今度こそテンソルの共変・反変を理解する(高階のテンソル編)
本稿は前回の記事の続編である。前項では、最も基本的なテンソルであるベクトルの共変・反変について述べた。簡単におさらいすると、座標変換によって自然基底がどのように変換されるかを調べ、それと比較してベクトルの係数や双対基底の変化の仕方が同じかどうかによって、共変・反変が決まるのであった。
本稿ではさらに高階のテンソルにおける共変・反変の概念について考えてみたいと思う。
2階のテンソルにおける座標変換
高階のテンソルと言っても、いきなり一般の階数から考え始めるとわけが分からなくなるので、まずは2階のテンソルから考えてみる。容易に予想されるのは、2階のテンソルにおいてもまずは元のテンソル積の空間における座標変換から議論が始まり、それに応じて何か双対的な空間の振る舞いが決まっていくのだろうということである。というわけで、まずは元のテンソル積における座標変換を考えてみる。
Vを適当な体K上のベクトル空間とする。このとき、テンソル積を考える。ここで別の空間Wを持ちだしてを考えてもよいのだろうが、そこまで議論が大きく変わるとは思えないので、本稿ではに着目することにする。
ある座標系におけるVの自然基底をとする。これを別の座標系に変換したとき、変換先の座標系における自然基底をとする。ここで、変換後の自然基底を適当に2つ選び、それらのテンソル積を考える。選ばれた自然基底をとすると、テンソル積は以下のように計算できる。
最後の等号はテンソル積の双1次形式としての性質による。この式の美しさをなんと表現したらよいのだろう。テンソル積の2つのオペランドに掛かっていたシグマと偏微分係数が綺麗にテンソル積の外に出され、極めて簡潔な形となった。
次に、双対空間について、テンソル積考えてみよう。元の空間の双対基底を、座標変換後の双対基底をとする。座標変換後の双対基底を適当に2つ選び、それらをとすると、これらのテンソル積は以下のようになる。
見事に元の空間のテンソル積と対称な形となった。偏微分係数の分子・分母がどちらもひっくり返っており、まさにこれが反変テンソルとなるのである。
さて、における座標変換に対して、の振る舞いが反変的であることが分かった。これで議論は全て終わったように思えるが、実はそうではない。2階以上のテンソルの場合、さらに混合テンソルというものが存在する。すなわち、という空間を考えることができるのである。実際の計算はせずとも、偏微分係数が共変的なものと反変的なものが入り交じることになるのは、ここまでの議論で容易に想像できるだろう。テンソル積はとにかく自由な双1次形式なのだ。
実は、前回の記事でクロネッカーのをと書いていたのは、これを混合テンソルと考えていたからである。例えば双対基底の性質からが成立していたが、ここでは共変テンソルと反変テンソルからクロネッカーのが得られるので、混合テンソルとして表現しているのだろう。
さて、そうなるとというテンソル積も考えたくなるのが人間というものだが、これは考える必要がない。なぜなら、という同型が成立するからである。この事実の証明については文献[2]を参照のこと。この同型により、テンソル積は全て共変的なものを前に、反変的なものを後ろに書くという、ある種の標準形のようなものだけを考えれば良いことが分かる。
テンソル空間
ついに一般の階数のテンソルを考えるときが来た。テンソルには共変・反変・混合の3つが存在することが分かったが、一般のテンソルでは共変と反変の割合がいろいろあり得る。一般に、について、m階の共変テンソルとn階の反変テンソルが混ざり合ったようなテンソルをm階共変-n階反変であると言い、このようなテンソル全体の空間をテンソル空間と呼ぶ[1]。共変、反変テンソルがそれぞれに属するとき、テンソル空間は以下のように書ける。
これが高階のテンソルの正体である。
まとめ
ベクトルの共変・反変の議論を用いながら、高階のテンソルの共変・反変について考察した。高階のテンソルではさらに混合という概念が存在するが、結局はテンソル積の各オペランドがそれぞれ独立に共変・反変っぽく振る舞うというだけのことであり、ベクトルでの議論が分かっていれば何も怖くはない。
前回と今回の記事では、計量テンソルには触れることが出来なかった。これはこれで物理などでテンソルを扱う際に重要な概念なのだが、共変・反変の心を理解するだけの目的であれば不要であると考え、議論の簡潔さを優先して敢えて持ち出さないようにした。興味がある方は調べてみると良いだろう。
次回はいよいよテンソル積の随伴性の謎に迫ってみたいと思う。というわけで、また時間を見つけながら勉強の日々だ。