代数幾何学で遊ぼう ~なぜZariski位相を使うのか~

前回に続き本稿でも代数幾何学について考えてみる。今回のテーマはZariski位相である。

代数幾何学と言えば必ずと言って良いほどZariski位相が登場する。Zariski位相は多項式の集合の共通零点によって定められ、確かに代数多様体に入れる位相として相応しいような気がする。

しかし、本当にZariski位相でなければダメなのだろうか?代数幾何学を議論する上で、なぜ通常の位相ではなくZariski位相を持ち出したくなるのだろうか?本稿ではそのモチベーションに迫ってみたいと思う。

定義

 k代数的閉体とし、 {\bf A}^n = k^n n次元アフィン空間とする。Zariski位相の定義を本[1]から引用する。

Zariski位相
 {\bf A}^nに代数的集合を閉集合とする位相を入れる. この位相を {\bf A}^nのザリスキ位相 (Zariski topology) という.

代数幾何学の主要な研究対象は代数多様体である。代数多様体はアフィン代数多様体の張り合わせで作られるようなので、ここではアフィン代数多様体の定義を示しておく[1]。

アフィン代数多様体 (古典的定義)
 {\bf A}^nの既約な閉集合 Xにザリスキ位相から誘導された位相を入れたものをアフィン代数多様体 (affine algebraic variety) またはアフィン多様体 (affine variety) という.

アフィン代数多様体上の関数

アフィン代数多様体は上で示したようにアフィン空間の部分集合である。今、アフィン空間 {\bf A}^n上の関数をアフィン代数多様体 Xに制限したものを考える。アフィン空間全体で見れば異なる関数 f, gがあったとして、もしこれらが X上で一致するのであれば、両者を区別する意味はない。 X上の関数を考える場合、これらの違いは無視したい。

そこで登場するのが座標環である。定義を以下に示す[1]。

座標環
 {\bf A}^n \supset Xを代数的集合とする.
 \displaystyle{
A(X) = k[X_1, X_2, \cdots , X_n] / I(X)
}
 Xの座標環 (coordinate ring) またはアフィン座標環 (affine coordinate ring) という.

Zariski位相の特徴

Zariski位相の有用性を知るために、Zariski位相が入った空間の特徴をいろいろな角度から調べてみよう。

分離性

Zariski位相が入ったアフィン空間は T_1空間となるが、Hausdorff空間ではない。つまり、普段良く考える距離位相などに比べると、密着度の高い位相空間と言える。

分離性が T_0までは落ちず何とか T_1で踏み留まったのは、空間の各点が閉集合になるようにZariski位相を定義したことによる。実際、Wikipedia[2]には以下のような記載がある。

位相空間 Xに対して、以下の条件はどれもたがいに同値である。

  •  X T_1-空間である。
  • (中略)
  • 各点が Xにおいて閉じている、即ち Xの各点 xに対して単元集合 \{x\}閉集合である。

なお、各点が閉集合であることはHilbertの零点定理から分かる。

ここまでの説明を見て「なんだ、Hausdorff空間じゃないのか。そんな病的な位相を考えて何になるんだ?」と思うかも知れない。私自身、まだHausdorff空間でないことのメリット・デメリットを深くは理解していないが、差し当たり以下の文章を引用しておく[3]。

so basically anything one doesn't understand yet is not very interesting? The Zariski topology is very, very, very natural:
(中略)
Also, it is a misconception that non-hausdorff spaces are pathological.

コンパクト性

Zariski位相が入ったアフィン空間だけでなく、アフィン代数多様体もHausdorff空間ではない。しかし、任意の開被覆から有限開被覆を取ることが出来るので準コンパクト空間になる。

証明は本[1]の演習問題の解答に記載があるが、さすがにそれを引用するのはネタバレのようで気が引けるため、証明は割愛する。

開基

アフィン代数多様体には開基を考えることが出来る。 X \subset {\bf A}^nをアフィン代数多様体 A(X) = k[X_1, X_2, \cdots , X_n] / I(X)を座標環とする。この時、以下のように基本開集合が定義される[1]。

基本開集合
 A(X) \ni f \ne 0に対し
 \displaystyle{
X_f = \{x \in X | f(x) \ne 0\}
}
とおき,  Xの基本開集合 (distinguished open set) という.

これを用いて、開基は \{X_f | f \in A(x), f \ne 0\}と書ける。すなわち、1つの関数から定められる代数的集合の補集合が開基の元となる。

位相の強さ

位相の強さと写像の連続性

位相の強さと写像の連続性の間には関係がある。位相空間 U, Vに対して写像 f: U \to Vがあったとする。このとき、 Vの位相が強ければ強いほど、 fが連続になるために Uに課される条件は厳しくなる。つまり、 fが連続になりにくくなる。

逆に、 Uの位相が強ければ強いほど、連続になるために Vから課される条件に対して対応しやすくなる。つまり、 fが連続になりやすくなる。

多項式関数の連続性

では、 {\bf A}^nにZariski位相を入れた空間における写像の連続性についてはどうなるだろうか?Zariski位相は通常の位相に比べて弱いため、何となくこの空間に定義域を持つような写像は連続になりにくいように思える。

しかし、実は多項式関数は連続になる。以下でそれを確かめてみよう。証明は[4]を参考にした。

 f : k^n \to k多項式関数とする。 kの任意の閉集合 Sに対して、 f^{-1}(S)閉集合であることが言えれば良い。

Zariski位相における閉集合の定義より、 I \subset k[X_1, X_2, \cdots , X_n]が存在して
S = \{x | \forall h \in I, h(x) = 0\}となる。任意の p \in f^{-1}(S)について明らかに f(p) \in Sとなるので、 \forall h \in I, h \circ f(p) = 0となる。多項式関数同士の合成はやはり多項式関数になるので、 \{h \circ f | h \in I \} \subset k[X_1, X_2, \cdots , X_n]となる。

以上により、 p多項式の集合 \{h \circ f | h \in I \}の共通零点として表すことが出来た。 pは任意なので、Zariski位相の定義より f^{-1}(S)閉集合である。

正則写像の連続性

多項式関数を拡張したような概念として正則写像がある。定義を本[1]より引用する。

正則写像
 X \subset {\bf A^m}, Y \subset {\bf A^n}代数的閉体 k上のアフィン代数多様体とし, (中略). 写像 \alpha : X \to Y f_1(x_1, \cdots x_m), \cdots , f_n(x_1, \cdots x_m) \in k[x_1, \cdots , x_m]を用いて  \displaystyle{
\begin{eqnarray}
\alpha : &X& \to &Y& \\
&(a_1, \cdots a_m)& \mapsto &(f_1(x_1, \cdots x_m), \cdots , f_n(x_1, \cdots x_m))&
\end{eqnarray}
} と与えられるとき,  \alpha Xから Yへの正則写像 (morphism) という.

*1

正則写像もZariski位相について連続となる[1]。それだけでなく、Zariski位相は正則写像が連続となり、かつ空間の各点が閉集合となるような最弱の位相になっているようだ[5]。

なぜZariski位相を使うのか?

調べれど答えは見つからず

ここまでZariskiの特徴を見てきたが、結局なぜ代数幾何学ではZariski位相を使うのだろうか?この問いに対するストレートな答えは、頑張ってググっても見つからなかった。Mathematics Stack Exchangeにそれらしい質問[3]が投稿されてはいたが、私が納得できる回答はなかった。

ただ、運良く以下のようなツイートを見つけることが出来た。

なるほど、Zariski位相をより一般に環から作られた位相の一種だと考えれば、多項式環以外から作られた位相と並べてみることでZariski位相の自然さが理解出来るというわけだ。

このツイートはなかなかの説得力があり、これで納得しても良いのだが、せっかくなのでちょっとだけ自分の考えも書いてみる。

空間に位相を入れる目的

そもそも、空間に位相を入れる目的はなんだろうか?これが分からなければZariski位相以前の問題である。

その答えは、連続写像が定義できることである。そして、連続写像を通して、異なる空間同士を位相同型の名の元に同一視出来ることである、というのが私の考えだ。

空間にどのような位相を入れるかは、どのような空間を同一視するか?ということと関係しており、考えたい問題に応じて適切な位相を選択する必要がある。

Zariski位相を入れることの意味

では、Zariski位相を選択する意味とは何だろうか?そもそも代数幾何学多項式環から定まる代数多様体を研究する分野だと考えれば、その文脈で登場する写像の中では多項式関数や正則写像が主役となるのは明白であろう。となれば、これらが連続となるような位相を入れたくなる。

逆に、それ以外の写像が変に連続になってしまうと、代数多様体の間に余計な同一視が生まれる恐れがある。出来る限りそのような不純物が入り込まないよう、正則写像が連続となる位相の中で最弱の位相を入れたくなる。そうすることで、異なる代数多様体を真に代数幾何学的に意味のある方法で同一視することが出来るのである。

ただ、あまりに位相が弱すぎても実用に耐えないので、 T_1くらいの分離性はあった方が良いのだろう。結局、そうして選ばれたのがZariski位相だったのではないかというのが、本稿を書く中で私がたどり着いた答えである。

まとめ

本稿ではZariski位相の基本的な性質を調べた上で、代数幾何学においてなぜZariski位相を使うのかについて考察した。私の出した答えは「Zariski位相が正則写像が連続になり、かつ T_1空間となる最弱の位相だから」というものであった。これが正しいかどうかは分からないが、こういった根本的な疑問の答えを探す営みは理解を助けてくれるので、今後も継続していきたい。

*1:正則写像の英訳ってregular mapではないのだろうか?