二次体における素イデアルを全て求めることはできるか?

ここのところ代数的整数論を勉強しているわけだが、自分はどうにもイデアルに弱いようだ。その原因を考えてみると、どうにも単項イデアルでないイデアルに馴染みがないのが原因である気がしてきた。この悩みはきっと環論や代数的整数論を学び始めた人に共通の悩みなのではないかと思っている。というのも、整数環 \mathbb{Z}がPIDだからだ。抽象的な議論を理解する拠り所として、やはり馴染みのある対象を具体例に用いて考えたくなるのが人の常だろう。しかし、代数体の整数環として多くの人にとって最も馴染み深いと思われる \mathbb{Z}がPIDであるが故に、どうにも単項イデアルでないイデアルというのはイメージがしづらいのだ。

そこで、本稿ではPIDでないような環、具体的には類数*1が1でない適当な二次体における整数環を用いて、単項イデアルでないイデアルと戯れてみようと思っていた。しかし、ふと問題に気づいた。適当な二次体において、一体どうやってイデアルを求めたらよいのだろう?いや、イデアルを求めるだけなら簡単だ。例えば \mathbb{Z}[\sqrt{-5}]という虚二次体において、適当に a_1, a_2, \cdots, a_n \in \mathbb{Z}[\sqrt{-5}]を取ると、 \sum^n_{i=1} a_i \mathbb{Z}[\sqrt{-5}]イデアルになる。しかし、一般にイデアルというのはより簡潔な形で書き表すことができる場合がある。極端な例を挙げると、 2\mathbb{Z} + 4\mathbb{Z} = 2\mathbb{Z}となったりする。そのため、イデアルを最も簡単な形にまで落とし込むことを考えないといけない。これはやや面倒くさい。

発想を変えよう。代数体の整数環はDedekind環であるから、一意な素イデアル分解が可能である。逆に、任意のイデアルは素イデアルを掛け合わせるこで生成できる。すなわち、素イデアルさえ求めることができれば、その環におけるイデアルのことは大体分かったような気がしてくる。

では、二次体の素イデアルを全て求めるにはどうしたらよいだろうか?これはこれで自明な問題ではない。そこで、本稿ではこの疑問の答えを探ることにする。

まず、全ての素イデアルの求め方について少し調べてみたところ、以下のような記事を発見した。

How do we find the prime ideals of a ring of integers of a number field? - Mathematics Stack Exchange

ここで、prime idealとは素イデアルのことである。これを見ると、どうやら有理数 \mathbb{Q}から代数体Lに拡大するときの素数の分解の仕方が鍵になっているように見える。素数の分解の仕方と言ったが、正確には素数によって生成される \mathbb{Z}の素イデアル {\bf p} = p\mathbb{Z}をLの整数環 O_Lに格上げしたイデアルである O_L{\bf p}が、 O_Lにおいてどのように分解するかということを意味している。一般に、 \mathbb{Z}の素イデアル O_Lに格上げしたとき、それが O_Lにおいても素イデアルになるとは限らない。そうなるときもあるし、更なる素イデアル分解ができる場合もある。素数の分解の仕方の一般論には類体論が必要であるため、ここでは深入りしない。

しかし困った。調べても調べても、二次体の素イデアルを全て求める方法というのは、なかなかヒットしない。これはやはり難しい問題なのかもしれない。そこで、以下では具体的な二次体として \mathbb{Q}(\sqrt{-5})に着目し、何か法則めいたものがないか考えてみたいと思う。

 \mathbb{Q}(\sqrt{-5})の類数は2であるため、 O_{\mathbb{Q}(\sqrt{-5})} = \mathbb{Z}[\sqrt{-5}]はPIDではないことを初めに述べておく。 \mathbb{Q}(\sqrt{-5})での素数 (しつこいようだが、正確には素数によって生成される \mathbb{Z}[\sqrt{-5}]イデアル) の分解の仕方には、以下のようなルールがある。

pの値 分解の様子
 p \equiv 1, 3, 7, 9 \mod 20  (p) \mathbb{Q}(\sqrt{-5})で完全分解する。
 p \equiv 11, 13, 17, 19 \mod 20  (p) \mathbb{Q}(\sqrt{-5})でも素イデアルである。
 p = 2, 5  (p) \mathbb{Q}(\sqrt{-5})で分岐する。

ここで、分岐、不分岐、及び完全分解という言葉について説明する。 \mathbb{Z}のある素イデアル {\bf p}が分岐するとは、拡大体の整数環でさらに素イデアル分解したときに O_L{\bf p} = {\bf p}_1^2というように指数が2以上となるような素イデアルが現れることを指す。不分岐とは分岐していないことを指す。また、完全分解とは、ある素イデアルが拡大次元nに対してn個の異なる素イデアルの積に分解されることを言う。 \mathbb{Q}(\sqrt{-5})/\mathbb{Q}は2次拡大であるから、今の場合は異なる2つの素イデアルの積に分解できれば完全分解したことになる。

上で示した表をもう一度見てみよう。この表の中で一番簡単なのは p \equiv 11, 13, 17, 19 \mod 20のケースである。この場合は拡大体の整数環においても (p)が素イデアルになるので、何も考えることはない。例えば、 37 \equiv 17 \mod 20なので、 \mathbb{Z}[\sqrt{-5}]において(37)は素イデアルである。*2

念のため、sageでも計算してみよう。

sage: L.<a> = QuadraticField(-5)  # 二次体を生成
sage: I = L.ideal(37)  # 37から生成されるイデアルを取得
sage: I.is_prime()  # 素イデアルか?
True  # 素イデアルだ!
sage: I = L.ideal(23)  # 試しに23から生成されるイデアルで同じことをしてみる
sage: I.is_prime()
False  # 素イデアルでない!

確かに(37)が素イデアルであることが確かめられた。

次に簡単なのが分岐するパターンである。これはそもそも2と5しかないので、それぞれの場合について素イデアル分解してみればよい。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
(2) &=& (2, 1 + \sqrt{-5})^2 \\
(5) &=& (\sqrt{-5})^2
\end{eqnarray}
}

すなわち、 (2, 1 + \sqrt{-5}), (\sqrt{-5})はどちらも素イデアルである。ただし、この分解は「数論Ⅰ」を参考に記載しただけであり、なぜこの分解が求まるのかは正直よく分かっていない。しかし、いずれにせよ分岐するイデアルは有限個しかないのだから、根性でそれらを分解すればおしまいという意味では、そこまでの難しさは無いだろう。

さて、残りは完全分解するパターンであるが、これは難しい。というのも、分かっているのは \mathbb{Z}の素イデアル \mathbb{Z}[\sqrt{-5}]では2つの素イデアルの積に分解するということだけで、それらが各素数pに対して具体的にどのような素イデアルになるのかが一見すると分からないからである。

しかし、これもある程度の法則性があるようだ。本によると、 x^2 \equiv -5 \mod pを満たす整数xが存在するとき、 (p) = (p, x+\sqrt{-5})(p, x-\sqrt{-5})に分解されるとのことである。この条件式の部分を日本語で解釈してみると、「2乗した値がpを法として-5に合同になるような整数xはあるか?」ということになる。言い換えると、「pを法とする世界に-5の平方根は存在するか?」ということである。その答えを知るには平方剰余の相互法則が使える。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
\left(\frac{-5}{p} \right) &=& \left(\frac{-1}{p} \right)\left(\frac{5}{p} \right) \\
&=& (-1)^{\frac{p-1}{2}} (-1)^{\frac{p-1}{2}\cdot\frac{5-1}{2}} \left(\frac{p}{5} \right) \\
&=& (-1)^{\frac{p-1}{2}} \left(\frac{p}{5} \right) \\
&=& 1 \ \ (p \equiv 1, 3, 7, 9 \mod 20)
\end{eqnarray}
}

以上により、今回の場合は全ての p \equiv 1, 3, 7, 9 \mod 20において、-5の平方根がpを法とする世界に存在することが分かった。すなわち、素イデアル分解が具体的に求まることが分かった。

試しに3, 7, 29, 41を分解してみよう。これらの素数を法とする世界での-5の平方根はそれぞれ1, 4, 13, 6であるから*3、これらの素数は以下のように分解することが分かる。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
(3) &=& (3, 1+\sqrt{-5})(3, 1-\sqrt{-5}) \\
(7) &=& (7, 4+\sqrt{-5})(7, 4-\sqrt{-5}) \\
(29) &=& (29, 13+\sqrt{-5})(29, 13-\sqrt{-5}) \\
(41) &=& (41, 6+\sqrt{-5})(41, 6-\sqrt{-5})
\end{eqnarray}
}

上式の右辺に登場する (3, 1+\sqrt{-5}) (29, 13-\sqrt{-5})などは全て素イデアルである。いくつかsageで計算してみよう。

sage: I = L.ideal(3, 1+a)
sage: I.is_prime()
True  # (3, 1+\sqrt{-5})は素イデアル!
sage: I = L.ideal(29, 13-a)
sage: I.is_prime()
True  # (29, 13-\sqrt{-5})は素イデアル!

これで一見落着かと思われるが、話はまだ終わらない。実は、(3), (7), (29), (41)のうち、(29)と(41)を素イデアル分解して得られる (29, 13+\sqrt{-5}), (29, 13-\sqrt{-5}), (41, 6+\sqrt{-5}), (41, 6-\sqrt{-5})は単項イデアルなのだ!試しに (29, 13+\sqrt{-5}), (41, 6-\sqrt{-5})だけ変形してみよう。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
(29, 13+\sqrt{-5}) &=& ( (3+2\sqrt{-5})(3-2\sqrt{-5}), (3-2\sqrt{-5})(1+\sqrt{-5}) )\\
                   &=& (3+2\sqrt{-5})(3-2\sqrt{-5})\mathbb{Z}[\sqrt{-5}] + (3-2\sqrt{-5})(1+\sqrt{-5})\mathbb{Z}[\sqrt{-5}] \\
                   &=& (3-2\sqrt{-5})\{(3+2\sqrt{-5})\mathbb{Z}[\sqrt{-5}] + (1+\sqrt{-5})\mathbb{Z}[\sqrt{-5}] \} \\
                   &=& (3-2\sqrt{-5})\{(3a-10b) + (2a+3b)\sqrt{-5} + (c-5d) + (c+d)\sqrt{-5} | a, b, c, d \in \mathbb{Z} \} \\
                   &=& (3-2\sqrt{-5})\{(3a-10b+c-5d) + (2a+3b+c+d)\sqrt{-5} | a, b, c, d \in \mathbb{Z} \}
\end{eqnarray}
}

ここで、 A = 3a-10b+c-5dと置くと、さらに以下のように変形できる。

{ \displaystyle
(3-2\sqrt{-5})\{A + (A-a+13b+6d)\sqrt{-5} | A, a, b, d \in \mathbb{Z} \}
}

上式で b=d=0とすると、Aとaを適宜動かすことで、この式の{}の中は \mathbb{Z}[\sqrt{-5}]全体を動く。よって最終的に以下のような単項イデアルが得られる。

{ \displaystyle
(3-2\sqrt{-5})
}

続いて、 (41, 6-\sqrt{-5})も変形してみよう。こちらはとても簡単である。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
(41, 6-\sqrt{-5}) &=& ((6+\sqrt{-5})(6-\sqrt{-5}), 6-\sqrt{-5}) \\
                  &=& (6-\sqrt{-5})((6+\sqrt{-5})\mathbb{Z}[\sqrt{-5}] + \mathbb{Z}[\sqrt{-5}])\\
                  &=& (6-\sqrt{-5})
\end{eqnarray}
}

結局、先ほどの素イデアル分解の例は以下のようになる。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
(3) &=& (3, 1+\sqrt{-5})(3, 1-\sqrt{-5}) \\
(7) &=& (7, 4+\sqrt{-5})(7, 4-\sqrt{-5}) \\
(29) &=& (29, 13+\sqrt{-5})(29, 13-\sqrt{-5}) = (3+2\sqrt{-5})(3-2\sqrt{-5}) \\
(41) &=& (41, 6+\sqrt{-5})(41, 6-\sqrt{-5}) = (6+\sqrt{-5})(6-\sqrt{-5})
\end{eqnarray}
}

うーむ。これはやっかいだ。もともと、通常のイデアルを直接考えるとイデアルの簡約化が面倒だと思って素イデアルに着目したのに、素イデアルもこのように「実は単項イデアルで表せるものがあります」みたいなことになると、途方に暮れてしまう。

だが、安心して欲しい。実は、類体論の何やら難しい理論によると、なんと完全分解するイデアルの中でも、単項イデアルの積に分解できるものというのを判別することができるらしいのだ。今回の場合だと、 p \equiv 1, 9 \mod 20となる素数は単項イデアルの積に完全分解できることが知られている。しかし、これ以上は今の私の力ではちょっと説明しきれないので、このあたりで切り上げたい。

以上により、 \mathbb{Z}[\sqrt{-5}]の素イデアルを何とか求めることができることが分かった。ただし、難しい部分は全て類体論を理解していないと説明できないため、まだぼんやりとした部分が残る結果となった。とは言え、本稿の内容をまとめていく中で、単項イデアルでないイデアルに触れ合うという当初の目的が自ずと達成されたことは収穫であった。この調子で勉強を進め、類体論の核心に迫っていければと思う。

参考

数論I――Fermatの夢と類体論 (岩波オンデマンドブックス)

数論I――Fermatの夢と類体論 (岩波オンデマンドブックス)

平方剰余の相互法則 - Wikipedia

*1:イデアル類群の位数のことを類数と呼ぶ。類数が1でない整数環はPIDにならない。

*2:ちなみに、 39 \equiv 19 \mod 20なので一見(39)も素イデアルかと思うが、そもそも39は素数ではないので論外である。こういう凡ミスには注意。

*3:Wikipediaの「平方剰余の相互法則」のページを参照。