いくつかのLie群がLie群であることを定義に戻って確かめる

Lie 群は難しい。この理由の1つは、議論の前提となる領域が広いことにあると思われる。Lie群とは群であり多様体であるような数学的対象である。そのため、定義を理解するだけで群論多様体の知識が求められる。また、Lie群の教科書で最初に扱われるような基本的なLie群は行列群である。しかも、そのコンパクト性に着目した議論も多い。そのため、線形代数位相空間の基礎的な事項も理解しておくことが望ましい。

繰り返すが、Lie群は難しい。私はここ最近Lie群を勉強し始めて、この事実を痛感している。こういう時は足元を一歩ずつ踏み固めて行くしかない。その一環として、本稿ではいくつかの基本的なLie群について、それらが本当にLie群になっていることを定義に照らし合わせて確認してみる。

本稿では私の独断で以下の2つのLie群を扱う。

準備

Lie群の定義

Lie群の定義を[1]より引用する。

多様体 Gが群構造を持ち、その群演算
 \displaystyle{
G \times G \to G;\ (x, y) \mapsto xy,
\ \ G \to G;\ x \mapsto x^{-1}
}
 C^{\infty}写像になるとき、 GLie群と呼ぶ。

多様体上の写像 C^{\infty}級であるということ

Lie群の定義の中で C^{\infty}写像という言葉が出てきた。この定義を[2]より引用する。

1点においてCs
連続写像 f: M \to Nが, 1点 p \in Mにおいて C^s級であるとは,  pを含む M C^r級座標近傍 (U; x_1, \cdots , x_m) f(p)を含む N C^r級座標近傍 (V; y_1, \cdots , y_n)が存在して,
(1)  f(U) \subset Vかつ
(2)  (U; x_1, \cdots , x_m) (V; y_1, \cdots , y_n)に関する fの局所座標表示が C^s級である,
この2つの条件がなりたつことである. ただし,  1 \le s \le r.
Cs写像
 f: M \to N C^s写像 (mapping of class  C^s) であるとは,  Mの各点 pにおいて f C^s級であることである.

上記定義において s = \inftyとすれば C^{\infty}写像の定義となる。

部分多様体に関する定理

後で使う定理について説明するために、正則点・臨界点、及び正則値・臨界値の定義を述べておく[2]。

正則点・臨界点
 Mの点 pにおける f微分
 \displaystyle{
(df)_p : T_p (M) \to T_{f(p)} (N)
}
が‘上へ’の線形写像であるとき,  p fの正則点 (regular point) とよぶ.  (df)_pが‘上へ’の線形写像でないとき,  p fの臨界点 (critical point) という.
正則値・臨界値
 f : M \to Nの臨界点全部の集合 (臨界点集合) を C_fで表す ( C_f Mの部分集合である) .
 C_fの像 f(C_f)に属する Nの点 q fの臨界値 (critical value) とよぶ. 臨界値でない Nの点を fの正則値 (regular value) という.

以下の定理を後の議論で使用する[2]。

部分多様体に関する定理
 q \in N C^r写像 f: M \to Nの正則値で,  f^{-1}(q) \neq \phiであるとすると, 逆像 f^{-1}(q) M (m-n)次元 C^r級部分多様体である.

Lie群であることの確認

以上で準備が整ったので、Lie群であることの確認に移る。本稿では群であることの確認はサボり、それぞれのLie群について以下の3点を確認した。

  •  C^{\infty}多様体であること
  • 群演算が C^{\infty}写像であること
  • 逆元を取る操作が C^{\infty}写像であること

一般線形群 \mathrm{GL}(n, \mathbb{R})

 C^{\infty}多様体であること

 \mathbb{R} n次正方行列全体の集合を  \mathrm{M}(n, \mathbb{R})と書く。 \mathrm{GL}(n, \mathbb{R}) \mathrm{M}(n, \mathbb{R})の部分集合のうち、以下のように表されるものである。

 \displaystyle{
\{A \in \mathrm{M}(n, \mathbb{R}) | \mathrm{det} (A) \neq 0\}
}

実は、 \mathrm{GL}(n, \mathbb{R}) \mathrm{M}(n, \mathbb{R})の開部分集合となる。詳細は[3]の命題1.17に譲り、ここでは概要だけ説明する。まず、 \mathrm{det} :  \mathrm{M}(n, \mathbb{R}) \to \mathbb{R}連続写像である。このとき、 \mathrm{GL}(n, \mathbb{R}) = \mathrm{det}^{-1}\left(\{x \in \mathbb{R} | x \ne 0\}\right)と書ける。 \{x \in \mathbb{R} | x \ne 0\} \mathbb{R}の開集合なので、連続写像 \mathrm{det}による逆像も開集合となる。

ここで、 \mathrm{M}(n, \mathbb{R})に属する行列の各成分を座標と見なすと、これは \mathbb{R}^{n^2}と同一視できる。そのため、
 \mathrm{M}(n, \mathbb{R}) C^{\infty}多様体となる。その開部分集合も C^{\infty}多様体となるので、 \mathrm{GL}(n, \mathbb{R}) C^{\infty}多様体となる。このような多様体を開部分多様体と呼ぶ[2]。

群演算が C^{\infty}写像であること

 \mathrm{GL}(n, \mathbb{R})の群演算は通常の行列の掛け算である。この写像 \mathrm{mul} : \mathrm{GL}(n, \mathbb{R}) \times  \mathrm{GL}(n, \mathbb{R}) \to \mathrm{GL}(n, \mathbb{R})と表す。以下で \mathrm{mul} C^{\infty}級であることを示す。

 \mathrm{GL}(n, \mathbb{R})はそれ自身 \mathbb{R}^{n^2}の開集合と見なせるため、そのアトラスとして自分自身だけを座標近傍として含む、要素数1の集合族を取れる。  \mathrm{GL}(n, \mathbb{R}) \times  \mathrm{GL}(n, \mathbb{R})についても、積多様体のアトラスの定義を考えると、やはりアトラスとして自分自身だけを要素として含む集合族を取れる。よって \mathrm{GL}(n, \mathbb{R})  \mathrm{GL}(n, \mathbb{R}) \times  \mathrm{GL}(n, \mathbb{R})は共に C^{\infty}多様体である。

任意の点 (A, B) \in \mathrm{GL}(n, \mathbb{R}) \times  \mathrm{GL}(n, \mathbb{R})について、 \mathrm{mul}( (A, B) ) = ABの各成分は A, Bの成分の多項式となる。よって \mathrm{mul} (A, B)において C^{\infty}級である。 (A, B)は任意なので、 \mathrm{mul} C^{\infty}写像である。

逆元を取る操作が C^{\infty}写像であること

 \mathrm{GL}(n, \mathbb{R})の元の逆元を取る操作とは、逆行列を求める操作を意味する。この写像 \mathrm{inv} : \mathrm{GL}(n, \mathbb{R}) \to \mathrm{GL}(n, \mathbb{R})と表す。以下で \mathrm{inv} C^{\infty}級であることを示す。

任意の点 A \in \mathrm{GL}(n, \mathbb{R})について、 \mathrm{inv}(A) = A^{-1}である。逆行列は余因子行列を行列式で割ることによって得られるため、 A^{-1}の各成分は Aの成分の有理式となる。よって \mathrm{inv} Aにおいて C^{\infty}級である。 Aは任意なので、 \mathrm{inv} C^{\infty}写像である。

 \mathrm{inv}の定義域は \mathrm{GL}(n, \mathbb{R})なので、行列式は常に0ではないことに注意されたい。

直交群 \mathrm{O}(n)

 C^{\infty}多様体であること

これを示すのは思いのほか難しいため、証明のアウトラインだけ述べることにする。詳細は[4]を参照されたい。

 n次実対称行列全体の集合を \mathrm{S}(n)とする。 \mathrm{S}(n) \mathbb{R}^{n(n+1)/2}と同一視できるため、 n(n+1)/2 C^{\infty}多様体である。

この時、以下のような写像を考える。

 \displaystyle{
f : \mathrm{M}(n, \mathbb{R}) \to \mathrm{S}(n), A \mapsto AA^T
}

 f C^{\infty}写像である。 Aが直交行列のとき、その逆行列 A^Tとなる。そのため、 \mathrm{O}(n) = f^{-1}(I)となる。ここで、 I単位行列である。

もし I fの正則値であれば、先ほど提示した定理により \mathrm{O}(n) n(n-1)/2 C^{\infty}多様体となる。そのためには、 \mathrm{O}(n)の全ての点における微分全射になれば良い。具体的に微分計算を行い、それが全射であることを確かめるアプローチになるが、体力の限界なのでこれ以降は[4]にお任せする。

群演算が C^{\infty}写像であること

 \mathrm{O}(n)の群演算は  \mathrm{GL}(n, \mathbb{R})における群演算を  \mathrm{O}(n) \times  \mathrm{O}(n)に制限した写像 \mathrm{mul} |_{\mathrm{O}(n) \times \mathrm{O}(n)}によって与えられる。これは包含写像 i : \mathrm{O}(n) \times \mathrm{O}(n) \to \mathrm{GL}(n, \mathbb{R}) \times  \mathrm{GL}(n, \mathbb{R}) \mathrm{mul}によって以下のように書ける。

 \displaystyle{
\mathrm{mul} |_{\mathrm{O}(n) \times \mathrm{O}(n)} = \mathrm{mul} \circ i
}

 i \mathrm{mul}はどちらも C^{\infty}級であるため、それらの合成写像 C^{\infty}級となる。よって \mathrm{O}(n)の群演算は C^{\infty}写像である。

逆元を取る操作が C^{\infty}写像であること

群演算とほぼ同じように制限写像を考えれば良い。詳細は割愛する。

まとめ

本稿では一般線形群と直交群が共にLie群であることを確認した。どちらも非常に有名なLie群でありながら、それを示すのは意外と大変だった。Lie群を理解するまでの道のりは険しい。