代数幾何学で遊ぼう ~Nullstellensatzの強形と弱形~

趣味で数学を勉強し始めてから幾星霜、ついにここまで来た。そう、代数幾何学である。ついにこの高みに手を伸ばすところまで辿り着いたのだ。

修士一年の頃から約8年、研究に役立てばと群論を学び始めたのがきっかけだったが*1、その道すがらで出会った代数幾何学、これだけはなんとしてもチャレンジしてみたいという気持ちがあった。

しかし、いざ学び始めてみると前評判以上の難しさである。すでに理解できていないポイントがいくつも出てきており、この辺りで腰を落ち着けて分からないことを1つずつ片付けていく必要がある。

そこで、本稿より続くいくつかの記事の中で、私が代数幾何学に対して抱いた疑問点を解消していこうと思う。本稿ではそのトップバッターとして、Hilbertの零点定理 (Nullstellensatz) の強形と弱形の関係性について調べる。

Hilbertの零点定理に関する疑問点

Hilbertの零点定理には強形と弱形と呼ばれる2つのバージョンがある。両者の間には一体どういう関係があるのだろうか?名前の感じからすると、弱形は強形より導かれそうな感じがする。しかし、両者は一見すると似ても似つかない形をしている。一体、どうやって片方から他方を導いてやれば良いのだろうか?

強形が先か弱形が先か

前述した疑問の答えを探る中で、Wikipediaに以下のような記載があるのを見つけた[2]。

Hilbert's Nullstellensatz states that (中略、ここで強形の説明).

An immediate corollary is the weak Nullstellensatz: (後略、ここで弱形の説明)

なるほど、弱形は強形から導かれる系というわけだ。これで前半の疑問は解消した…と思った矢先、さらに以下のような記事を見つけた[3]。

Typically the way that the strong Nullstellensatz is proved is by reduction to the so-called “weak Nullstellensatz” by means of the “Rabinowitsch trick”. (The “weak” here may be misleading, as the weak Nullstellensatz may be considered the core result and the strong Nullstellensatz a corollary.)

どっちやねん!結局どっちが主定理でどっちが系やねん!と思わず荒ぶってしまうような状況である。以下、私の理解を順に説明していく。

記号の定義

 k[X_1, X_2, \cdots , X_n]の部分集合 Tの共通零点の集合を Z(T)で表す。また、 k^nの部分集合 Yの全ての点において0となる多項式の集合は k[X_1, X_2, \cdots , X_n]イデアルとなるが、これを I(Y)と書く。

定理の主張

Hilbertの零点定理の主張を本[1]より引用する。

Hilbertの零点定理
 k代数的閉体とし,  {\bf a} k[X_1, X_2, \cdots , X_n]イデアルとする.  g \in k[X_1, X_2, \cdots , X_n] Z({\bf a})のすべての点で0になるならば g \in \sqrt{{\bf a}}である.
Hilbertの弱零点定理 (その1)
 k代数的閉体とする.  k上の n変数多項式環 k[X_1, X_2, \cdots , X_n]の極大イデアルは,  k^nの適当な元 (a_1, a_2, \cdots , a_n)によって,  (X_1 - a_1, X_2 - a_2, \cdots , X_n - a_n)で与えられる.

調べてみると、Hilbertの零点定理はいろいろなバリエーションがあるようだ。以下にWikipediaに記載されていた弱形の主張を示す[2]。

Hilbertの弱零点定理 (その2)
The ideal  I\subset k[X_{1},\ldots ,X_{n}] contains 1 if and only if the polynomials in  I do not have any common zeros in  K^n. It may also be formulated as follows: if  I is a proper ideal in  k[X_{1},\ldots ,X_{n}], then  V(I) cannot be empty, i.e. there exists a common zero for all the polynomials in the ideal in every algebraically closed extension of  k.

 V(I)は本[1]の記号で言えば Z(I)のことである。

Wikipediaでは kを体、 K kの拡大体かつ代数的閉体としており、本[1]とは記号の意味が違う。しかし、実際には k = Kでもよく、かつそのケースが一番強い主張になるため、初めから k = Kとして考えても問題にはならない。

強形から弱形を導く

Wikipediaには出来ると書いてあるのだから、きっと出来るのだろう。というわけで証明してみよう。

準備

まず、Hilbertの零点定理は以下のように言い換えられる[1][2]。

 \displaystyle{
I(Z({\bf a})) = \sqrt{{\bf a}}
}

簡単に説明しておくと、まず I(Z({\bf a})) \subset \sqrt{{\bf a}}はHilbertの零点定理の単なる言い換えに過ぎない。また、任意の f \in \sqrt{{\bf a}}について、イデアルの根基の定義より f^m \in {\bf a}を満たす自然数 mが存在する。 f f^mの零点集合は一致するので、 f Z({\bf a})の全ての点で0になる。よって f \in I(Z({\bf a}))である。 fは任意だから \sqrt{{\bf a}} \subset I(Z({\bf a}))となる。

弱形 (その2) の証明

こちらの方が簡単なので、こちらから証明する。証明は[6]を参考にした。

 k[X_1, X_2, \cdots , X_n]イデアル {\bf a}について、その代数的集合が空集合、すなわち Z({\bf a}) = \phiであるとする。Hilbertの零点定理 (の前述した言い換え) より以下の式が成り立つ。

 \displaystyle{
\begin{eqnarray}
\sqrt{{\bf a}} &=& I(Z({\bf a})) \\
&=& I(\phi) \\
&=& k[X_1, X_2, \cdots , X_n]
\end{eqnarray}
}

これより 1 \in \sqrt{{\bf a}}なので 1 \in {\bf a}となり、 {\bf a}
= k[X_1, X_2, \cdots , X_n]が成立する。

弱形 (その1) の証明

弱形 (その1) をただ証明するだけなら本[1]等にやり方が載っている。しかし、強形から弱形 (その1) を導く方法というのが意外と見つからない。仕方がないので自分で考えてみた。

 k^nの適当な点 (a_1, a_2, \cdots , a_n)によって (X_1 - a_1, X_2 - a_2, \cdots , X_n - a_n)と表される k[X_1, X_2, \cdots , X_n]イデアルが極大イデアルであることの証明は割愛する。詳しくは本[1][4]等を参照のこと。以下ではその逆を示す。

 {\bf m} k[X_1, X_2, \cdots , X_n]の極大イデアルとする。極大イデアルは真のイデアルであるから、弱形 (その2) より Z({\bf m}) \ne \phiである。

 I(Z({\bf m}))の任意の元 f Z({\bf m})の任意の点 (a_1, a_2, \cdots , a_n)について f \in (X_1 - a_1, X_2 - a_2, \cdots , X_n - a_n)となる。つまり、 I(Z({\bf m})) \subset (X_1 - a_1, X_2 - a_2, \cdots , X_n - a_n)である。これは意外と自明ではないので、念のため示しておく。

 f (X_1 - a_1)で割ると f = f_1(X_1, X_2, \cdots , X_n)(X_1 - a_1) + F_1(X_2, X_3, \cdots , X_n)と書ける。ここで F_1 (X_2 - a_2)で割ると F_1 = f_2(X_2, X_3, \cdots , X_n)(X_2 - a_2) + F_2(X_3, X_4, \cdots , X_n)と書ける。これを fの式に代入すると f = f_1(X_1, X_2, \cdots , X_n)(X_1 - a_1) + f_2(X_2, X_3, \cdots , X_n)(X_2 - a_2) + F_2(X_3, X_4, \cdots , X_n)となる。これを繰り返すと最終的に以下のようになる。

 \displaystyle{
f = f_1(X_1, X_2, \cdots , X_n)(X_1 - a_1) + f_2(X_2, X_3, \cdots , X_n)(X_2 - a_2) + \cdots + c_n(X_n - a_n) + c\ (c_n, c \in k)
}

 fは定義より点 (a_1, a_2, \cdots , a_n)において0になるので c = 0が言える。よって f \in (X_1 - a_1, X_2 - a_2, \cdots , X_n - a_n)となる。

 I(Z({\bf m}))の元は Z({\bf m})の全ての点で0になる必要があるので、以下の式が成り立つ。

 \displaystyle{
I(Z({\bf m})) \subset \bigcap_{(a_1, a_2, \cdots , a_n) \in Z({\bf m})}{(X_1 - a_1, X_2 - a_2, \cdots , X_n - a_n)}
}

Hilbertの零点定理 (の前述した言い換え) より上式の左辺は \sqrt{{\bf m}}に等しい。 \sqrt{{\bf m}}イデアルであり、 {\bf m} \subset \sqrt{{\bf m}}であるが、 {\bf m}は極大イデアルなので {\bf m} = \sqrt{{\bf m}}となる。つまり、以下の式が成り立つ。

 \displaystyle{
{\bf m} \subset \bigcap_{(a_1, a_2, \cdots , a_n) \in Z({\bf m})}{(X_1 - a_1, X_2 - a_2, \cdots , X_n - a_n)}
}

左辺は極大イデアルであり、かつ右辺で共通部分を取っている集合 (X_1 - a_1, X_2 - a_2, \cdots , X_n - a_n)もそれぞれ極大イデアルであるため、 {\bf m}は適当な点 (a_1, a_2, \cdots , a_n)について (X_1 - a_1, X_2 - a_2, \cdots , X_n - a_n)に一致する。これで弱形 (その1) が示せた。

弱形 (その1) と弱形 (その2) の関係

Hilbertの零点定理には2つの弱形があった。これらの間にはどういう関係があるのだろうか?どちらも弱形と呼ばれるからには、同値な命題であることが期待される。以下で調べてみよう。

その1からその2を導く

 k[X_1, X_2, \cdots , X_n]の真のイデアルは全ていずれかの極大イデアルに含まれる。弱形 (その1) より極大イデアル (X_1 - a_1, X_2 - a_2, \cdots , X_n - a_n)と表されるため、少なくとも点 (a_1, a_2, \cdots , a_n)では0となる。

その2からその1を導く

 k[X_1, X_2, \cdots , X_n]の極大イデアル {\bf m}について、弱形 (その1) より Z({\bf m}) \ne \phiである。 Z({\bf m})から1点 (a_1, a_2, \cdots , a_n)を選べば、 {\bf m}の全ての元はこの点において0となる。よって {\bf m} \subset (X_1 - a_1, X_2 - a_2, \cdots , X_n - a_n)となる。両辺とも極大イデアルなので、結局 {\bf m} = (X_1 - a_1, X_2 - a_2, \cdots , X_n - a_n)が言える。

弱形から強形を導く

先にも述べたが、どうやら弱形から強形を導くことも出来るらしい。これにはRabinowitsch trickなる技を使うようだ[5]。Wikipediaの記事を見てみると、そのまんま本[1]に書いてある強形の証明だった。Trickと呼ばれるだけあって (面倒だが) 初等的な式変形で証明出来るため、興味がある方はご覧頂くと良いだろう。

Rabinowitsch trickは厳密には弱形 (その1) から強形を導くためのものに見える。そのため、弱形 (その2) から直接強形を導くことは出来なさそうだ。ただし、先に述べた通り2つの弱形は同値なので、あまり気にする必要はない。

結局、強弱とは何なのか?

強形から弱形、弱形から強形をそれぞれ証明出来たのだから、両者は同値であると言える。それであればなぜ強とか弱とか名前が付いているのか疑問だが、そこまでは分からなかった。少なくとも見た目だけでも強形が弱形の一般化っぽく見えていればまだ納得できるが、両者の主張にはどうも統一感がない。まだ見ぬ同値なステートメントがあるのかも知れない。

まとめ

本稿ではHilbertの零点定理について調べた。この定理には強形、弱形と呼ばれるバリエーションが存在するが、名前に反してそれらは同値であることを明らかにした。

Hilbertの零点定理は以前より名前だけは聞いたことがあり、どんな定理か気になっていた。本稿の執筆を通してそこそこ理解できて嬉しい。

参考

[1]

共立講座21世紀の数学 (17) 代数幾何入門

共立講座21世紀の数学 (17) 代数幾何入門

[2] Hilbert's Nullstellensatz - Wikipedia
[3] Nullstellensatz in nLab
[4]
代数学2 環と体とガロア理論

代数学2 環と体とガロア理論

[5] Rabinowitsch trick - Wikipedia
[6] http://math.ucsd.edu/~doprea/resultants.pdf

*1:結局、群論は私の研究には使えなかった (というか使いこなせなかった) が、幸い修士の学位は得られた。