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代数的整数論におけるイデアル類群・単数群の初歩的な意味

2017年最初の記事である。今年は本業とプライベートが両方とも忙しくなりそうだが、そんな中でも数学をする時間をなんとか捻出したいと思う。数学に関する今年の抱負をいろいろと考えてみたのだが、今年は類体論の心を理解することを目標にしたいと思う。類体論とは、日本の高木貞治氏が切り開いた代数的整数論の一大分野である。本日はその一発目として、イデアル類群、及び単数群とはどういうものかについて考えてみる。参考書は「数論Ⅰ」を使用している。

代数的整数論では、整数を直接研究するのではなく、それよりもさらに広い概念である代数体の整数環というものを考える。そうして、整数全体をいわば外側から眺めることによって、整数の性質を理解しようと試みるのである。代数体とは、有理数 \mathbb{Q}の有限次拡大体のことである。また、代数体Kの整数環 O_Kとは、Kにおける \mathbb{Z}の整閉包のことである。これはすなわち、Kにおける \mathbb{Z}上整な元全体が成すKの部分環のことである。Kの例として、 \mathbb{Q}, \mathbb{Q}(\sqrt{2}), \mathbb{Q}(\zeta_5)などが挙げられる。また、それぞれに対応する整数環は以下のようになる。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
&& O_{\mathbb{Q}} = \mathbb{Z} \\
&& O_{\mathbb{Q}(\sqrt{2})} = \mathbb{Z}[\sqrt{2}] \\
&& O_{\mathbb{Q}(\zeta_5)} = \mathbb{Z}[\zeta_5]
\end{eqnarray}
}*1

通常の整数環 \mathbb{Z}では、任意の元は一意に素因数分解することができる。これを一般の環に拡張した概念が一意分解整域(もしくは一意分解環)での素元分解である。一意分解整域では、整数環での素数のアナロジーとして素元と呼ばれるものが存在し、全ての元は積の順序と単元を掛けることを除いて素元の積に一意に分解される。ここで、 O_Kが一意分解整域になっているかどうかを考えてみると、実は一般にはそうはなっていない。そのため、整数環 \mathbb{Z}で成立した諸々の事実が、 O_Kでは成り立たなくなってしまうのである。

そこで、昔の偉い数学者は素元分解と同じようなことをイデアルで実現できないかと考えた。これは一般に素イデアル分解と呼ばれているもので、要するに任意のイデアルを素イデアルの積に一意に分解するというものである。実は、素イデアル分解は O_Kの上で常に成り立つ。そのため、代数的整数論ではイデアルを考えることが重要となる。

しかしながら、最終的に知りたいのは整数の性質である。そのため、整数とイデアルの性質がどれくらいずれているのかを考えたくなる。その時に役立つのがイデアル類群、及び単数群なのである。

★★★(ここで論理が飛躍する。詳細は後述する。)★★★

ここで、 O_Kの分数イデアルという概念を考える。Kの部分集合 {\bf a}が分数イデアルであるとは、 O_Kの0でない元cがあって、 c{\bf a} O_Kの0でないイデアルになることである。例えば K = \mathbb{Q}(\sqrt{2})において {\bf a} = \frac{1+\sqrt{2}}{2}\mathbb{Z}[\sqrt{2}]を考えてみる。このとき、 c = 2とすると c{\bf a} = (1+\sqrt{2})\mathbb{Z}[\sqrt{2}]となり、これは \mathbb{Z}[\sqrt{2}]イデアルとなっている。そのため、 {\bf a} = \frac{1+\sqrt{2}}{2}\mathbb{Z}[\sqrt{2}] \mathbb{Q}(\sqrt{2})の分数イデアルである。

続いて、今度は主分数イデアルというものを考える。 O_Kの主分数イデアルとは、0でないKの元 \alpha \in K^{\times}について、 (\alpha) = \alpha O_Kとなるような分数イデアルのことである。もし \alpha \in O_Kとなる場合、これは通常の O_Kの単項イデアル(もしくは主イデアル)の定義そのものである。主分数イデアルの例としてまた K = \mathbb{Q}(\sqrt{2})を考えてみる。 \alpha = \frac{3 + \sqrt{2}}{5}とすると、 (\alpha) = \frac{3 + \sqrt{2}}{5} \mathbb{Z}[\sqrt{2}]は主分数イデアルである。

実は、 O_Kの分数イデアル全体は乗法について群を成している。単位元 O_Kであり、 {\bf a}の逆元は {\bf a}^{-1} = \{x \in K | x{\bf a} \subset O_K\}で与えられる。そこで、 K^{\times}から分数イデアルの群への準同型 \phi : \alpha \to (\alpha)を考える。すると、 \phiの核は O_K^{\times}であり、余核は(分数イデアルの群)/(主分数イデアルの群)という剰余群になる。この \phiの核と余核のことを、それぞれ単数群、及びイデアル類群と呼ぶのである。

一般に、ある準同型の核と余核は、それぞれ準同型の単射性、全射性に関係がある。核が自明であれば準同型は単射になるし、余核が自明であれば準同型は全射になる。イデアル類群と単数群は準同型 \phi : \alpha \to (\alpha)の余核と核であるから、これらの大きさは数とイデアルの間のずれを表していると言われている。

さらに、イデアル類群に関する重要な事実として、イデアル類群が自明であることと、 O_Kが一意分解整域であることが同値だということが挙げられる。その意味で、イデアル類群は整数環上での素元分解の成り立たなさを示す指標だと捉えることができる。

ここまでが主に言いたかったことである。が、先ほど★で示した論理の飛躍について言及せねばなるまい。もともと数とイデアルの間のずれを理解したいというモチベーションから出発したはずなのであるが、なぜか唐突に分数イデアルが登場した。なぜイデアル類群は分数イデアルを用いて定義されねばならないのだろうか?(分数イデアルの群)/(主分数イデアルの群)を考える代わりに、(イデアルの群)/(主イデアルの群)を考えるのではダメだったのだろうか?

この問に対する答えが、いくら探しても見つからない。数学者が良く言う「自明」というやつだろうか?残念ながら、私にとっては自明ではない。ひょっとしたら、分数イデアルは群を成すが、イデアルは群にならないのかもしれないとか、いろいろ考えてはみるものの、答えはまだ出ていない。もし分かったら、本稿に追記したいと思う。(追記1参照)

追記1

やはりというか、よく考えたら O_Kイデアル全体は乗法について群にならない。例えば \mathbb{Z}を例に取ってみると、 2\mathbb{Z}と掛けあわせて \mathbb{Z}になるようなイデアルは存在しない。分数イデアルの場合、逆元は \frac{1}{2}\mathbb{Z}となる。

群にならないと何が困るのだろうか?やりたいことは、 O_Kイデアル全体の集合と主イデアル全体の集合がどれくらいかけ離れているかを調べることである。これを調べる手段として、仮にイデアル全体の集合が群であり、かつ主イデアル全体の集合がその正規部分群であったならば、両者の間に定義される剰余群の位数を調べるという方法が考えられる。しかし、残念ながら O_Kイデアル全体の集合は群ではないので、それに変わる何かが必要となる。そこで、分数イデアルが登場するのではなかろうか。分数イデアル全体の集合は剰余に対してアーベル群を成すので、任意の部分群は正規部分群となる。そのため、分数イデアルの群と主分数イデアルの群(これは正規部分群)との間に剰余群を考えることができるのである。

これでもまだ100%納得できたわけではないが、とりあえずはよしとしよう。

参考

数論I――Fermatの夢と類体論 (岩波オンデマンドブックス)

数論I――Fermatの夢と類体論 (岩波オンデマンドブックス)

*1: O_{\mathbb{Q}(\sqrt{5})} = \mathbb{Z}[\frac{1+\sqrt{5}}{2}]となったりするので、整数環を求めるときはよく考える必要がある。