Homとテンソル積が成す完全列に関するまとめ1

本稿ではHomとテンソル積が成す完全列と、その左完全性・右完全性、及びこれらに関する重要な加群についてまとめてみたいと思う。このあたりの内容は概念と概念の間の関係が複雑で、全容を把握することが難しいと感じたため、このようなまとめ記事を書いてみることにした。なお、証明は省略しているので、気になる方は本[1]などをご覧頂くと良いだろう。

完全列

まずは完全列の定義から始めよう。本[1]では完全列を以下のように定義している。(ただし、X, Y, Zは適当な加群とする。)

準同型の列 X \xrightarrow{\phi} Y \xrightarrow{\psi} Zは,  \phi(X) = \mathrm{Ker}(\psi)をみたすとき, Yにおいて完全であるといい, この準同型の列を完全列(exact sequence)と呼ぶ. (以下略)

念の為、イメージ図を以下に示しておく。

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要するに、加群の列とその間の準同型の列があったとして、隣り合う準同型の像と核が一致するとき、そのような加群と準同型の並びを完全列と呼ぶのである。

トポロジーにおけるホモロジー群でもこれと似たような話があったが、本稿の内容は代数的トポロジーの代数的な側面を抽象化した分野であるホモロジー代数の準備となるような内容なので、ある意味当然である。

Homの左完全性

主要な定理

次に、Homの左完全性と呼ばれる性質について述べる。本[1]から定理を引用する。(ただし、Mは任意のR-加群とする。)

R-加群について次が成り立つ.
(1)  \{0\} \to  X \xrightarrow{\phi} Y \xrightarrow{\psi} Zが完全列ならば, 次も完全列である:

\displaystyle{
\{0\} \to  \mathrm{Hom}_R(M, X) \xrightarrow{\mathrm{Hom}(M, \phi)} \mathrm{Hom}_R(M, Y) \xrightarrow{\mathrm{Hom}(M, \psi)} \mathrm{Hom}_R(M, Z)
}

(2)  X \xrightarrow{\phi} Y \xrightarrow{\psi} Z \to \{0\}が完全列ならば, 次も完全列である:

\displaystyle{
\{0\} \to  \mathrm{Hom}_R(Z, M) \xrightarrow{\mathrm{Hom}(\psi, M)} \mathrm{Hom}_R(Y, M) \xrightarrow{\mathrm{Hom}(\phi, M)} \mathrm{Hom}_R(X, M)
}

上記の定理は初見だと面食らうと思うので、以下で説明を加える。(1)(2)は写像の向き等に気をつければ同様なので、(1)についてのみ説明する。

{0}の意味

まず、仮定として与えられた完全列が{0}から始まっているが、これには大変重要な意味がある。最初の矢印は{0}からXへの準同型を意味するが、もとの集合が0のみから成るので、準同型としての性質を満たすためには、これはXの零元に移されなければならない。すると、この列はXにおいて完全であるから、 \mathrm{Ker}(\phi)=0になっているはずである。つまり、 \phiの核は零元のみから成るということである。準同型に関する基本的な事実により、これはすなわち \phi単射であることを意味する。

このように、完全列の頭に{0}が付いたら、続く準同型は単射になる。逆に、完全列の末尾に{0}が付く場合は、それより1つ前の準同型が全射になる。これが{0}という一見意味がなさそうな集合が付いている意味である。

準同型 \mathrm{Hom}(M, \phi)の意味

次に、2つの準同型 \mathrm{Hom}(M, \phi), \mathrm{Hom}(M, \psi)について説明する。と言っても、どちらも同じなので、ここでは \mathrm{Hom}(M, \phi)に着目する。

定義の式をよく見てみると、 \mathrm{Hom}(M, \phi) \mathrm{Hom}_R(M, X)から \mathrm{Hom}_R(M, Y)への写像であることが分かる。これはすなわち、MからXへの写像 \alpha \in \mathrm{Hom}_R(M, X)を、行き先をYに変えた写像 \beta \in \mathrm{Hom}_R(M, Y)に変換するような写像ということである。 \phi, \alpha, \betaの間には具体的に \beta = \phi \circ \alphaという関係がある。

Homは一般に加法群を成しているが、 \mathrm{Hom}(M, \phi)はこの加法群の準同型になっている。そのため、Homにもこの準同型を用いて完全列の考え方を適用することができるのである。

左完全性という言葉の意味

本[1]において、定理の名前は「Homの左完全性」となっている。左完全性という言葉の定義は残念ながら記載されていないが、これは恐らく完全列の最初に{0}が付いている、すなわち準同型 \mathrm{Hom}(M, \phi)単射であることを意味するものと思われる。すなわち、この定理が述べているのは、ある加群の完全列があり、その最初の写像単射であったとき、それに関するHomの完全列が存在して、その最初の写像もやはり単射になるということである。

テンソル積の右完全性

前回の記事でも見たように、Homとテンソル積の間には切っても切れない深い関係がある。それは完全列においても同様で、テンソル積については左完全性の代わりに右完全性が成立する。以下に本[1]の定理を引用する。

左R-加群の完全列 X \xrightarrow{\alpha} Y \xrightarrow{\beta} Z \to \{0\}と右R-加群Mに対して, 次は完全列になる:

\displaystyle{
M \otimes_R X \xrightarrow{M \otimes \alpha} M \otimes_R Y \xrightarrow{M \otimes \beta} M \otimes_R Z \to \{0\}
}

念のため補足するが、テンソル積が成す完全列の最後に{0}がくっついているので、 M \otimes \betaという写像全射となる。写像 M \otimes \betaは以下のように定義される。
 
\displaystyle{
M \otimes \beta :\ M \otimes_R Y \ni m \otimes y \to m \otimes \beta(y) \in M \otimes_R Z
}

Homとテンソル積の完全性に関する定理の非対称性

ここで、私が個人的に気になったことが1つある。それは、定理の形がHomとテンソル積とで非対称的になっていることである。Homでは \mathrm{Hom}_R(M, X) \mathrm{Hom}_R(X, M)の両方を考えたのに、なぜテンソル積については M \otimes_R Xのみを考え、 X \otimes_R Mを考えないのだろうか?

これに対する100%納得のいく回答はまだ自分の中で得られていない。しかし、そもそもテンソル M \otimes_R Xに対してMとXは単純に役割を交換することはできず、Mは右R-加群、Xは左R-加群でなければならない。そのあたりのことが原因となって、 X \otimes_R Mについては右完全性が成り立たないケースがあるのだろうと推測される。

ここまでのまとめ

以上まとめると、ある完全列に対して、Homとテンソル積はそれぞれ左完全性・右完全性を持つことが分かった。また、Homについては写像の向きに応じて2つのバリエーションがあるが、どちらも左完全列となる。

ここからの話

Homの左完全性、及びテンソル積の右完全性はいつでも成立するわけだが、Homの右完全性、及びテンソル積の左完全性は常に成り立つわけではない。では、どのようなときに成り立つのであろうか?この疑問の答えは、Mが射影加群、移入加群、及び平坦加群と呼ばれる特別な加群になっているときなのであるが、長くなってしまったので、本稿はここで一旦区切りにしたいと思う。続きは次回をお楽しみに。

参考

[1]

環と加群のホモロジー代数的理論 21世紀数学で重要な手法をきちんと解説する初めての本

環と加群のホモロジー代数的理論 21世紀数学で重要な手法をきちんと解説する初めての本