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鎖群の境界写像の境界っぽさを味わう

最近、読みたいと思っていたトポロジーの本(本稿末尾を参照)を図書館で見つけたため、急遽トポロジーの勉強を始めた。トポロジーとは、位相同型な図形(正確には位相空間)の間に存在する不変量を研究する分野である。大事な位相不変量としてホモトピーホモロジーが挙げられるが、本稿ではそのうちホモロジーに関する話題を取り上げる。

主題

位相空間の性質を調べる際に、その空間そのものを調べるのではなく、代わりにその空間を基本的な図形である単体に分割したもの(これを複体と呼ぶ)を考えることで、見通しがよくなる場合がある。単体は次元ごとに存在し、また向きを考えることができる。向きを与えられた単体を有向単体と呼ぶ。ある複体に含まれるr次元単体に向きを付けたr次元有向単体の線形結合全体は群を成し、これをr次元鎖群と呼ぶ。r次元鎖群には境界写像と呼ばれる写像を考えることができ、これを適用することでr-1次元鎖群が得られる。

境界写像はその名前から察するに、何かの境界を取得するための写像だと考えられる。そこで、本稿では境界写像を簡単なr次元鎖に適用することで、境界写像の境界っぽさを体感してみたいと思う。

基本的な概念

単体と複体

以下、簡単のためにn次元ユークリッド空間 \mathbb{R}^nで考える。

まず単体を定義しよう。 a_0, a_1, \cdots , a_r \mathbb{R}^n内のr+1個の点であり、かつこれらはr-1次元以下の部分空間に含まれることがないとする*1。このとき、r次元単体( r \le n)とは以下で表される集合である。

{ \displaystyle
\left\{ \sum_{i=0}^r \lambda_i a_i \middle| \sum_{i=0}^r \lambda_i = 1,\  \lambda_0, \lambda_1, \cdots , \lambda_r \ge 0 \right\}
}

r次元単体を |a_0 a_1 \cdots a_r|とか \sigma^rなどと書く。単体の例を挙げると、0次元単体は点、1次元単体は線分、2次元単体は三角形、そして3次元単体は四面体となる。

 \sigma^rのr+1個の点 a_0, a_1, \cdots , a_rの中からs+1個( s < r)の点を選んだとき、これらの点によって生成される単体を \sigma^rの面と呼び、sをこの面の次元と呼ぶ。

次に複体の定義を与える。有限個の単体の集合Kが以下の2つの性質を満たすとき、Kを複体と呼ぶ。

  1.  \sigma^r \in Kなら、 \sigma^rのすべての面 \sigma^sもKに属す。
  2.  \sigma_1^r, \sigma_2^r \in Kなら、 \sigma_1^r \cap \sigma_2^r \sigma_1^r, \sigma_2^rの共通の面であるか、あるいは空集合である。*2

有向単体

n次元単体 |a_0 a_1 \cdots a_n|に対して、そのn+1個の頂点の並び替えを考える。ある並びを基準としたとき、そこから偶置換によって得られるものは基準と同じ向き、奇置換で得られるものは逆向きと定める。ここで決めた向きは同値関係になっており、頂点の並び替えで得られる全ての単体は基準と同じ向きか逆向きかという2つの同値類に分けられる。このように向き付けられた単体のことを有向単体と呼ぶ。

例えば2次元単体について、 a_0, a_1, a_2という順番によって得られる単体と a_1, a_0, a_2によって得られる単体は逆向きであり、それぞれが属する向きの同値類を \langle a_0, a_1, a_2 \rangle, \langle a_1, a_0, a_2 \rangleと書く。

鎖群

Kをn次元複体とし、Kに含まれるr次元単体を \sigma_1^r, \sigma_2^r, \cdots \sigma_m^rとする。各 \sigma_i^rについて適当に向きを固定したものを \langle \sigma_i^r \rangleとしたとき、それと逆向きの単体を - \langle \sigma_i^r \rangleと書く。これらの有向単体の間の整数係数による線形結合は以下のようになる。

{ \displaystyle
c = \sum_{i=1}^m \alpha_i \langle \sigma_i^r \rangle \ (\alpha_1, \alpha_2, \cdots, \alpha_m \in \mathbb{Z})
}

このcをr次元鎖と呼び、r次元鎖全体が成す集合を C_r(K)と表す。実は C_r(K)は加法について群を成すため、これをr次元鎖群と呼ぶ。

境界写像

定義と基本的性質

いよいよ本日の主役である境界写像について述べる。まずは定義を示そう。

r次元有向単体 \langle \sigma^r \rangle = \langle a_0 a_1 \cdots a_r \rangleに対して、 \partial_r \langle \sigma_r \rangleを以下のように定義する。

{ \displaystyle
\partial_r \langle \sigma^r \rangle = \sum_{i=0}^r (-1)^i \langle a_0 a_1 \cdots a_{i-1} a_{i+1} \cdots a_r \rangle
}

これを \langle \sigma_r \rangleの境界と呼ぶ。 \langle \sigma_r \rangleは次元が1つ下がり、 C_{r-1}(K)の元となる。また、 c = \sum_{i=1}^m \alpha_i \langle \sigma_i^r \rangleに対して境界を以下のように定義する。

{ \displaystyle
\partial_r (c) = \sum_{i=0}^m \alpha_i \partial_r \langle \sigma_i^r \rangle
}

このようにすることで、 \partial_r C_r(K)から C_{r-1}(K)への写像となる。これを境界写像と呼ぶ。境界写像は群の準同型となっている。また、詳細は述べないが、境界写像の重要な性質として \partial_{r-1}(\partial_r(c)) = 0が常にに成り立つことが挙げられる。

単一の有向単体に対して適用した場合

では、早速だが境界写像の境界感を味わっていきたいと思う。まずは一番簡単なr次元鎖である単一の有向単体への適用を考えてみよう。例として2次元有向単体 \langle a_0 a_1 a_2 \rangleを考えてみよう。この単体の境界は以下のようになる。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
\partial_r \langle a_0 a_1 a_2 \rangle &=& \langle a_1 a_2 \rangle - \langle a_0 a_2 \rangle + \langle a_0 a_1 \rangle \\
                                       &=& \langle a_1 a_2 \rangle + \langle a_2 a_0 \rangle + \langle a_0 a_1 \rangle
\end{eqnarray}
}

境界の意味を考えてみると、これは a_1 \to a_2, a_2 \to a_0, a_0 \to a_1というように2次元単体、つまり三角形の辺に向きを与えて足しあわせたものになる。図を以下に示す。

f:id:peng225:20170205223222p:plain

頂点を順に辿ったときの右ねじの回る向きが2次元単体の向きだと考えれば、これは確かに \langle a_0 a_1 a_2 \rangleの向きと合っている。単体の場合の境界感はこれでなんとなく分かった。

同じ向きの2つの有向単体に対して適用した場合

今度は同じ向きの2つの有向単体 \langle a_0 a_1 a_2 \rangle \langle a_0 a_2 a_3 \rangleについて考えてみる。向きを考えなければ、これらは複体を成している。境界は以下のように計算される。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
&&\partial_r \langle a_0 a_1 a_2 \rangle + \partial_r \langle a_0 a_2 a_3 \rangle \\
&=& (\langle a_1 a_2 \rangle - \langle a_0 a_2 \rangle + \langle a_0 a_1 \rangle) + (\langle a_2 a_3 \rangle - \langle a_0 a_3 \rangle + \langle a_0 a_2 \rangle) \\
&=& \langle a_0 a_1 \rangle + \langle a_1 a_2 \rangle + \langle a_2 a_3 \rangle + \langle a_3 a_0 \rangle
\end{eqnarray}
}

以下の図に示すように、上で得られた境界は a_0 \to a_1, a_1 \to a_2, a_2 \to a_3, a_3 \to a_0というように2つの有向単体の外側をぐるっと回るような形になっている。これはまさに領域の境界を表していると言えるだろう。

f:id:peng225:20170205225819p:plain

これで境界写像のイメージがずっと鮮明になってきた。きっと、同じように単体をたくさんつなげた複体を作れば、境界写像はその周囲をぐるっと取り囲むような形になるのだと類推できる。高次元の場合はこのように簡単にはいかないかもしれないが、気持ちとしては同じなのだろう。

異なる向きの2つの有向単体に対して適用した場合

最後に異なる向きの2つの有向単体 \langle a_0 a_1 a_2 \rangle \langle a_0 a_3 a_2 \rangleについて考えてみる。境界は以下のようになる。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
&&\partial_r \langle a_0 a_1 a_2 \rangle + \partial_r \langle a_0 a_3 a_2 \rangle \\
&=& (\langle a_1 a_2 \rangle - \langle a_0 a_2 \rangle + \langle a_0 a_1 \rangle) + (\langle a_3 a_2 \rangle - \langle a_0 a_2 \rangle + \langle a_0 a_3 \rangle) \\
&=& \langle a_0 a_1 \rangle + \langle a_1 a_2 \rangle + \langle a_0 a_3 \rangle + \langle a_3 a_2 \rangle + 2\langle a_2 a_0 \rangle
\end{eqnarray}
}

図を以下に示す。この場合は2つの単体の向きが異なるため、境界同士がうまく馴染むことができず、ぶつかり合ってしまっているような印象を受ける。とは言え、複体を考える場合は向きが同一になるようにするのが普通だと思われるので、多くの場合このようなケースを考えることは稀だろう*3

f:id:peng225:20170205231122p:plain

まとめ

以上、境界写像のイメージを2次元単体と複体を用いて考えてみた。結果として、複体を構成する単体に全て同じ向きを与えた場合、それらを取り囲むような文字通りの境界が得られることが分かった。境界写像ホモロジー群を定義する上で重要な役割を果たすものなので、イメージを理解できてよかった。

参考

トポロジー (応用数学基礎講座)

トポロジー (応用数学基礎講座)

*1:例えば3つの点であれば三角形ができることを期待するため、それらが一直線上に並んでしまうようなケースは除外するということである。

*2:つまり、綺麗にピッタリ面でくっつくか、離れているかしかないということである。中途半端にずれてくっつくということは許さない。

*3:クラインの壺のように向き付け不可能な図形の場合はどうなるか微妙だが・・・

代数体の整数環においてUFD⇔PIDとなることの証明

今日は一意分解環(UFD)と単項イデアル整域(PID)の関係について、数論に絡むことを書いてみようと思う。

一般に、PIDはUFDである。このことの証明は恐らく多くの環論の教科書に載っているであろうから、本稿では特に触れない。

実は、代数体の整数環においてはこの逆、すなわち「UFDはPIDである」ということが成り立つのである。私が読んでいる「数論Ⅰ」ではこの事実の証明が省略されているため、これが一体どうして成り立つのか疑問に思っていた。先ほどついにこれの証明を見つけたので、本稿ではそれについて書いてみたいと思う。

代数体Kの整数環を O_Kと書く。 O_KはDedekind環であるから、素イデアル分解の一意性が成り立つ。そのため、任意のイデアルは素イデアルの積に一意に分解される。

 O_KがUFDのとき、もし O_Kの0でない任意の素イデアルが単項イデアルになることが示せれば、全てのイデアルが単項イデアルになることが示せる。すなわち、 O_Kが単項イデアル整域であることが示せる。なぜなら、2つの単項イデアル (\alpha), (\beta) (\alpha, \beta \in O_k)について、 (\alpha)(\beta) = (\alpha\beta)となるからである。

 O_Kの0でない任意の素イデアル {\bf p}を選ぶ。 {\bf p}の0でない元を1つ選び、 \alphaとする。 O_KがUFDであれば、 \alpha = \pi_1 \pi_2 \cdots , \pi_nという風に素元 \pi_i (i=1, 2, \cdots , n)の積に分解できる。 {\bf p}は素イデアルであるから、 \pi_i \in {\bf p}となる \pi_iが存在する。

 (\pi_i) \subset {\bf p}であり、また \pi_iは素元だから (\pi_i)は素イデアルである。デデキント環において、任意の素イデアルは極大イデアルであるから、 (\pi_i) = {\bf p}である。以上により、 {\bf p}が単項イデアルであることが示せた。 {\bf p}は任意の素イデアルであるから、結局 O_Kの全ての素イデアルが単項イデアルとなる。よって、証明の初めに述べた通り O_KはPIDとなる。

以上、代数体の整数環がUFDであればPIDであることの証明ができた。そのため、代数体の整数環においてはUFD⇔PIDとなることが示された。

今回この証明を探してもなかなか見つけられなかったわけだが、定理の証明を探すというのはなかなか難しいことだ。どこかに証明データベースがあるか、もしくは実力ある人々が集うコミュニティに気軽に質問できたりすると嬉しいのだが・・・

参考

http://www.sci.hyogo-u.ac.jp/maths/master/h14/uejima.pdf

二次体における素イデアルを全て求めることはできるか?

ここのところ代数的整数論を勉強しているわけだが、自分はどうにもイデアルに弱いようだ。その原因を考えてみると、どうにも単項イデアルでないイデアルに馴染みがないのが原因である気がしてきた。この悩みはきっと環論や代数的整数論を学び始めた人に共通の悩みなのではないかと思っている。というのも、整数環 \mathbb{Z}がPIDだからだ。抽象的な議論を理解する拠り所として、やはり馴染みのある対象を具体例に用いて考えたくなるのが人の常だろう。しかし、代数体の整数環として多くの人にとって最も馴染み深いと思われる \mathbb{Z}がPIDであるが故に、どうにも単項イデアルでないイデアルというのはイメージがしづらいのだ。

そこで、本稿ではPIDでないような環、具体的には類数*1が1でない適当な二次体における整数環を用いて、単項イデアルでないイデアルと戯れてみようと思っていた。しかし、ふと問題に気づいた。適当な二次体において、一体どうやってイデアルを求めたらよいのだろう?いや、イデアルを求めるだけなら簡単だ。例えば \mathbb{Z}[\sqrt{-5}]という虚二次体において、適当に a_1, a_2, \cdots, a_n \in \mathbb{Z}[\sqrt{-5}]を取ると、 \sum^n_{i=1} a_i \mathbb{Z}[\sqrt{-5}]イデアルになる。しかし、一般にイデアルというのはより簡潔な形で書き表すことができる場合がある。極端な例を挙げると、 2\mathbb{Z} + 4\mathbb{Z} = 2\mathbb{Z}となったりする。そのため、イデアルを最も簡単な形にまで落とし込むことを考えないといけない。これはやや面倒くさい。

発想を変えよう。代数体の整数環はDedekind環であるから、一意な素イデアル分解が可能である。逆に、任意のイデアルは素イデアルを掛け合わせるこで生成できる。すなわち、素イデアルさえ求めることができれば、その環におけるイデアルのことは大体分かったような気がしてくる。

では、二次体の素イデアルを全て求めるにはどうしたらよいだろうか?これはこれで自明な問題ではない。そこで、本稿ではこの疑問の答えを探ることにする。

まず、全ての素イデアルの求め方について少し調べてみたところ、以下のような記事を発見した。

How do we find the prime ideals of a ring of integers of a number field? - Mathematics Stack Exchange

ここで、prime idealとは素イデアルのことである。これを見ると、どうやら有理数 \mathbb{Q}から代数体Lに拡大するときの素数の分解の仕方が鍵になっているように見える。素数の分解の仕方と言ったが、正確には素数によって生成される \mathbb{Z}の素イデアル {\bf p} = p\mathbb{Z}をLの整数環 O_Lに格上げしたイデアルである O_L{\bf p}が、 O_Lにおいてどのように分解するかということを意味している。一般に、 \mathbb{Z}の素イデアル O_Lに格上げしたとき、それが O_Lにおいても素イデアルになるとは限らない。そうなるときもあるし、更なる素イデアル分解ができる場合もある。素数の分解の仕方の一般論には類体論が必要であるため、ここでは深入りしない。

しかし困った。調べても調べても、二次体の素イデアルを全て求める方法というのは、なかなかヒットしない。これはやはり難しい問題なのかもしれない。そこで、以下では具体的な二次体として \mathbb{Q}(\sqrt{-5})に着目し、何か法則めいたものがないか考えてみたいと思う。

 \mathbb{Q}(\sqrt{-5})の類数は2であるため、 O_{\mathbb{Q}(\sqrt{-5})} = \mathbb{Z}[\sqrt{-5}]はPIDではないことを初めに述べておく。 \mathbb{Q}(\sqrt{-5})での素数 (しつこいようだが、正確には素数によって生成される \mathbb{Z}[\sqrt{-5}]イデアル) の分解の仕方には、以下のようなルールがある。

pの値 分解の様子
 p \equiv 1, 3, 7, 9 \mod 20  (p) \mathbb{Q}(\sqrt{-5})で完全分解する。
 p \equiv 11, 13, 17, 19 \mod 20  (p) \mathbb{Q}(\sqrt{-5})でも素イデアルである。
 p = 2, 5  (p) \mathbb{Q}(\sqrt{-5})で分岐する。

ここで、分岐、不分岐、及び完全分解という言葉について説明する。 \mathbb{Z}のある素イデアル {\bf p}が分岐するとは、拡大体の整数環でさらに素イデアル分解したときに O_L{\bf p} = {\bf p}_1^2というように指数が2以上となるような素イデアルが現れることを指す。不分岐とは分岐していないことを指す。また、完全分解とは、ある素イデアルが拡大次元nに対してn個の異なる素イデアルの積に分解されることを言う。 \mathbb{Q}(\sqrt{-5})/\mathbb{Q}は2次拡大であるから、今の場合は異なる2つの素イデアルの積に分解できれば完全分解したことになる。

上で示した表をもう一度見てみよう。この表の中で一番簡単なのは p \equiv 11, 13, 17, 19 \mod 20のケースである。この場合は拡大体の整数環においても (p)が素イデアルになるので、何も考えることはない。例えば、 37 \equiv 17 \mod 20なので、 \mathbb{Z}[\sqrt{-5}]において(37)は素イデアルである。*2

念のため、sageでも計算してみよう。

sage: L.<a> = QuadraticField(-5)  # 二次体を生成
sage: I = L.ideal(37)  # 37から生成されるイデアルを取得
sage: I.is_prime()  # 素イデアルか?
True  # 素イデアルだ!
sage: I = L.ideal(23)  # 試しに23から生成されるイデアルで同じことをしてみる
sage: I.is_prime()
False  # 素イデアルでない!

確かに(37)が素イデアルであることが確かめられた。

次に簡単なのが分岐するパターンである。これはそもそも2と5しかないので、それぞれの場合について素イデアル分解してみればよい。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
(2) &=& (2, 1 + \sqrt{-5})^2 \\
(5) &=& (\sqrt{-5})^2
\end{eqnarray}
}

すなわち、 (2, 1 + \sqrt{-5}), (\sqrt{-5})はどちらも素イデアルである。ただし、この分解は「数論Ⅰ」を参考に記載しただけであり、なぜこの分解が求まるのかは正直よく分かっていない。しかし、いずれにせよ分岐するイデアルは有限個しかないのだから、根性でそれらを分解すればおしまいという意味では、そこまでの難しさは無いだろう。

さて、残りは完全分解するパターンであるが、これは難しい。というのも、分かっているのは \mathbb{Z}の素イデアル \mathbb{Z}[\sqrt{-5}]では2つの素イデアルの積に分解するということだけで、それらが各素数pに対して具体的にどのような素イデアルになるのかが一見すると分からないからである。

しかし、これもある程度の法則性があるようだ。本によると、 x^2 \equiv -5 \mod pを満たす整数xが存在するとき、 (p) = (p, x+\sqrt{-5})(p, x-\sqrt{-5})に分解されるとのことである。この条件式の部分を日本語で解釈してみると、「2乗した値がpを法として-5に合同になるような整数xはあるか?」ということになる。言い換えると、「pを法とする世界に-5の平方根は存在するか?」ということである。その答えを知るには平方剰余の相互法則が使える。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
\left(\frac{-5}{p} \right) &=& \left(\frac{-1}{p} \right)\left(\frac{5}{p} \right) \\
&=& (-1)^{\frac{p-1}{2}} (-1)^{\frac{p-1}{2}\cdot\frac{5-1}{2}} \left(\frac{p}{5} \right) \\
&=& (-1)^{\frac{p-1}{2}} \left(\frac{p}{5} \right) \\
&=& 1 \ \ (p \equiv 1, 3, 7, 9 \mod 20)
\end{eqnarray}
}

以上により、今回の場合は全ての p \equiv 1, 3, 7, 9 \mod 20において、-5の平方根がpを法とする世界に存在することが分かった。すなわち、素イデアル分解が具体的に求まることが分かった。

試しに3, 7, 29, 41を分解してみよう。これらの素数を法とする世界での-5の平方根はそれぞれ1, 4, 13, 6であるから*3、これらの素数は以下のように分解することが分かる。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
(3) &=& (3, 1+\sqrt{-5})(3, 1-\sqrt{-5}) \\
(7) &=& (7, 4+\sqrt{-5})(7, 4-\sqrt{-5}) \\
(29) &=& (29, 13+\sqrt{-5})(29, 13-\sqrt{-5}) \\
(41) &=& (41, 6+\sqrt{-5})(41, 6-\sqrt{-5})
\end{eqnarray}
}

上式の右辺に登場する (3, 1+\sqrt{-5}) (29, 13-\sqrt{-5})などは全て素イデアルである。いくつかsageで計算してみよう。

sage: I = L.ideal(3, 1+a)
sage: I.is_prime()
True  # (3, 1+\sqrt{-5})は素イデアル!
sage: I = L.ideal(29, 13-a)
sage: I.is_prime()
True  # (29, 13-\sqrt{-5})は素イデアル!

これで一見落着かと思われるが、話はまだ終わらない。実は、(3), (7), (29), (41)のうち、(29)と(41)を素イデアル分解して得られる (29, 13+\sqrt{-5}), (29, 13-\sqrt{-5}), (41, 6+\sqrt{-5}), (41, 6-\sqrt{-5})は単項イデアルなのだ!試しに (29, 13+\sqrt{-5}), (41, 6-\sqrt{-5})だけ変形してみよう。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
(29, 13+\sqrt{-5}) &=& ( (3+2\sqrt{-5})(3-2\sqrt{-5}), (3-2\sqrt{-5})(1+\sqrt{-5}) )\\
                   &=& (3+2\sqrt{-5})(3-2\sqrt{-5})\mathbb{Z}[\sqrt{-5}] + (3-2\sqrt{-5})(1+\sqrt{-5})\mathbb{Z}[\sqrt{-5}] \\
                   &=& (3-2\sqrt{-5})\{(3+2\sqrt{-5})\mathbb{Z}[\sqrt{-5}] + (1+\sqrt{-5})\mathbb{Z}[\sqrt{-5}] \} \\
                   &=& (3-2\sqrt{-5})\{(3a-10b) + (2a+3b)\sqrt{-5} + (c-5d) + (c+d)\sqrt{-5} | a, b, c, d \in \mathbb{Z} \} \\
                   &=& (3-2\sqrt{-5})\{(3a-10b+c-5d) + (2a+3b+c+d)\sqrt{-5} | a, b, c, d \in \mathbb{Z} \}
\end{eqnarray}
}

ここで、 A = 3a-10b+c-5dと置くと、さらに以下のように変形できる。

{ \displaystyle
(3-2\sqrt{-5})\{A + (A-a+13b+6d)\sqrt{-5} | A, a, b, d \in \mathbb{Z} \}
}

上式で b=d=0とすると、Aとaを適宜動かすことで、この式の{}の中は \mathbb{Z}[\sqrt{-5}]全体を動く。よって最終的に以下のような単項イデアルが得られる。

{ \displaystyle
(3-2\sqrt{-5})
}

続いて、 (41, 6-\sqrt{-5})も変形してみよう。こちらはとても簡単である。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
(41, 6-\sqrt{-5}) &=& ((6+\sqrt{-5})(6-\sqrt{-5}), 6-\sqrt{-5}) \\
                  &=& (6-\sqrt{-5})((6+\sqrt{-5})\mathbb{Z}[\sqrt{-5}] + \mathbb{Z}[\sqrt{-5}])\\
                  &=& (6-\sqrt{-5})
\end{eqnarray}
}

結局、先ほどの素イデアル分解の例は以下のようになる。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
(3) &=& (3, 1+\sqrt{-5})(3, 1-\sqrt{-5}) \\
(7) &=& (7, 4+\sqrt{-5})(7, 4-\sqrt{-5}) \\
(29) &=& (29, 13+\sqrt{-5})(29, 13-\sqrt{-5}) = (3+2\sqrt{-5})(3-2\sqrt{-5}) \\
(41) &=& (41, 6+\sqrt{-5})(41, 6-\sqrt{-5}) = (6+\sqrt{-5})(6-\sqrt{-5})
\end{eqnarray}
}

うーむ。これはやっかいだ。もともと、通常のイデアルを直接考えるとイデアルの簡約化が面倒だと思って素イデアルに着目したのに、素イデアルもこのように「実は単項イデアルで表せるものがあります」みたいなことになると、途方に暮れてしまう。

だが、安心して欲しい。実は、類体論の何やら難しい理論によると、なんと完全分解するイデアルの中でも、単項イデアルの積に分解できるものというのを判別することができるらしいのだ。今回の場合だと、 p \equiv 1, 9 \mod 20となる素数は単項イデアルの積に完全分解できることが知られている。しかし、これ以上は今の私の力ではちょっと説明しきれないので、このあたりで切り上げたい。

以上により、 \mathbb{Z}[\sqrt{-5}]の素イデアルを何とか求めることができることが分かった。ただし、難しい部分は全て類体論を理解していないと説明できないため、まだぼんやりとした部分が残る結果となった。とは言え、本稿の内容をまとめていく中で、単項イデアルでないイデアルに触れ合うという当初の目的が自ずと達成されたことは収穫であった。この調子で勉強を進め、類体論の核心に迫っていければと思う。

参考

数論I――Fermatの夢と類体論 (岩波オンデマンドブックス)

数論I――Fermatの夢と類体論 (岩波オンデマンドブックス)

平方剰余の相互法則 - Wikipedia

*1:イデアル類群の位数のことを類数と呼ぶ。類数が1でない整数環はPIDにならない。

*2:ちなみに、 39 \equiv 19 \mod 20なので一見(39)も素イデアルかと思うが、そもそも39は素数ではないので論外である。こういう凡ミスには注意。

*3:Wikipediaの「平方剰余の相互法則」のページを参照。

代数的整数論におけるイデアル類群・単数群の初歩的な意味

2017年最初の記事である。今年は本業とプライベートが両方とも忙しくなりそうだが、そんな中でも数学をする時間をなんとか捻出したいと思う。数学に関する今年の抱負をいろいろと考えてみたのだが、今年は類体論の心を理解することを目標にしたいと思う。類体論とは、日本の高木貞治氏が切り開いた代数的整数論の一大分野である。本日はその一発目として、イデアル類群、及び単数群とはどういうものかについて考えてみる。参考書は「数論Ⅰ」を使用している。

代数的整数論では、整数を直接研究するのではなく、それよりもさらに広い概念である代数体の整数環というものを考える。そうして、整数全体をいわば外側から眺めることによって、整数の性質を理解しようと試みるのである。代数体とは、有理数 \mathbb{Q}の有限次拡大体のことである。また、代数体Kの整数環 O_Kとは、Kにおける \mathbb{Z}の整閉包のことである。これはすなわち、Kにおける \mathbb{Z}上整な元全体が成すKの部分環のことである。Kの例として、 \mathbb{Q}, \mathbb{Q}(\sqrt{2}), \mathbb{Q}(\zeta_5)などが挙げられる。また、それぞれに対応する整数環は以下のようになる。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
&& O_{\mathbb{Q}} = \mathbb{Z} \\
&& O_{\mathbb{Q}(\sqrt{2})} = \mathbb{Z}[\sqrt{2}] \\
&& O_{\mathbb{Q}(\zeta_5)} = \mathbb{Z}[\zeta_5]
\end{eqnarray}
}*1

通常の整数環 \mathbb{Z}では、任意の元は一意に素因数分解することができる。これを一般の環に拡張した概念が一意分解整域(もしくは一意分解環)での素元分解である。一意分解整域では、整数環での素数のアナロジーとして素元と呼ばれるものが存在し、全ての元は積の順序と単元を掛けることを除いて素元の積に一意に分解される。ここで、 O_Kが一意分解整域になっているかどうかを考えてみると、実は一般にはそうはなっていない。そのため、整数環 \mathbb{Z}で成立した諸々の事実が、 O_Kでは成り立たなくなってしまうのである。

そこで、昔の偉い数学者は素元分解と同じようなことをイデアルで実現できないかと考えた。これは一般に素イデアル分解と呼ばれているもので、要するに任意のイデアルを素イデアルの積に一意に分解するというものである。実は、素イデアル分解は O_Kの上で常に成り立つ。そのため、代数的整数論ではイデアルを考えることが重要となる。

しかしながら、最終的に知りたいのは整数の性質である。そのため、整数とイデアルの性質がどれくらいずれているのかを考えたくなる。その時に役立つのがイデアル類群、及び単数群なのである。

★★★(ここで論理が飛躍する。詳細は後述する。)★★★

ここで、 O_Kの分数イデアルという概念を考える。Kの部分集合 {\bf a}が分数イデアルであるとは、 O_Kの0でない元cがあって、 c{\bf a} O_Kの0でないイデアルになることである。例えば K = \mathbb{Q}(\sqrt{2})において {\bf a} = \frac{1+\sqrt{2}}{2}\mathbb{Z}[\sqrt{2}]を考えてみる。このとき、 c = 2とすると c{\bf a} = (1+\sqrt{2})\mathbb{Z}[\sqrt{2}]となり、これは \mathbb{Z}[\sqrt{2}]イデアルとなっている。そのため、 {\bf a} = \frac{1+\sqrt{2}}{2}\mathbb{Z}[\sqrt{2}] \mathbb{Q}(\sqrt{2})の分数イデアルである。

続いて、今度は主分数イデアルというものを考える。 O_Kの主分数イデアルとは、0でないKの元 \alpha \in K^{\times}について、 (\alpha) = \alpha O_Kとなるような分数イデアルのことである。もし \alpha \in O_Kとなる場合、これは通常の O_Kの単項イデアル(もしくは主イデアル)の定義そのものである。主分数イデアルの例としてまた K = \mathbb{Q}(\sqrt{2})を考えてみる。 \alpha = \frac{3 + \sqrt{2}}{5}とすると、 (\alpha) = \frac{3 + \sqrt{2}}{5} \mathbb{Z}[\sqrt{2}]は主分数イデアルである。

実は、 O_Kの分数イデアル全体は乗法について群を成している。単位元 O_Kであり、 {\bf a}の逆元は {\bf a}^{-1} = \{x \in K | x{\bf a} \subset O_K\}で与えられる。そこで、 K^{\times}から分数イデアルの群への準同型 \phi : \alpha \to (\alpha)を考える。すると、 \phiの核は O_K^{\times}であり、余核は(分数イデアルの群)/(主分数イデアルの群)という剰余群になる。この \phiの核と余核のことを、それぞれ単数群、及びイデアル類群と呼ぶのである。

一般に、ある準同型の核と余核は、それぞれ準同型の単射性、全射性に関係がある。核が自明であれば準同型は単射になるし、余核が自明であれば準同型は全射になる。イデアル類群と単数群は準同型 \phi : \alpha \to (\alpha)の余核と核であるから、これらの大きさは数とイデアルの間のずれを表していると言われている。

さらに、イデアル類群に関する重要な事実として、イデアル類群が自明であることと、 O_Kが一意分解整域であることが同値だということが挙げられる。その意味で、イデアル類群は整数環上での素元分解の成り立たなさを示す指標だと捉えることができる。

ここまでが主に言いたかったことである。が、先ほど★で示した論理の飛躍について言及せねばなるまい。もともと数とイデアルの間のずれを理解したいというモチベーションから出発したはずなのであるが、なぜか唐突に分数イデアルが登場した。なぜイデアル類群は分数イデアルを用いて定義されねばならないのだろうか?(分数イデアルの群)/(主分数イデアルの群)を考える代わりに、(イデアルの群)/(主イデアルの群)を考えるのではダメだったのだろうか?

この問に対する答えが、いくら探しても見つからない。数学者が良く言う「自明」というやつだろうか?残念ながら、私にとっては自明ではない。ひょっとしたら、分数イデアルは群を成すが、イデアルは群にならないのかもしれないとか、いろいろ考えてはみるものの、答えはまだ出ていない。もし分かったら、本稿に追記したいと思う。(追記1参照)

追記1

やはりというか、よく考えたら O_Kイデアル全体は乗法について群にならない。例えば \mathbb{Z}を例に取ってみると、 2\mathbb{Z}と掛けあわせて \mathbb{Z}になるようなイデアルは存在しない。分数イデアルの場合、逆元は \frac{1}{2}\mathbb{Z}となる。

群にならないと何が困るのだろうか?やりたいことは、 O_Kイデアル全体の集合と主イデアル全体の集合がどれくらいかけ離れているかを調べることである。これを調べる手段として、仮にイデアル全体の集合が群であり、かつ主イデアル全体の集合がその正規部分群であったならば、両者の間に定義される剰余群の位数を調べるという方法が考えられる。しかし、残念ながら O_Kイデアル全体の集合は群ではないので、それに変わる何かが必要となる。そこで、分数イデアルが登場するのではなかろうか。分数イデアル全体の集合は剰余に対してアーベル群を成すので、任意の部分群は正規部分群となる。そのため、分数イデアルの群と主分数イデアルの群(これは正規部分群)との間に剰余群を考えることができるのである。

これでもまだ100%納得できたわけではないが、とりあえずはよしとしよう。

参考

数論I――Fermatの夢と類体論 (岩波オンデマンドブックス)

数論I――Fermatの夢と類体論 (岩波オンデマンドブックス)

*1: O_{\mathbb{Q}(\sqrt{5})} = \mathbb{Z}[\frac{1+\sqrt{5}}{2}]となったりするので、整数環を求めるときはよく考える必要がある。

閉形式の線積分とポテンシャル場の線積分

今日も微分形式とベクトル解析について書く。テーマは経路に依らない線積分である。

まず、ポテンシャル場における線積分について説明する。あるベクトル場 {\bf f}において、経路Cに沿った線積分を行うことを考える。Cの始点は点P、終点は点Qであるとする。このとき、もし {\bf f} = \mathrm{grad}\, \phiを満たす関数 \phiが存在するとき、この線積分は以下のように経路に依らない値を取る。

{ \displaystyle
\int_C {\bf f} \cdot d{\bf r} = \phi(Q) - \phi(P)
}

実はこれに対応する定理が微分形式の世界にも存在する。例によって「多様体の基礎」を見てみると、以下のように記載されている。

 \omegaが閉じた1次微分形式( d\omega = 0)ならば、曲線cをその始点c(a)と終点c(b)を止めたまま多様体Mの中で連続変形しても、線積分 \int_c \omegaの値は変らない。

ここで、閉じた微分形式、または閉形式とは、外微分を計算すると0になるような微分形式のことである。前回の記事でgradは0次微分形式、つまり関数に対する外微分に相当するということを述べた。さらに、外微分の外微分を計算すると常に0になることから、 {\bf f} = \mathrm{grad} \phiは閉形式である。結果として、ポテンシャル場における線積分は閉形式の線積分によって一般化されるのである。本当に微分形式さえあればベクトル解析は不要なのではないかと思うほど、微分形式はベクトル解析をうまく取り込んでいる。

今日一番言いたかったことは以上であるが、上で引用した定理について一点だけ補足する。この定理では多様体M上での線積分について述べているわけだが、そもそも多様体上での線積分とはどのように定義されるのであろうか?これは \mathbb{R}に対する引き戻しによって定義される。すなわち、ある写像 c: \mathbb{R} \ni [a, b] \to Mがあって、これと閉形式 \omegaの合成写像積分を考えるのである。以下に定義式を示す。

{ \displaystyle
\int_c \omega \overset{\mathrm{def}}{=} \int_{[a, b]} \omega \circ c
}

これにより、被積分関数の定義域をMから \mathbb{R}に引き戻すことができ、見事に線積分が定義できるのである。

さて、大晦日ということで今年一年を振り返ってみると、後半にこれまで学んできたことの復習に重点を置いたことで、より数学に対する深い理解が得られたのではないかと思う。特に、ガロア理論の基本的な部分に対して定性的な理解を得られたことは至上の喜びであった。来年は仕事がちょっと忙しくなりそうだが、うまく時間を見つけて数学の勉強を続けていきたい。では、良いお年を!

参考

多様体の基礎 (基礎数学5)

多様体の基礎 (基礎数学5)

li.nu

スカラーポテンシャル・ベクトルポテンシャルと微分形式の外微分の関係

今日も微分形式について書きたいと思う。本当は線積分周りのことを書いて多様体の話は一旦終わろうと思ったのだが、それはまた後に回して、ここではベクトル解析の式がまたしても微分形式により一般化される別の事例について書きたいと思う。

スカラーポテンシャルとベクトルポテンシャルが満たす関係式

今日の主役ははベクトル解析で有名な以下の2つの式である。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
&& \mathrm{rot}\, \mathrm{grad}\, f = 0 \\
&& \mathrm{div}\, \mathrm{rot}\, {\bf A} = 0
\end{eqnarray}
}

ここで、 fスカラー関数、 {\bf A}はベクトルである。 f, {\bf A}がこれらの式を満たすとき、それぞれスカラーポテンシャル、ベクトルポテンシャルと呼ばれる。詳細はベクトル解析の教科書等を参照して頂きたい。

微分による表現

上で述べた関係式は、微分形式に対する外微分を用いて統一的に表すことができる。本稿ではそれについて説明する。しかし、残念ながら私はそれについて100%納得するところまで理解が進んでいない。以下では私が理解したこと、及び納得できていないことについて書き記す。

微分形式の双対構造

本題に入る前に、後で必要になる微分形式の双対構造について説明しておこう。

以下では3次までの微分形式に限定して話を進める。すると、全ての微分形式は以下に示すものの線形結合で表現できる。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
&& 1 \\
&& dx \\
&& dy \\
&& dz \\
&& dx \land dy \\
&& dy \land dz \\
&& dz \land dx \\
&& dx \land dy \land dz
\end{eqnarray}
}

例として dx \land dyに着目してみよう。これはdxとdyの外積になっているわけだが、3次以下の微分形式にはdx, dy, dzの3つの要素しか登場し得ないので、これは逆に言えばdzが欠けていると考えることができる。このように、上に示した微分形式は、お互いを補いあう関係にあるペアに分けることができる。以下にそれを示す。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
1 &\leftrightarrow& dx \land dy \land dz \\
dx &\leftrightarrow& dy \land dz \\
dy &\leftrightarrow& dz \land dx \\
dz &\leftrightarrow& dx \land dy
\end{eqnarray}
} *1

すなわち、微分形式には相補的な双対構造が現れるのである。ある微分形式の双対を示す演算子を一般に*で示し、これをホッジのスター作用素と呼んだりする。以下にホッジのスター作用素の使用例を示す。

{ \displaystyle
\ast dx = dy \land dz
}

また、以下の式が成立することにも言及しておこう。

{ \displaystyle
\ast \ast dx = dx
}

微分の外微分

最初に示した2つの式は、微分形式を用いて統一的に表すことができるわけだが、その時に使う式が以下である。

{ \displaystyle
d(d\omega) = 0
}

ここで、 \omegaは適当な微分形式である。すなわち、微分形式の外微分の外微分は必ず0になるのだ。ここで最初に示した2つの式を見ると、どちらも2回の演算の結果が0になっており、いかにもこの式と関係がありそうな予感がするだろう。

grad, rot, divと外微分の関係

ここから本題に入っていこう。まずは、grad, rot, divがそれぞれ微分形式の外微分とどのような関係にあるか考えてみる。

最初にgradについて考えよう。関数fについて、 \mathrm{grad}\, fは以下のように書けるのであった。

{ \displaystyle
\mathrm{grad}\, f = \frac{\partial f}{\partial x} {\bf e}_x + \frac{\partial f}{\partial y} {\bf e}_y + \frac{\partial f}{\partial z} {\bf e}_z
}

ここで、 {\bf e}_x, {\bf e}_y, {\bf e}_zはそれぞれx, y, z方向の単位ベクトルである。

今、gradを外微分を用いて表すことを考えてみる。まず、0次微分形式fに対する外微分dfは以下のような1次微分形式になる。

{ \displaystyle
df = \frac{\partial f}{\partial x}dx + \frac{\partial f}{\partial y}dy + \frac{\partial f}{\partial z}dz
}

ここからがまさに私が納得できていないポイントであるが、上記2つの式において、大胆にも {\bf e}_x, {\bf e}_y, {\bf e}_zをそれぞれdx, dy, dzと同一視すれば、 \mathrm{grad}\, f = dfとなる。すなわち、 \mathrm{grad} = dである。被演算子は0次微分形式である。この同一視の妥当性については後述する。

次にrotについて考える。これは以下のように表されるのであった。

{ \displaystyle
\mathrm{rot}\, {\bf A} = \left(\frac{\partial A_z}{\partial y} - \frac{\partial A_y}{\partial z} \right) {\bf e}_x + 
                         \left(\frac{\partial A_x}{\partial z} - \frac{\partial A_z}{\partial x} \right) {\bf e}_y + 
                         \left(\frac{\partial A_y}{\partial x} - \frac{\partial A_x}{\partial y} \right) {\bf e}_z

}

ここでは {\bf A} = (A_x, A_y, A_z)という3次元ベクトルを用いた。ここでもgradと同じようにrotを外微分で表すことを考えてみよう。前回の記事で登場した以下の式が使えそうだ。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
&& d(A_x dx + A_y dy + A_z dz) \\
&=& dA_x \land dx + dA_y \land dy + dA_z \land dz \\
&=& \left(\frac{\partial A_z}{\partial y} - \frac{\partial A_y}{\partial z} \right)dy \land dz
   + \left(\frac{\partial A_x}{\partial z} - \frac{\partial A_z}{\partial x} \right)dz \land dx
   + \left(\frac{\partial A_y}{\partial x} - \frac{\partial A_x}{\partial y} \right)dx \land dy
\end{eqnarray}
}

gradと同じ流れで行くと、ここで単位ベクトルとdx, dy, dzを同一視するところだが、今はこれらの外積である dx \land dyなどが現れてしまっている。そのため、このままでは先ほどのような同一視ができない。また、外積とは言うものの、これはベクトルの外積とは異なる演算であるため、そのような置き換えもできない。

そこで、ホッジのスター作用素の登場である。上記の式にホッジのスター作用素を適用すると以下のようになる。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
&& \ast d(A_x dx + A_y dy + A_z dz) \\
&=& \left(\frac{\partial A_z}{\partial y} - \frac{\partial A_y}{\partial z} \right)dx
   + \left(\frac{\partial A_x}{\partial z} - \frac{\partial A_z}{\partial x} \right)dy
   + \left(\frac{\partial A_y}{\partial x} - \frac{\partial A_x}{\partial y} \right)dz
\end{eqnarray}
}

これで、最初のrotの式との対応が見えた。すなわち、 \mathrm{rot}\, {\bf A} = \ast d {\bf A}であり、結局 \mathrm{rot} = \ast dとなる。被演算子は1次微分形式である。

最後にdivであるが、これは上の2つと同様に考えることができるため説明は割愛する。結論としては \mathrm{div} = \ast d \astとなる。被演算子は1次微分形式である。

以上により、grad, rot, divをそれぞれ外微分とホッジのスター作用素で書き表すことができた。

得られる結果

これでやっと冒頭の2式と外微分との関係を見ることができる。まず、スカラーポテンシャルの方から見てみよう。

{ \displaystyle
\mathrm{rot}\, \mathrm{grad}\, f = \ast d(df) = 0
} *2

ホッジのスター作用素が頭に付いてしまってはいるが、見事に微分形式の外微分によって表すことができた。

次はベクトルポテンシャルの式を見てみよう。これは以下のようになる。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
\mathrm{div}\, \mathrm{rot}\, {\bf A} &=& \ast d \ast (\ast d {\bf A}) \\
                                      &=& \ast d(d {\bf A}) \\
                                      &=& 0
\end{eqnarray}
}

これにより、両者を全く同じ式 \ast d(d \omega) = 0という形で表すことができた。以上が本稿で述べたかった事実である。

なぜ単位ベクトルをdx, dy, dzと同一視してよいのか

本稿の説明においては、単位ベクトルとdx, dy, dzを同一視することで、ベクトルを微分形式で表現していた。これは妥当なのであろうか?本稿最下部に示した参考ページの冒頭において、それについて少し触れられている。すなわち、dx, dy, dzをベクトルに対する演算子として見ればよいというのである。例えば {\bf p} = a{\bf e}_x + b{\bf e}_y + c{\bf e}_zというベクトルが与えられたとき、dxはこのベクトルのx軸方向の成分、すなわち単位ベクトル {\bf e}_xの係数を取り出す演算子と考えるのである。以下に演算の様子を示す。

{ \displaystyle
dx({\bf p}) = a
}

一方、このようにx方向の成分を取り出すには以下のようにしてもよい。

{ \displaystyle
{\bf e}_x \cdot {\bf p} = a
}

この2つの式の類似性から、dxを {\bf e}_xと同一視することを正当化しようというのである。

これは確かに最もらしい説明である。dxの元々の定義も T_p(M) \to \mathbb{R}という線形写像であり、これを演算子と考えることは自然に思える。しかし、今はユークリッド空間を考えているので、接ベクトル空間の基底 \left(\left(\frac{\partial}{\partial x}\right)_p, \left(\frac{\partial}{\partial y}\right)_p, \left(\frac{\partial}{\partial z}\right)_p \right)はそれぞれ {\bf e}_x, {\bf e}_y, {\bf e}_zと同一視できる。これはつまり、接ベクトル空間と余接ベクトル空間の基底がどちらも同じだと言っているように聞こえる。これにはなんだか違和感を覚える。なぜなら、ベクトル空間とその双対空間はそもそも集合として全く異なるものだからだ。今回の話でここだけが唯一スッキリしないのである。

とは言え、概ね綺麗な結果を得ることができたという点には満足している。やはり微分形式から得られる帰結は美しい。疑問は残ったものの、それは長い人生の中できっと答えが見つかるだろう。


参考

http://mkdragon.la.coocan.jp/studies/relative/dform.pdf

*1:例えば dx \land dy dy \land dxは符号が異なるので、本当は外積の順序について慎重に考える必要がある。

*2: \ast 0 = 0としている。