有限体の代数的閉包

はじめに

有限体の代数的閉包ってどうなるんだろう?ずっと前にこの疑問を抱いてからずいぶんと時間が経ってしまった。どうにも最近は子どもとマイクラする時間が長すぎて趣味の時間が取りづらい。子どもが大きくなればそのうち親離れしてくのだろうか。今は時間がなくて苦しいが、未来のことを考えると寂しくなるのでやめておく。

さしあたっては、いつまでも疑問を寝かせておくと解決する情熱がなくなってしまうので、そろそろ重い腰を上げてこの課題に取り組んでみようと思う。

有限体の代数的閉包

出発点

以前の記事にも書いたように、有限体は代数的閉体にはならない。というわけで、有限体の代数的閉包は無限体になる。具体的にはどのような体になるのだろうか?

Wikipediaによると、どうやら以下のようになるらしい[1]。

有限体の代数的閉包(Wikipediaより)
元の個数が素数のベキ qである有限体の代数的閉包は可算無限の濃度をもつ体であって、各正整数 nに対して位数 q^nの体のコピーを含む(実はこれらのコピーの和集合である)

この「体のコピー」という何とも言えない煮え切らない言い方は何なんだろうか・・・というわけでもう少し調べたところ、Mathematics Stack Exchangeに以下のような書き込みを見つけた[2]。

Given finite fields  \mathbb{F}_{p^m} and  \mathbb{F}_{p^n} with  \mathrm{gcd}(m,n)=1 then the compositum is the finite field  \mathbb{F}_{p^{mn}}. This allows us to define the algebraic closure of  \mathbb{F}_p as the union

 \displaystyle{
\overline{ \mathbb{F}_p} = \bigcup_{k\ge1} \mathbb{F}_{p^k}
}

まだ「体のコピー」というのが何を言おうとしているのかは分からないが、とにかく \mathbb{F}_{p^k}の和集合を無限に取っていけば標数 pの有限体の代数的閉包が得られるということは分かった。

ただ、主張の前半のcompositumがどうとかいうところは何を言わんとしているのかいまいち分からない。いや、 \mathbb{F}_{p^m} \mathbb{F}_{p^n}の合成体(the compositum)が \mathbb{F}_{p^{mn}}だという直接的な主張は分かるのだが、「それが何か?」という感じである。果たしてこの人は何を言おうとしているのか?これについては後述する。

有限体の包含関係に関する微妙な問題

さらに調べるとYahoo知恵袋に面白い書き込みを見つけた[3]。

実は、その主張の意味、正確にいうとその和集合の意味はwell-definedではありません。(中略)おそらく、Wikipediaの「代数的閉包」のページから引っ張って来たのだと推測しています。Wikipediaのそのページに書いてある主張の方は意味が整合的に定義されており、かつ正しいです。そのページからの引用なら、主張を間違えていると言えるでしょう。


意味が整合的に定められていない、というのは、例えば、F_(2^2) ⊆ F_(2^4) ではない、ということです。例えば、2次及び4次の既約多項式を使って
F_4 = F_2[x]/(x^2+x+1)
F_16 = F_2[y]/(y^4+y+1)
と定義したとすると、集合として部分集合ではありません。
単射準同型F_4→F_16が存在するのだから、それでもって同一視してやればいいじゃないか!」と思うかもしれませんが、F_4 → F_16は唯一ではありません。

(中略)

つまり、
Aut(F_4)=Gal(F_4/F_2)
={id, (0→0,1→1,[x]→[x+1],[x+1]→[x])}
が単位群ではないせいで、F_4とF_16を別々に定義すると、F_4をF_16の部分集合として見なす標準的な方法が見つからず、和集合の意味が定義できない、ということなのです。

なるほど、和集合の定義がwell-definedにならないとは恐れ入った。Wikipediaで「体のコピー」というよく分からない言い方をしていたのは、このあたりの煩わしさを避けるためだったのではないかと思われる。

確かめてみよう

このことをもう少し深く理解するために、 \mathbb{F}_4 \mathbb{F}_{16}の部分集合として見なす標準的な方法がないということを自分でも確かめてみる。

まず、念のため x^2+x+1 y^4+y+1 \mathbb{F}_2上既約であることを確かめておこう。これはSageでサクッと確認できる(記号はなんでもよいでの両方ともxとした)。

sage: x=GF(2)['x'].gen()
sage: (x^2+x+1).is_irreducible()
True
sage: (x^4+x+1).is_irreducible()
True

 A = \mathbb{F}_2[x]/(x^2+x+1)とすると A \mathbb{F}_4に同型で、その元は 0, 1, x, x+1となる。また、 B = \mathbb{F}_2[y]/(y^4+y+1)とすると B \mathbb{F}_{16}に同型で、その元は以下の16個である。

  •  0
  •  1
  •  y
  •  y+1
  •  y^2
  •  y^2+1
  •  y^2+y
  •  y^2+y+1
  •  y^3
  •  y^3+1
  •  y^3+y
  •  y^3+y+1
  •  y^3+y^2
  •  y^3+y^2+1
  •  y^3+y^2+y
  •  y^3+y^2+y+1

 Bの部分集合 K = \{0, 1, y^2+y, y^2+y+1 \} \mathbb{F}_4と同型である。これは愚直に計算すると分かる。

 A Bに埋め込む写像 A \to Kのうち体同型になる可能性があるものとしては、 x y^2+yに写すような写像 f y^2+y+1に写す写像 gの2つがある。 f, gが体同型であるためには全単射でなければならないので、 f(x+1)=y^2+y+1,  g(x+1)=y^2+yである必要がある。これを仮定したときに、 a, b \in Aについて f(a+b) = f(a)+f(b),  f(ab)=f(a)f(b)が成り立っていることを確認できればよい。 gについても同様である。

これは愚直に計算すれば分かる話なのだが、例として a = x,  b=x+1の和と積を fで写すケースについて確認しておこう。なお、以下では分かりやすさのために A, Bにおける積の単位元をそれぞれ 1_A, 1_Bと表記している。

・和を fで写すケース
 \displaystyle{
\begin{eqnarray}
f(x+x+1_A) &=& f(1_A) \\
&=& 1_B \\
&=& (y^2+y) + (y^2+y+1_B) \\
&=& f(x) + f(x+1_A)
\end{eqnarray}
}

・積を fで写すケース
 \displaystyle{
\begin{eqnarray}
f(x(x+1_A)) &=& f(x^2+x) \\
&=& f(1_A) \\
&=& 1_B \\
&=& y^4+y \\
&=& (y^2+y)(y^2+y+1) \\
&=& f(x)f(x+1)
\end{eqnarray}
}

他のケースも同様に計算していけば確かめられ、 f, gはともに体同型であることが分かる。というわけで、確かに \mathbb{F}_4 \mathbb{F}_{16}に埋め込む方法が一意に定まらないことが分かった。

で、どうすればいいのさ?

一意に定まらないならどうすればよいのか?と言うと、何らかの方法で一意に定めればよいということになる。要するに埋め込むための写像を1つ選べばよいわけである。その後の議論ではあまり選び方は重要ではなさそうなので深入りはしない。

有限体の包含関係に関する微妙な問題2

同様に、Mathematics Stack Exchangeに書かれていた合成体の下りについても、 \mathbb{F}_{p^m} \mathbb{F}_{p^n}を含むような \mathbb{F}_{p^{mn}}を合成することで、 \mathbb{F}_{p^m} \mathbb{F}_{p^{mn}}に含まれるかどうかを心配しなくて済むようにしていたのではないかと思われる。ただし、ここでは \mathrm{gcd}(m,n)=1を前提としており、 \mathbb{F}_4 \mathbb{F}_{16}については話が成り立たない。

どうもこちらの投稿はとある論文[4]が元になっているようで、そちらを読んでみると素数 lに対して \mathbb{F}_q \subset \mathbb{F}_{q^l} \subset \mathbb{F}_{q^{l^2}} \subset \cdotsは体の拡大列と捉えているようだ。拡大体を考えるにしても、部分体を考えるときのように拡大の仕方が複数あることに悩みそうな気もするが、少なくとも \mathbb{F}_4 \mathbb{F}_{16}に包含されなくて困るという心配はしなくて良くなるだろう。

もう1つの表現

実は有限体の代数的閉包はもう1つ表現方法がある。PlanetMathというウェブサイト[5]が詳しいのでこちらからいろいろ引用する。まず、  \mathrm{GF}(p^{\infty})を以下のように定義する。

 \mathrm{GF}(p^{\infty})
Fix a prime  p in  \mathbb{Z}. Then the Galois fields  \mathrm{GF}(p^e) denotes the finite field of order  p^e,  e \ge 1. (中略) In so doing we have  \mathrm{GF}(p^e) \subseteq \mathrm{GF}(p^f) whenever  e | f. In particular, we have an infinite chain:  \displaystyle{
\mathrm{GF}(p^{1!}) \subseteq \mathrm{GF}(p^{2!}) \subseteq \mathrm{GF}(p^{3!}) \subseteq \cdots \subseteq \mathrm{GF}(p^{n!})
}
So we define  \mathrm{GF}(p^{\infty}) = \bigcup_{n=1}^{\infty} \mathrm{GF}(p^{n!}).

これに対して以下の定理が成り立つ。

有限体の代数的閉包(PlanetMathより)
 \mathrm{GF}(p^{\infty}) is an algebraically closed field of characteristic  p. Furthermore,  \mathrm{GF}(p^{e}) is a contained in  \mathrm{GF}(p^{\infty}) for all  e \ge 1. Finally,  \mathrm{GF}(p^{\infty}) is the algebraic closure of  \mathrm{GF}(p^{e}) for any  e \ge 1.

("is a contained in"は"is contained in"ではないか?と思うが、気にしない方向で・・・)

証明はそこまで難しくないので、詳しくは引用先[5]を参照されたい。1つコメントしておくと、先ほど考えたような埋め込みの仕方が複数通りあるということは特に気にする必要がなく、なんでもよいので包含関係さえ成り立っていれば良さそうな感じだった。

まとめ

本稿では有限体の代数的閉包について考えた。その過程で、有限体同士の包含関係に関する微妙な問題について議論した。結論として、微妙な問題はあるものの概ね標数が同じ有限体の和集合を無限に取っていけばそれが代数閉包だということが分かった。

当初疑問に思っていたところは解消されたので、目的は達せられたと言える。ただし、Sageのドキュメントを読んでいて追加で気になったことが出てきたので、それについては次回書こうと思う。