元の場合、任意の2次微分形式 \omegaは以下の形に表すことができる。

{ \displaystyle
\omega = a_{12}dx_1 \land dx_2 + a_{13} dx_1 \land dx_3 + a_{23} dx_2 \land dx_3
}

さて、のちのち必要になるので、k次微分形式どうしの演算について述べておく。k次微分形式とl次微分形式の間には外積と呼ばれる演算が定義できる。この演算により、(k+l)次微分形式が得られる。ベクトル空間の場合、そこに属する元の間の演算で次元は変化しないが、テンソルの場合は演算により次元が上がっていくのが特徴的である。

外積には座標近傍に依存しない定義の仕方も存在するようだが、面倒なのでそれには触れない。ここでは簡単な計算例を述べておくに留める。1次微分形式 \omega = a dx_1 + b dx_2と2次微分形式 \eta = f dx_1 \land dx_2 + g dx_1 \land dx_3外積は以下のように計算できる。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
\omega \land \eta &=& (a dx_1 + b dx_2) \land (f dx_1 \land dx_2 + g dx_1 \land dx_3) \\
&=& af dx_1 \land dx_1 \land dx_2 + ag dx_1 \land dx_1 \land dx_3 + bf dx_2 \land dx_1 \land dx_2 + bg dx_2 \land dx_1 \land dx_3 \\
&=& bg dx_2 \land dx_1 \land dx_3 \\
&=& -bg dx_1 \land dx_2 \land dx_3
\end{eqnarray}
}

上記の計算では、 dx_i \land dx_i = 0という性質を用いた。また、最後の式変形では置換により符号が変化するという性質を用いた。これを見れば、外積の演算規則のイメージが湧くだろう。

微分

k次微分形式に対して、更に外微分と呼ばれる概念を定義できる。多様体Mと座標近傍Uをこれまで通りとし、k次微分形式 \omegaがU上で以下のように書けたとする。

{ \displaystyle
\omega = \sum_{i_1 < i_2 < \cdots < i_k} f_{i_1 i_2 \cdots i_k} dx_{i_1} \land dx_{i_2} \land \cdots \land dx_{i_k}
}

参考書によると、このとき外微分とは以下の式で表されるk+1次微分形式のことである。

{ \displaystyle
d\omega = \sum_{i_1 < i_2 < \cdots < i_k} df_{i_1 i_2 \cdots i_k} \land dx_{i_1} \land dx_{i_2} \land \cdots \land dx_{i_k}
}

上記の式は座標近傍Uにおいて成立する式であるが、実は外微分は座標近傍に依らずに定義することが可能であり、結局どの座標近傍で計算しても同じ値になる。すなわち、k次微分形式が与えられれば、その外微分としてのk+1次微分形式が一意に定まるのである。座標近傍に依存しない性質というのは、多様体の本質的な性質であるため、重要である。

微分の形式をみると、これまでの議論が一体なんのために行われてきたのかが推測できる。そう、全ては積分を行うためである。多様体上での微分形式にはなんと積分を定義することができるのである。

本当はこの先の積分に関する議論を記事にしたかったのだが、自分の知識がまだまだ浅く、前置きが長くなりすぎた。本稿は一旦ここで終えることとし、近日中に続きを書きたいと思う。

参考

多様体の基礎 (基礎数学5)

多様体の基礎 (基礎数学5)

*1:記号の意味などは私が少し補足した。

*2:一般の線形写像の場合、写像の行き先の空間もベクトル空間となる。

*3:テンソル場にも公的に基底と呼ばれる概念があるのかは調べていない。