今度こそテンソルの共変・反変を理解する(ベクトル編)

はじめに

前回に引き続き、本稿でもテンソルについて考えてみたいと思う。本稿の目的は、前回掲げた4つの疑問のうち3つ目を解消することである。以下に疑問の内容を再掲する。

テンソルには共変テンソルと反変テンソルの2種類があるが、これらは何者なのか?

書き始めてみると思いのほか長くなってしまったので、記事を何回かに分けることとし、本稿では1階のテンソルであるベクトルの共変・反変について考えてみたいと思う。

前回の記事ではテンソルが座標系(もしくは基底)に依存しない量であることを述べた。しかしながら、実際にテンソルが使用される場面においては、適当な座標系を用いることが多いように思う。テンソルの共変・反変というのは、テンソルを表現するためのある座標系を別の座標系に変換する際に現れる概念である。以下で順を追って調べていこう。

なお、本稿ではアインシュタインの規約は使用しない。記述が簡潔になるというメリットを捨ててでも、私のような初学者に分かりやすくするためである。その点、ご了承頂きたい。

また、以下の議論は文献[1][2]を参考にしていることを始めに述べておく。特に、岡部先生が書かれた文献[2]は分かりやすいのでおすすめである。

正規直交座標のスケール変換における共変・反変

正規直交基底とその係数

一般のテンソルの議論に比べてベクトルが簡単だとは言っても、いきなり難しい座標系から始めると訳が分からなくなるので、まずはおなじみ \mathbb{R}^2の正規直交座標系、及び標準基底 {\bf e}_1 = (1\ 0)^T, {\bf e}_2 = (0\ 1)^Tから考えてみよう。以下、 \mathbb{R}^2の元は列ベクトルであるとする。これらの基底を用いると、 \mathbb{R}^2の任意のベクトル {\bf x}は、実数 A^1, A^2を用いて以下のように書ける。

 \displaystyle{
{\bf x} = A^1 {\bf e}_1 + A^2 {\bf e}_2
}

この式において、 A^1, A^2の右肩の数字はべき乗を表しているのではなく、単なる添字である。共変的な振る舞いをする量の添字は右下に、反変的な振る舞いをする量の添字は右上に書くのが慣習となっており、ここでもそれに合わせている。今は、添字だということだけ分かれば十分である。

ここで、新たな座標系として (x', y') = (x/3, y/3)という座標変換によって得られるものを考える。また、それに合わせて基底の長さ(ノルム)をそれぞれ3倍にした新しい基底 {\bf e}'_1 = 3{\bf e}_1, {\bf e}'_2 = 3{\bf e}_2を考える。そうすることで、新しい座標系においてx'やy'が1増えたとき、それは基底の長さ分だけ座標が移動することになる。このように、ある1つの座標パラメータ(ここではx'かy')が1増えた時の移動幅、及び移動方向に一致するようなベクトルの組を自然基底と呼ぶ。ようは、座標パラメータが整数になるようなところでグリッドを描いたとき、それとリンクするような基底が自然基底である。

上記のベクトル {\bf x}は新しい基底 {\bf e}'_1, {\bf e}'_2を用いても表すことができるわけだが、ここで重要なのは、どの座標系を用いようともベクトルそのものは変わらないということである。考えている座標系と基底が変わることで、その座標系でのベクトルの見え方は変わるが、それはベクトルそのものが変化しているのとは異なる。すなわち、 {\bf x} {\bf e}'_1, {\bf e}'_2を用いて以下のように表すことができる。

 \displaystyle{
{\bf x} = \frac{A^1}{3} {\bf e}'_1 + \frac{A^2}{3} {\bf e}'_2
}

 {\bf e}_1, {\bf e}_2を用いた式と見比べると、基底のノルムが3倍になった代わりに、係数が1/3になっているのが分かる。このように、あるベクトル空間における基底の係数は、その基底の変化と逆向きに動くため、反変成分と呼ばれる。

双対基底ベクトルとその係数

次に、上で考えたベクトル空間 \mathbb{R}^2の双対空間を考えてみる。この場合、双対空間は \mathbb{R}^2 \to \mathbb{R}という線形写像全体の集合からなるベクトル空間である。双対空間の基底としてはいろいろなものを考えることができるが、ここではその中でも特別な基底として、双対基底というものを考える。双対基底とは、元の空間の基底に対して二重直交性を満たす基底のことである。すなわち、 \phi^1, \phi^2を双対基底とすると、以下が成立する。

 \displaystyle{
\phi^j({\bf e}_i) = \delta_i^j\ (i, j = 1, 2)
}

 \delta_i^jクロネッカー \deltaである。今は元の空間の基底として正規直交基底を考えているが、一般には基底は一次独立かつ空間を張れば良いのであって、必ずしも互いに直交しているとは限らない。それに対し、双対基底は必ず二重直交性を満たすというのがポイントである。

ここで、双対空間上の任意のベクトル {\bf y}を考える。これは、元の空間と同様に、実数 B_1, B_2を用いて以下のように書ける。

 \displaystyle{
{\bf y} = B_1 \phi^1 + B_2 \phi^2
}

この時、先ほどと同様に元の空間の基底のノルムが3倍になると、双対基底は二重直交性を満たすように変化しなければならない。すなわち、 \phi^1 \to \frac{\phi^1}{3}, \phi^2 \to \frac{\phi^2}{3}と変化することになる。変化後の双対基底を \phi'^1, \phi'^2とすると、先ほどのベクトル {\bf y}自体は、やはり基底の変化に対して不変でなければならないため、以下のように書ける。

 \displaystyle{
{\bf y} = 3B_1 \phi'^1 + 3B_2 \phi'^2
}

これより、双対基底自体は元の空間の基底と逆向きに変化し、双対基底の係数は元の基底と同じように変化することが分かった。そのため、双対基底は反変ベクトル、双対基底の係数は共変成分と呼ばれるのである。

以上が、比較的簡単なケースにおける共変・反変の概念の説明である。制限が多い状況ではあるが、共変・反変の感覚はこれで概ね掴むことができただろう。

一般の座標系・座標変換の場合

ここまでは導入として、座標系の縮尺を変えた場合に起こる現象について考えてみた。しかし、一般に座標変換と言ったら回転のようなものなども考えられるだろう。また、そもそも極座標のように曲線座標系になってしまうと、まっすぐな基底が取れないということも起こり得る。ここでは、そのような一般的な状況における共変・反変ベクトルについて考えてみよう。

微小なベクトルを用いた座標変換の記述

曲線座標系まで含めた一般的な状況を考えようとすると、もはや先ほどのようにベクトルを基底を用いて表すことは不可能のように思われる。しかし、ごく微小なベクトルに対してであれば、それは可能な場合がある。そのための前提として、ここで考える座標変換は全て C^1級の写像であり、また曲線座標系を考える場合は、極座標のように滑らかな曲線で座標グリッドが描けるようなものを想定する。

まずは微小なベクトル d{\bf x}を考える。この時、このベクトルの座標上の位置に応じて、ごく局所的な範囲においてのみ、基底ベクトルへの分解を考えることができる。これは、曲線座標系であっても、微小な領域だけに注目すれば、近似的に斜交座標系だと見なせるからである。このとき、どのような基底を考えるかが問題になるが、ここでは各座標グリッドの接線方向正の向きのベクトルを考えることにする。また、それらのノルムはその局所的な座標グリッドの幅に対応するものとする。このような局所的な基底も、やはり自然基底と呼ばれる。この座標近傍での自然基底を {\bf e}_1, {\bf e}_2, \cdots, {\bf e}_n\ (n \in \mathbb{N})とすると、 d{\bf x}は以下のように書ける。

 \displaystyle{
d{\bf x} = \sum_{i=1}^{n} dx^i {\bf e}_i
}

ここで、 d{\bf x}を別の座標系でも表現してみよう。新たな座標系における d{\bf x}の近傍での基底を {\bf e}'_1, {\bf e}'_2, \cdots, {\bf e}'_nとすると、 d{\bf x}は以下のように書ける。

 \displaystyle{
d{\bf x} = \sum_{\mu=1}^{n} dx'^{\mu} {\bf e}'_{\mu}
}

さて、ベクトルはどのような座標系でも同じなのだから、上で示した2つの式は一致するはずである。すると、以下が成立する。

 \displaystyle{
\sum_{i=1}^{n} dx^i {\bf e}_i = \sum_{\mu=1}^{n} dx'^{\mu} {\bf e}'_{\mu}
}

そろそろ、ここで何をやりたいのかを述べておこう。最初に示した簡単な例では、基底ベクトルを3倍にしたときに、基底の係数やら双対基底やらがどうなるかを調べた。3倍にするというのは星の数ほどある座標変換のうちの1つに過ぎないため、これをもっと一般化したい。そのために、より抽象的な形で、ある座標系から別の座標系に移ったとき、それらの基底の間にどのような関係があるのかをまず調べる。そして、それに応じてベクトルの係数やら双対基底やらがどのように変化するかを調べるのが目的である。

この目的を考えると、最後の式をもう少しすっきりさせたい。そこで、全微分を用いることを考える。座標変換は C^1級の写像であると仮定したから、以下が成り立つ。

 \displaystyle{
dx^i = \sum_{\mu=1}^{n} \frac{\partial x^i}{\partial x'^{\mu}} dx'^{\mu}
}

これを先ほどの式に代入すると、以下のようになる。

 \displaystyle{
\begin{eqnarray}
\sum_{i=1}^{n} \sum_{\mu=1}^{n} \frac{\partial x^i}{\partial x'^{\mu}} dx'^{\mu} {\bf e}_i &=& \sum_{\mu=1}^{n} dx'^{\mu} {\bf e}'_{\mu} \\
\sum_{\mu=1}^{n} \sum_{i=1}^{n} \frac{\partial x^i}{\partial x'^{\mu}} dx'^{\mu} {\bf e}_i &=& \sum_{\mu=1}^{n} dx'^{\mu} {\bf e}'_{\mu} \\
\sum_{\mu=1}^{n} \sum_{i=1}^{n} \frac{\partial x^i}{\partial x'^{\mu}} dx'^{\mu} {\bf e}_i - \sum_{\mu=1}^{n} dx'^{\mu} {\bf e}'_{\mu} &=& 0 \\
\sum_{\mu=1}^{n} dx'^{\mu} \left( \sum_{i=1}^{n} \frac{\partial x^i}{\partial x'^{\mu}} {\bf e}_i - {\bf e}'_{\mu} \right) &=& 0
\end{eqnarray}
}

これが座標変換前後の基底ベクトルの間に成り立つ関係式である。文献[2]によれば、これより以下の式が成り立つようである(追記1参照)。

 \displaystyle{
{\bf e}'_{\mu} = \sum_{i=1}^{n} \frac{\partial x^i}{\partial x'^{\mu}} {\bf e}_i
}

これがベースとなる基底の変換公式である。最初の例で言えば、これが基底をそれぞれ3倍することに相当する。これと同じような変換が成り立つ量は共変的であり、逆の変化をするものは反変的なのである。

座標変換の対称性

上で求めた関係式と似たものを、逆方向の座標変換に対しても考えることができる。先ほどと同様に、全微分の性質から以下が成立する。

 \displaystyle{
dx'^{\mu} = \sum_{i=1}^{n} \frac{\partial x'^{\mu}}{\partial x^{i}} dx^{i}
}

これを用いて基底の間の関係を整理すると、以下のようになる。

 \displaystyle{
{\bf e}_{i} = \sum_{\mu=1}^{n} \frac{\partial x'^{\mu}}{\partial x^{i}} {\bf e}'_{\mu}
}

これを見ると、順方向の座標変換と対称な形になっていることが分かる。

双対基底の変化

一般的な座標変換の状況下において、双対基底がどのように変化するかを調べてみよう。まず、座標変換前は以下の式が成り立っている。

 \displaystyle{
\phi^{j}({\bf e}_{i}) = \delta^{j}_{i}
}

ここで、両辺に \frac{\partial x^i}{\partial x'^{\mu}}をかけてiについて総和を取ってみる。

 \displaystyle{
\begin{eqnarray}
\sum_{i=1}^{n} \frac{\partial x^i}{\partial x'^{\mu}} \phi^{j}({\bf e}_{i}) &=& \sum_{i=1}^{n} \frac{\partial x^i}{\partial x'^{\mu}} \delta^{j}_{i} \\
\phi^{j}\left(\sum_{i=1}^{n} \frac{\partial x^i}{\partial x'^{\mu}} {\bf e}_{i} \right) &=& \frac{\partial x^j}{\partial x'^{\mu}} \\
\phi^{j}({\bf e}'_{\mu}) &=& \frac{\partial x^j}{\partial x'^{\mu}}
\end{eqnarray}
}

さらに、両辺に \frac{\partial x'^{\nu}}{\partial x^j}をかけてjについて総和を取ってみよう。

 \displaystyle{
\begin{eqnarray}
\sum_{j=1}^{n} \frac{\partial x'^{\nu}}{\partial x^j} \phi^{j}({\bf e}'_{\mu}) &=& \sum_{j=1}^{n} \frac{\partial x'^{\nu}}{\partial x^j} \frac{\partial x^j}{\partial x'^{\mu}} \\
\left(\sum_{j=1}^{n} \frac{\partial x'^{\nu}}{\partial x^j} \phi^{j}\right)({\bf e}'_{\mu}) &=& \sum_{j=1}^{n} \frac{\partial x'^{\nu}}{\partial x'^{\mu}} \\
\left(\sum_{j=1}^{n} \frac{\partial x'^{\nu}}{\partial x^j} \phi^{j}\right)({\bf e}'_{\mu}) &=& \delta^{\nu}_{\mu}
\end{eqnarray}
}

最後に、 \phi'^{\nu } = \sum_{j=1}^{n} \frac{\partial x'^{\nu}}{\partial x^j} \phi^{j}と置けば、以下の式が得られる。

 \displaystyle{
\phi'^{\nu }({\bf e}'_{\mu}) = \delta^{\nu}_{\mu}
}

これが双対基底の変換式である。変換の際に利用する偏微分係数が、もとのベクトルのものと分子分母が逆転しているので、双対基底は反変ベクトルと呼ばれるのである。

係数の変化

これまでの議論で、以下の全微分の式が登場した。

 \displaystyle{
dx'^{\mu} = \sum_{i=1}^{n} \frac{\partial x'^{\mu}}{\partial x^{i}} dx^{i}
}

 dx^iは元の空間の基底の係数であり、上記の式は元の空間における係数の変換式と見ることができる。ここで登場する微分係数は、基底の変換の際に登場するベースの微分係数と分子分母が逆転しているため、元のベクトル空間の基底の係数は反変成分であると言われる。

また、双対基底が反変ベクトルであり、かつ二重直交性を満たすことから、双対基底の係数は共変成分となることが分かる。

共変・反変の相対性

ここまで、あるベクトル空間での座標変換に対して、双対空間のベクトルがどのように振る舞うかを見てきた。しかし、双対空間の双対空間は元のベクトル空間であることを考えると、そもそも最初から双対空間の方を基準に考えれば、上で議論した共変・反変の考え方は全て逆になる。このように、共変・反変という概念は相対的なものなのである。

まとめ

以上、座標変換の際の振る舞いから、ベクトルの共変・反変について述べた。共変・反変は双対空間とも深く関係しており、強い対称性を持った美しい概念であると感じた。

今回はベクトルの説明のみに留まったが、次回はいよいよ高階のテンソルについて考えてみたいと思う。また、本稿では例を説明出来なかったが、興味のある方は文献[2]を見ていただくと良い。

追記1

最初、なぜこの式が成立するのか分からなかったが、Twitterにてフォロワーの方に理由を教えて頂いたので、それについて追記する。

ここで考えている微小なベクトル d{\bf x}というのは、どんな方向のベクトルでもよいのである。すなわち、 dx'^1以外の dx'^{\mu} = 0\ (\mu=2, 3, \cdots, n)のようなものでもよい。この場合、以下の式が成立する。

 \displaystyle{
\begin{eqnarray}
dx'^{1} \left( \sum_{i=1}^{n} \frac{\partial x^i}{\partial x'^{1}} {\bf e}_i - {\bf e}'_{1} \right) = 0
\end{eqnarray}
}

これの両辺を dx'^{1}で割れば、 \mu=1について求めたかった式が得られる。このような塩梅で、どんな dx'^{\mu}の組に対しても本文中に示した関係式が成り立つようにしようとすると、結局 {\bf e}'_{\mu} = \sum_{i=1}^{n} \frac{\partial x^i}{\partial x'^{\mu}} {\bf e}_i以外に解はありえないのである。