測度論がちょっと分かった気がする ~完全加法族から可測関数まで~
私が初めて測度論を勉強したとき、それはルベーグ積分の準備として勉強したのだが、なんだか良く理解出来なかった覚えがある。
測度論がやろうとしていることはなんとなく分かる。一番最初のモチベーションは、やはり面積や体積のような概念を数学的に厳密に定めることだろう。そうすることで、いくつかのへんてこな集合に対しても面積や体積のようなものを考えることができたり、逆に面積や体積を与えることが出来ない集合がどんなものかが分かったりする。
しかし、これはどうやらルベーグ測度と呼ばれるものの話であり、一般に測度というともっと抽象的なものを指すらしい。では、測度とは一体何なのだろうか?
次なる疑問として、測度の議論の中では完全加法族、可測集合、可測関数などといったキーワードが必ず登場する。これらは一体何者で、測度とどういう関係があるのだろうか?
また、ルベーグ測度に話を限ると、外測度までは理解できる。集合を区間で近似するという極めてシンプルな考え方だ。しかし、内測度の話になった瞬間に、突然カラテオドリがどうとか言い出して、途端に分からなくなる。さらにそこから唐突に登場するボレル集合にノックアウトされて、結局よく分からない気持ちになるのである。
以上がこれまでの私の体たらくなのであるが、ここ最近、確率論を勉強する流れで測度論を勉強しなおして、やっと前述した疑問が晴れてきた。本稿では測度論について私が理解したところをまとめてみる。
可測空間
測度とはざっくり言えば面積や体積のような概念を一般化したものである。具体的にはルベーグ測度のように本当に面積や体積を定めるためのものもあれば、確率測度のように事象に対して確率を定めるようなものもある。
ただし、測度というのはどんな集合にでも与えられるものではない。一部の病的な集合には測度を与えられない事がある。
測度論における重要な考え方は、「測度が考えられる集合を明確に定めて、その上で議論する」ということである。測度を与えられないような病的な集合は最初から議論のステージに上げないことで、秩序ある世界を作り上げるのである。
測度を与えることができるような空間を可測空間という。これは2つのパラメータで決まる。すなわち、ベースとなる集合と完全加法族である。以下に定義を示す[1]。
(K1)
(K2) ならば. ただし, ,
(K3) ならば
を満たすことをいう. 集合との完全加法族の組を可測空間と呼び, の各元を可測集合と呼ぶ.
完全加法族のことを-集合体と呼ぶこともある[2]。
測度空間
土台となる可測空間が整ったので、この空間に測度を与えてみよう。可測空間に測度を与えたものを測度空間という。定義を以下に示す[1]。
(S1) , ,
(S2) が互いに素ならば
を満たすものを, 上の測度と呼ぶ. また, 三つ組を測度空間と呼ぶ.
なぜ完全加法族を考えるのか
測度空間の定義によれば、測度は完全加法族に属する集合に対してのみ考えるということになる。では、完全加法族を考えるモチベーションは何だろうか?
素直に考えれば、測度の定義が意味を成すような集合を考える必要はあるだろう*1。そう考えると、まず測度の条件S1にての測度を0と決めているのだから、少なくともは可測である必要がある。
次に条件S2について、が可測でなければの値について論じることが出来ないから、これも可測であって欲しい。
これより、測度を定める集合族として完全加法族の条件K1の一部とK3を満たすようなものを選びたくなる気持ちは分かった。しかし、K1の残りの条件 (集合自体が可測であること) とK2を満たして欲しい気持ちが分からない。正確には、K2さえ満たされればが可測となるので、結局私の疑問はなぜ条件K2を満たしていて欲しくなるのか?ということに尽きる。
これは確率測度なら当然の欲求だろう。事象の確率をとすれば、というようににも確率が定まっていて欲しい。しかし、測度一般について本当に条件K2を満たしている必要性はあるのだろうか?
結局、これに対して明確な答えはなくて、単に条件K2を課すことで測度を求められる集合がぐっと増えて、使い勝手が良いのだろう。例えば、K2のお陰でも可測となるので、可測集合の共通部分に対しても測度を定められるようになる。
可測空間の間の写像
数学的な議論において新しい空間が出てくれば、次はそれらの間の写像を考えたくなるのが常であろう。可測空間から可測空間への写像のうち、可測空間としての構造を保つような写像を可測写像と呼ぶ。定義を以下に示す[2]。
可測関数と可測写像の関係
上で述べた可測写像というのは、 (私だけかもしれないが) 正直あまり耳慣れない概念だろう。よく目にするのは可測関数の方である。可測関数の定義を以下に示す[1]。
を満たすことをいう.
結論から言うと、可測関数は可測写像の特別な場合である。可測写像はある可測空間から別の可測空間への写像なのであった。可測関数の場合、は何でも良く、かつである。すると、問題はにどのような完全加法族を考えるかということになる。
ボレル集合
可測関数の定義をなんとか可測写像の定義と結びつけて考えてみよう。もし任意のについてが可測ならば、これらのによる逆像が可測であるという条件を課すことでが可測写像の定義を満たすようにできる。つまり、前述の可測関数の定義を満たす関数が可測写像の定義も満たすようにするためには、完全加法族としてとなるようなものを考えればよい。
ここで、と1点集合の和集合も可測だから、となる (追記1参照)。また、も可測となる。さらに、可測集合の共通部分も可測になるから、任意のについてが可測となる。つまり、の任意の開区間が可測となる。の開区間全体の集合はのユークリッド距離に関する位相の開基となるため、結局にはの全ての開集合が含まれることになる。
このような集合族はボレル集合体と呼ばれる。定義を以下に示す[2]。
ここで、集合から生成される完全加法族 (または-集合体) とは、集合を含む最小の完全加法族だと思って頂ければよい。
次元ユークリッド空間のボレル集合には特別に名前が付いている。以下にそれを示す[2]。
結局、可測関数とは可測空間からへの可測写像のことを言っているのである。
まとめ
本稿では測度とは一体何者なのかということについて述べた。結局、測度とは集合と完全加法族の組である可測空間において、完全加法族の元に対して良い感じの値を返す関数のことであった。また、可測関数とは可測空間の間の写像である可測写像の特別な場合であることを述べた。
本稿では測度の一般論に終始してしまい、ルベーグ測度に関する疑問には触れられなかった。これについては次回の記事で考えてみたいと思う。
追記1
ボレル集合の議論において1点集合がに含まれることを暗に仮定してしまっていた。念のためこの事実を確認しておこう。
なので、完全加法族の性質よりである。よってとなる。
*1:測度が先か完全加法族が先かは実のところよく分からない。