今度こそテンソルを理解する
テンソルは難しい
理系の学部出身者であれば、テンソルという言葉を一度は聞いたことがあるだろう。そして、数学やら物理の専門に進むのでなければ、その意味の分からなさに絶望し、理解を放棄した経験があるという人は少なくないのではないかと推察する。少なくとも、私はそうだった。
テンソルはなぜ難しいのだろうか?自分の経験に加えて、たまたま見つけた記事[1]を見て思ったのは、まず第一に定義が複数あり、それらの間のつながりが分かりづらいということである。加えて、テンソルのみを解説した書籍というのが少ないように思う。どうもテンソルというのはあくまで何かをするための道具という扱いであり、それだけを単独で解説するということがあまり行われていないようである。
そこで本稿では、私がテンソルについて個人的に分からないと思っているポイントを挙げ、それらについて順次理解を深めていこうと思う。
テンソルに関する疑問
まず、私が理解できていない事項を具体的に挙げる。
- テンソルと言うと、なんだか添字がたくさんついた量という考え方と、双1次形式と普遍性を用いて得られるものの2つがある。これらは本質的には同じものなのだと思うが、どのように結びついているのか?
- テンソル積とはどういう演算なのか?
- テンソルには共変テンソルと反変テンソルの2種類があるが、これらは何者なのか?
- テンソル積の随伴性とは一体何なのか?
本稿ではまず始めの2つの疑問の答えを探ってみる。
2つの定義におけるテンソルとテンソル積の関係
添字がたくさんついた量としてのテンソル
このケースでは体K上のベクトル空間を考えることが多いようなので、ここでもそうする事にする。
K上の2つのベクトル空間V, Wについて、それぞれの基底を及びとする。この時、V, Wの任意の元v, wはそれそれというように基底を用いて表すことができる。これら2つのベクトル空間の元の間に、テンソル積と呼ばれる以下のような演算を導入することができる。
これは何をしているのかというと、V, Wの各基底ベクトルの間には何らの関係性もないと考えて、V, Wにおける各基底ベクトルの全ての組から新しい元が作られるような演算を規定している。そして、基底から生成される新たな元をと表記しているのである。この辺りの考え方は、自由群なんかと通じるものがある。
このような演算を行ったとき、V, Wの基底の組み合わせによって新しく産み出される元は、全部でmn個存在する。これらはV, Wの全ての元の間でテンソル積を計算することで得られる空間の基底となる。そのようにして得られる空間をV, Wのテンソル積と呼び、と表す。そして、の元をテンソルと呼ぶのである。
の元は、全ての基底の線形結合として書き表すことができる。すなわち、の係数をとおくと、任意の元はと表すことができる。さて、ここで登場した係数には何やら添字がたくさんついており、もともと私がテンソルだと思っていたものに近い存在のように思われる。これはどのように捉えたら良いのだろうか?
ここで、上のベクトルについて考えてみて欲しい。の任意のベクトルは、例えば標準基底を用いてと表すことができる。これを成分で書くとと表すことができる。そして、このように基底ベクトルの係数を並べたもの自体を、やはりベクトルと呼んでいた。
テンソルもこれと同じで、基底の係数を並べたものをテンソルと呼んでいるのだと思われる。上の例で言えば、をテンソルと呼んでいるのである。これこそが、何だか添字がたくさんついた量としてのテンソルの正体である。
双1次形式と普遍性から導かれるテンソル
上で示したテンソルの表現方法は実用上の計算を行う上では便利であるが、表現の仕方が基底の選び方に依存してしまうという難点がある。実のところ、テンソルは基底の取り方には依存しない概念である。また、数学ではより抽象的な概念である加群に対してもテンソル積を定義することがあるが、一般の加群には基底が存在するとは限らない。そのため、基底の取り方に依存しないテンソル積の定義というのも重要である。
そのようなテンソル積の定義として、ここでは文献[3]に載っているものを紹介しようと思う。そのために、まず双1次形式の定義を示す。
右R-加群Xと左R-加群Yに対して、直積集合から加法群Mへの写像は、次の3つの性質をみたすとき、R上の双1次形式と呼ばれる:任意のとに対して、
このとき、以下の定理が成立する。
右R-加群X、左R-加群Yに対して、次の性質(*)を持つ加法群とR上の双1次形式が存在する:
(*)任意のR上の双1次形式に対して、加法群の準同型が一意的に定まり、となる。すなわち、次が可換図式になる(図は省略)
また、性質(*)を持つ加法群は、X, Yに対して、同型を無視すれば一意的に定まる。
上記定理に対して、文献[3]では以下のようにテンソル積*1を定義している。
さて、この定義は一体何を意味しているのだろうか?始めに答えを述べておくと、重要なポイントは以下の3つである。
- 加群の直積からテンソル積への写像は双1次形式を加法群の準同型に変換する写像である。
- 写像自身も双1次形式であり、かつあらゆる双1次形式の中で最も自由である。
- 写像とテンソル積は2つセットで重要な概念であり、これらはある意味でただ一つだけ存在する。
これらを理解するためには、テンソル積の具体的な構成方法を理解する必要がある。そのために、文献[3]の証明を一部抜粋しよう。
直積集合を基底とした自由アーベル群を
とし、次の形の元全体で生成された部分群をとする:
このとき、剰余加法群をと表し、のにおける剰余類をと表す。
この中で、は自然な全射が双1次形式になるように恣意的に構成されている。そして、その自然な全射こそがそのものなのである。すなわち、テンソル積とは自由アーベル群からの全射に対して双1次形式を満たすように制約を課したものであり、かつそれ以外の制約は一切課されていないものだと言うことができる。後者が特に重要であり、この事実こそテンソル積を唯一無二の、最も自由な双1次形式たらしめているものなのである。
例として、テンソル積以外の双1次形式とテンソル積を比較してみよう。ここでは写像を考えてみる。これが双1次形式になっていることは線形代数で学んだところであろう。しかし、この写像には例えばという制約がある。一方、写像については、というように、新たな元が生まれるだけなのである。このように、テンソル積以外の双1次形式には一般に様々な制約が課されており、自由ではないのである。
次に、写像と他の双1次形式の関係について詳しく見てみよう。文献[3]から引用した定理によると、任意の双1次形式に対して、となるような加法群の準同型がただ一つ存在する。このような性質のことを、テンソル積の普遍性と呼ぶ。が双1次形式であることから、に対して、が成り立つ。ここで、の関係式を適用すると、以下の式が成り立つ。
が加法群の準同型であることから、更に以下のように変形できる。
このように、が持っていた双1次形式としての性質は全て写像が引き受け、後にはただの加法群の準同型が残るのである。少々乱暴な言い方をすれば、これは双1次形式を線形写像(のようなもの)に変換していると捉えることができる。そして、このような変換の方法はただ一通りしか存在しないのである。
なお、より明らかであるが、となることは実用上重要なポイントであるため、念の為ここで明示的に述べておきたいと思う。
まとめ
以上、テンソル、及びテンソル積とは何なのか、そしてテンソルの2通りの定義がどのように関連しているのかについて述べた。本文中では言及できなったが、文献[2][4]なんかも参考になると思うので、興味のある方は見て頂くと良いだろう。特に、文献[2]にはテンソル積の計算例が豊富に紹介されており、参考になるだろう。
テンソルについてはまだ共変・反変の謎、及び随伴性の謎が残されているが、それらについては次回以降で取り上げたいと思う。現時点ではまだどちらも理解できていないので、これからまた勉強だ。
参考
[1] mathcommunication.hatenablog.com
[2] http://www.math.uconn.edu/~kconrad/blurbs/linmultialg/tensorprod.pdf
[3]
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*1:文献[3]では「テンサー積」と記載されている。
p進整数となる分数のp進展開
p進整数となる分数をどうp進展開するか
最近p進数について何度か記事を書いていく中で、ふと疑問に思ったことがある。例としての場合を考える。このとき、は5進整数である。なぜなら、5進付値が以下のように0以上になるからである。
では、この数を5進展開すると、どのように表されるだろうか?p進整数のp進展開とは、p進整数を以下のように表すことであった。
一見すると、とすれば良さそうであるが、残念ながらは整数ではない。しかし、5進整数である以上、一意な5進展開が存在するはずである。一体どのようにすれば5進展開できるのであろうか?
無限級数を利用した解決法
上記の疑問について、なかなかよさ気な解決策を思いついたので、それについて書いてみる。なお、概ね私が自分で考えたことなので、合っている保証はないという点はご注意頂きたい。
まず、問題を少し一般化してみよう。すなわち、任意の0でない有理数のうち、p進整数となるものは(は素数、は0以上の整数、、は既約分数であり、はどちらもで割りきれない)と書ける。このとき、がどのようにp進展開されるかを考えてみよう。
が互いに素であることから、を満たす整数が存在する。この時、以下の級数を考える。
これは実数としては正または負の無限大に発散するのであるが、p進数としてはどのような数に収束するかを考えてみる。と置くと、上記級数とrのp進距離は以下のように計算できる。
より、この級数はにp進収束することが分かる。よって、p進数の世界では以下が成立する。
ここで、を変形してとなるので、これを代入すると以下のようになる。
これの両辺にをかけて左辺と右辺を入れ替えると、以下の式が得られる。
左辺はまさにp進展開が知りたかった有理数そのものである。もう少し整理してみる。
ここで、lとmのどちらか片方は定義より明らかに負になる。もしだとすると、の項がiの偶奇によって正になったり負になったりしてしまい、p進展開の定義と合わなくなってしまう。そのため、だと都合がよい。もし偶然となっていればそれでよい。もしの場合は、の両辺を2乗したものを考える。
ここで、と置くと、となっている。また、である。よってを改めてと置き直せば、とできるのである。
これでほぼp進展開が得られた。あとはとなっていればよい。偶然そうなっていればそれでよいし、もしであれば、適宜桁を繰り上げてやれば、p進展開が得られる。が、そこまで考慮して綺麗に定式化する方法が分からないので、あとは具体的な有理数に対して上記の手続きを適用するときに考えることにしよう。
具体例
冒頭で取り上げたを上記の方法で5進展開してみよう。これはとなるので、である。また、を満たすで、となるものを探してみると、が該当することが分かる。これより、以下のような無限級数が得られる。
さて、各iについての係数の絶対値が5以上になってしまっているので、これを順次繰り上げていく必要がある。例えば、とすると、この級数は以下のようになる。
次に、とすれば、以下のように変形できる。
さらに、とすれば、以下のように変形できる。
同じように、とすれば、以下のように変形できる。
これで最後にしよう。とすれば、以下のように変形できる。
結局、をp進展開すると、以下のようになることが分かった。
これを見ると、各桁に1と3が交互に並ぶのではないかと予想できる。これが正しいかどうか計算してみよう。もし1と3が交互に現れるのだとすると、そのような数は1が現れる桁と3が現れる桁をそれぞれ足し合わせることで、以下のように計算できる。
最初の等号はp進数としての収束を表していることに注意して欲しい。以上により、1と3が交互に並ぶという仮説は正しいことが分かった。恐らくだが、通常の有理数と同じように、p進数においても有理数は無限に桁が続いたとしても、それが循環するようになっているのかもしれない。
ちなみに、このようにして得られたp進展開からp進付値は1であることが容易に分かるが、これは冒頭で述べた事実と一致している。
まとめ
以上、p進整数となるような有理数のp進展開について述べた。このように具体的な計算例については、数学書では特に説明されないため、実際に計算することで得られた知見は大変有意義であった。
今回は突然疑問に思ったことを記事にしたくなったため、元々の予定とずれてしまったが、まあそんな日があっても良いだろう。
追記
本文中では、結論としてというように、マイナスが付いた形でのp進展開を行った。これの両辺に3をかけると、となるわけだが、どうにも両者が一致しているような気がしない。また、10の5進展開はのはずであるから、5進展開が2通り存在することになってしまっているようにも見える。p進展開はただ一通りになされるはずであるから、これは何かがおかしい。
この原因は、おそらく5進展開の先頭についたマイナスにある。調べたところ、どうやらp進展開というのはすべて正の数として表現できそうだということがわかった。そこで、この追記では負の数のp進展開について考え、の正の数としての5進展開を示す。
まず、簡単なところからはじめよう。としたとき、3と-3を5で割った余りはそれぞれいくつになるだろうか?3の方は当然余り3であるが、-3の方は余り2になる。なぜなら、のように表せるからである。このように、負の数の剰余を考えると、それは正の数として表現できる。また、自然数に対して、との剰余というのは、一般的には異なる値になる。
ここで、-3の剰余を求めた式を少し変更すると、とも書ける。これは、ある数(ここでは-3)に5の倍数をいくら足しても、5で割った余りは変わらないという事実を表していると考えることができる。すなわち、なのである。
さて、-3を5で割った余りが2だったので、-3と2は5進数として等しいのだろうか?答えは否である。なぜなら、これらは25で割った余りが異なるからだ。2を25で割った余りは2、-3を25で割った余りは22になる。これは、となるからである。ここで、22は5で割った余りが2であり、かつ25で割った余りが22であるため、5進数としては2と比べてより-3に近い数であると言える。また、先ほどと同様の変形をするとが得られる。ある数に25の倍数を足しても、25で割った余りは変わらないため、となるのである。
このようなことを繰り返すと、となることがわかる。これが無限に大きいmについて成立すれば、両者は5進数として等しくなるはずである。は5進展開すると(0がm個)と表せるのだから、 (無限の彼方に1が立っている)という数を-3に足して得られる正の数は、5進数として-3に等しいと言える。これを具体的に計算すると、以下のようになる。
この式の右辺こそが、まさに-3の5進展開となるのである。
では、ここでついにの正の数としての5進展開を考える。要するに、無限の彼方に1が立ったような5進数を足してやればよいのである。
この式に3をかけて、10になるかどうか見てみよう。
おや、先頭の無限に続く0はさておき、値が20になったぞ?というのは当然で、これは5進数表記だからである。5進数表記での20は10進数に直すと10になるので、これは確かにの5進展開を表していたと言える。
結局、本文で示したような負のp進展開を考えてしまうと、p進展開が一意でなくなってしまうので、ここで示したように正の数に直してやらないといけないのだろうと思われる。
もっとも、私が考える程度のことはすでに考えた人がいるようで、分数のp進展開を最初から正の数として求める方法が存在するようである。それについては下記のサイトを参照されたい。
*1:以前の記事と添字の付け方を若干変えているが、同じことである。
p進整数の可視化による逆極限とp進展開の橋渡し
本稿でも引き続きp進整数について述べる。前回の記事で逆極限によるp進整数の定義を述べた。本稿ではまずこれを視覚的に捉え、次いでp進展開との関係について述べる。
p進整数の可視化
p進整数について、を例に考えてみよう。ある5進数rについて、だから、は0, 1, 2, 3, 4の何れかである。ここでは仮にだったとしよう。の定義より、となるが、は自然な全射であるから、これはを5で割った余りがに等しいことを意味する。また、の定義より、となるが、も自然な全射なので、やはりを5で割った余りがになることを意味する。これを繰り返すと、全てのを5で割った余りはに等しくなる。
次に、について考えてみる。であり、かつ上の議論によりを5で割った余りは0だから、は0, 5, 10, 15, 20の何れかである。ここでは仮にだったとしよう。の定義より、となるが、は自然な全射であるから、これはを25で割った余りがに等しいことを意味する。また、の定義より、となるが、も自然な全射なので、やはりを25で割った余りがになることを意味する。これを繰り返すと、全てのを25で割った余りはに等しくなる。
ダメ押しでについても考えてみよう。であり、かつ上の議論によりを5で割った余りは0、25で割った余りは5だから、は5, 30, 55, 80, 105の何れかである。ここでは仮にだったとしよう。すると、これまでの議論と同様に、全てのを125で割った余りはに等しくなる。
これを一般化すると、あるについて、全てのをで割った余りはに等しくなるということが言える。
これまで述べてきたことを可視化してみると、ある5進数rは以下のように表すことができるだろう。
ただし、図の描きやすさの都合上、選択されたオレンジ色の数字を大き目に描いている。この図を見ると、rがまさに何処かに収束していく様子が見て取れるだろう。この収束の様子こそが、まさに逆極限が表していることであり、p進数rそのものなのである。
逆極限から分かるp進整数のp進展開
さて、図をさらによく見ると、あるオレンジ色の箱の中身は、次のステップでは必ず5個の小さな箱に分割されていることが分かる。そこで、オレンジ色に塗られた箱は、それぞれ前のステップでの箱の中で何番目に位置するものであるかを考えてみる。
まず、について、これは(0始まりでカウントすると)0番目の箱である。は、という箱に属するものの中で1番目の箱であることが分かる。さらに、は、という箱の中で3番目に位置していることが見て取れる。
このように、各が前のステップでのオレンジの箱の中で何番目に位置しているかというのを順に調べていくと、各における箱の番号をn桁目の数字とすることで、rを以下のように一意に表すことができる。
これをrのp進展開と呼ぶ。一般に、p進展開は以下のように表すことができる。
一般のp進整数のp進展開では桁数は無限に大きくなり得るわけだが、中にはあるについてとなるような数も存在する。そのようなものは実は通常の整数となっている。また、その場合、ここで示したp進展開は、10進整数を通常の意味でp進数表示した場合と全く同じものになる。このことからも、であることが理解できる。
まとめ
以上、p進整数の具体例について可視化を行うことで、それがどのようにp進展開と結びついていくのかを見た。本稿の説明だけではのp進展開までは説明できていないが、逆極限との関連を視覚的に捉えることを優先し、敢えて省いた。についても分からないことが山ほどあるので、それらについても近いうちに勉強し、明らかになったところで記事にしたいと思う。
参考
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整数環とp進整数環の関係
p進数とは
今日は再び数論について書いてみる。トポロジーの勉強を始める前は数論の本(数論Ⅰ)を読んでいたのだが、これがどうにも消化しきれず、一旦停止していた。本稿では一読して理解しきれなかったトピックの1つであるp進整数について書いてみる。
数論の世界にはp進数と呼ばれる概念がある。私はこの言葉を初めて聞いたとき、てっきり10進数とか2進数とか16進数とか、そういう類の話だと思っていた。しかし、残念ながらこれはちょっと違う。
数論を学んだことがない人にとって、最も基本的な数の構造と言えば実数体であろう。我々は小学生の頃から「数といえば基本は実数」という感覚を暗黙のうちに植え付けられて育ってきた。有理数体とか整数環とか複素数体などももちろん重要であるが、やはり数の基本は実数という感覚がどこかにあるのではないだろうか。そんな常識を打ち破るのがp進数なのである。
そのことを見るために、まずは実数について再考してみよう。実数というのは、を1次元の距離空間だとみなした時に、これを完備化したものだと言うことができる。完備化とは、距離空間が完備になるようにその範囲を広げることを言う。完備距離空間とは、その距離空間内における任意のコーシー列が、その距離空間内に極限を持つようなもののことを言う。
例えば、は完備距離空間ではない。なぜなら、は稠密なのでにいくらでも近い点を取ることができるが、に限りなく近づいていくコーシー列の極限値はであり、これはの元ではないからである。このように、点列の向かう先がその距離空間の範囲をはみ出るようなものは完備でない。
そこで、任意のコーシー列の極限が全てその距離空間内に収まるようにを拡張することを考える。そのようにして作られたの拡大体がの正体である。
ここまでの説明では、コーシー列がある極限に収束すると言った場合、暗黙のうちに通常のユークリッド距離を仮定していた。言い換えれば、をユークリッド距離について完備化したものがなのである。
では、をユークリッド距離以外の距離によって完備化したらどうなるだろうか?実はそこにはとは様子の異なる数の構造が見えてくる。それこそがp進数である。
p進数を得るときに利用する距離はp進距離と呼ばれる。p進距離の定義を理解するために、まずはp進付値とp進絶対値について説明する。ある有理数qが以下のように表されるとする。
ここで、pは素数であり、 (a, bはpで割れない)である。このとき、をqのp進付値と呼ぶ。ただし、とする。また、で表される数をqのp進絶対値と言う。
これでp進距離が定義できる。p進距離とは、有理数に対して、で表される値のことを言う。これが距離の公理を満たしていることの説明は割愛する。
このようにして定義されるp進距離に対してを完備化したものはp進体と呼ばれており、に匹敵するほどの豊かな構造を持っていると言われている。そして、の元をp進数と呼ぶのである*1。
p進整数環
さて、本稿のタイトルからも分かる通り、ここでの主役はあくまでp進整数である。これを定義しておく必要がある。この目的のために、先ほど導入したp進付値をにも拡張しておこう。に対して、有理数の列がrにp進距離について収束する(これをp進収束と呼ぶ)とき、を以下のように定義する。
(この極限の収束に関しては追記を参照。)
このとき、p進付値が0以上となるようなの元をp進整数と呼ぶ。p進整数全体の集合は環を成しており、これをp進整数環と呼ぶ。
整数環とp進整数環の関係
これでやっと本題に入れる。実は、との間には、以下に示すような関係がある。
本稿ではこれの意味するところについて考えてみようと思う。
証明の準備
まずは証明だ。「数論Ⅰ」を見るとこれの証明が書かれているのだが、何度読んでもいまいちピンと来ず、理解が曖昧なままであった。
少し検索してみたところ、参考文献[2]に証明が載っていた。この証明を理解するために、逆極限によるp進整数環の導入について説明する。以下で説明することは一見すると上で説明したと全く異なるように見えるかもしれないが、実際には同じものである。
まず、集合と写像から成る以下のような系列が与えられたとする。
このとき、積集合の以下のような部分集合を逆極限と呼ぶ。
上記においてとし、をからへの自然な全射とすると、以下のような関係が得られる。
具体的な対応関係
整数環とp進整数環の間に上述のような同型が得られたわけだが、証明だけ見てもなんだかよく分からないだろう。同型と言うからには両者の間に環としての1対1対応があるはずだから、それを具体的に探ってみよう。
まずは簡単な方からということで、の方を考えてみる。こちらは位数の環であり、その元はである。
次に、これらの元と対応するの元を考えてみよう。これの元はと書ける。ここで、の場合はであるため、倍の差を同一視したところで違いはない。しかし、の場合はとなることがあり得る。そこで、の各においてを法として合同な数同士を同一視すれば、の元は個の同値類に集約される。すなわちである。そして、においてとなる元を順次と対応させていけば、確かに1対1の対応関係が見えてくることが分かる。
まとめ
以上、整数環とp進整数環の関係について調べてみた。本稿で述べたことはp進数のほんの触りでしかなく、まだまだ奥深い話が山ほどあるようだ。数論マスターへの道は遠く険しい。
追記
文中に登場した以下の極限の収束性について考察する。
結論から言うと、となる。これについて以下で説明する。
前提
があるp進数rにp進収束することより、はp進距離についてコーシー列になる。すなわち、任意の実数に対してあるが存在して、についてが成立する。ここで、となることより、この不等式を以下のように変形できる。
ここで、は任意の正の実数なので、とおけば、を任意の実数と考えてもよい。すなわち、任意の実数に対してあるが存在して、についてが成立する。
以下で、の極限を2つの場合に分けて考察する。
Case 1: 任意の実数についてあるが存在して、についてとなるとき
となり、p進付値は正の無限大に発散する。このとき、となるため、は0にp進収束する。定義においてとしていたので、これは理にかなった結果であると言える。
Case 2: あるについて、どんなに大きなを取っても自然数が存在して、となるようなが存在するとき
同じに対して、仮定よりあるが存在して、についてが成立する。は任意なので、であっても条件を満たすは存在する。この時、任意のについて以下が成立する。
ここで、2つ目の等号はの時しか成立しないので注意が必要であるが、今はその条件を満たしているので問題ない。
は任意なので、結局以下が成り立つ。
すなわち、以降は全てp進付値が一致するため、は収束する。
以上2つのケースをまとめると、冒頭で述べた結果が得られる。
参考
[1]
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ホモロジー群とその計算例
本稿では位相幾何学における基本的な量であるホモロジー群と、いくつかの図形に対するホモロジー群の計算例について述べる。
位相不変量としてのホモロジー群
位相幾何学では、図形を位相空間であると捉え、位相同型な空間同士は同じ図形であると考えるというのが基本である。2つの位相空間A, Bが位相同型であるとは、連続な全単射で、も連続であるようなものが存在することを言う*1。
しかし、どうも一般に2つの空間が互いに位相同型であるかどうかを見分けることは難しいようで、位相幾何学では代わりに位相同型な空間の間で一定に保たれる性質、すなわち位相不変量に着目するようである。位相不変量としては、簡単なところではコンパクト性や連結性などが挙げられるが、ホモロジー群もその1つなのである。
2つの空間の間でこれらの位相不変量が一致することは、それらが位相同型であるための必要条件であるが、十分条件ではない。例えば、2つの位相空間が同じホモロジー群を持っていたとしても、それらが必ずしも位相同型であるとは限らない。しかし、少なくともホモロジー群が異なる空間同士が位相同型ではありえないことは分かるので、その意味でこのような位相不変量に着目することは有用であると言えよう。
ホモロジー群の定義
ホモロジー群の定義を理解するためには、以前の記事でも紹介した境界写像について理解する必要がある。本稿では境界写像については説明しないので、気になる方はググって頂くか、こちらの記事を見ていただきたい。
では、ホモロジー群の定義について述べてみる。位相空間Kのr+1次元鎖群に対する境界写像の像をとおく。また、r次元鎖群に対する境界写像の核をとおく。
一般に、r+1次元鎖cに対してとなることから、以下が成立する。
また、当然かつである。は自由アーベル群であり、かつ一般に自由アーベル群の部分群は自由アーベル群であるから、である。
このとき、以下の式で表される剰余群をr次元ホモロジー群と呼ぶ。
ホモロジー群の意味
ホモロジー群は位相空間の連結性や穴に関係がある。私も不勉強で明確に説明できるレベルには達していないが、例えば0次元ホモロジー群のrank(ホモロジー群のrankをベッチ数とも呼ぶ)は連結成分の数に対応しており、またのベッチ数は1次元的なループによる穴の数、は面により囲まれる3次元空間上の穴の数に対応していたりするようだ。詳しくは本稿の参考文献[2]を参照して頂きたい。
ホモロジー群の計算例
では、具体的にいくつかの図形についてホモロジー群を計算してみよう。初めは手計算を試みたのだが、あまりに大変なので断念し、今回もsageのお世話になることにした。
n次元球面
基本的な図形のいくつかはsageに最初から用意されている。n次元球面もその1つだ。以下のように計算できる。
sage: S1 = simplicial_complexes.Sphere(1) # 1次元球面を取得 sage: S1.homology() # ホモロジー群を計算 {0: 0, 1: Z}
最後の出力は、, であることを示している。しかし、これはなんだかおかしい。というのも、の連結成分は1つだから、にならなければならないはずだ。
sageのマニュアルを見ると、どうもhomology関数はデフォルトではreduced homologyなるものを計算しているらしい。これの正体はいまいち分からないが、普通のホモロジー群を計算するためには、以下のようにオプションを追加してやれば良いようだ。
sage: S1.homology(reduced=False) # Reduced homologyじゃないよ!というオプション {0: Z, 1: Z}
同様に計算してみる。
sage: S2 = simplicial_complexes.Sphere(2) sage: S2.homology(reduced=False) {0: Z, 1: 0, 2: Z}
同上。
sage: S3 = simplicial_complexes.Sphere(3) sage: S3.homology(reduced=False) {0: Z, 1: 0, 2: 0, 3: Z}
n次元球面まとめ
結果を以下の表にまとめる。
- | - | |||
0 | - | |||
0 | 0 |
n次元球面にはn+1次元の穴が1つだけ空いており、それ以外の穴は空いていない。それがのベッチ数に反映されている様子が見られた。楽しい。
トーラス
2次元トーラス(つまり普通のトーラス)も最初から用意されている。
sage: T2 = simplicial_complexes.Torus() sage: T2.homology(reduced=False) {0: Z, 1: Z x Z, 2: Z}
3次元以上のトーラスはプリセットとしては用意されていない。しかし、3次元トーラスはとなるので、1次元球面の直積を計算すればよい。
sage: T3 = S1.product(S1).product(S1) sage: T3.homology(reduced=False) {0: Z, 1: Z x Z x Z, 2: Z x Z x Z, 3: Z}
向き付け不可能な図形
向き付け不可能な図形についてもホモロジー群を計算してみよう。代表的なものとして、メビウスの帯とクラインの壺を取り上げる。
メビウスの帯
残念ながら、メビウスの帯はsageには用意されていない。そのため、頑張って単体分割から計算するしかなさそうだ。メビウスの帯を以下の図のように単体分割してみよう。
赤矢印で示した向きに左右の辺をくっつければメビウスの帯になる。これをsageで計算するには以下のようにすればよい。
sage: M = SimplicialComplex([[1, 2, 3], [3, 4, 1], [4, 3, 5], [5, 2, 4], [2, 5, 1]]) # 三角形を全て指定 sage: M.homology(reduced=False) {0: Z, 1: Z, 2: 0}
ちなみに、本当は三角形の辺とか頂点も含めないと単体複体の定義を満たさないが、これらは自動的に追加されているようだ。
結果を見ると、連結成分が1つで、1次元的なループによる輪っかが1つという、なんとも普通の結果になった。実は、ホモトピー同値*2な位相空間はホモロジー不変となるらしく、メビウスの帯のホモロジー群はと同じになるそうだ。詳細は参考文献[6]の議論を参照のこと。
クラインの壺
こちらはsageに用意されたものがあるので、それを利用しよう。
sage: K = simplicial_complexes.KleinBottle() sage: K.homology() {0: 0, 1: Z x C2, 2: 0}
ここで、Z x C2というのはを意味している。C2という表記は、2次元巡回群(Cyclic group)ということである。
ここで、始めてホモロジー群の中に捩れが登場した。これをどう幾何学的に解釈したらよいだろうか?私自身、まだ体系的に理解しているわけではないが、少なくとも今回のケースでは、クラインの壺を「捻れたトーラス」と捉えることができるのだと思っている。以下の図を見て頂きたい。
左はトーラス、右はクラインの壺を表している。同じ色の矢印で示した辺をこの向きにくっつけることで、それぞれの図形が出来上がる。ここで、クラインの壺は左右の辺の向きが逆になっているのがポイントである。これを同じ向きに揃えてくっつけるためには、まず青矢印の辺をくっつけたあと、ひねりを加えて赤矢印の辺をくっつけなければならない。これがホモロジー群の捩れとして現れているのではないだろうか?
もっとも、これを3次元ユークリッド空間内で実現しようと思うと、自身を貫くような形になってしまうため、本当は4次元空間で考えなければならない。
ここで、「メビウスの帯だって図形的に捩れているじゃないか」という疑問が思い浮かぶ訳だが、メビウスの帯はとホモトピー同値であり、本質的には捩れていなかったのだと考えるしかないのだろう。
まとめ
以上、ホモロジー群の定義と、いくつかの図形における具体的な計算例を示した。やはり具体例を見ることで現象への理解は格段に深くなる。ホモロジー群の捩れを一般的にどう解釈したらよいのかはまだ未知であるが、それはおいおい考えてみよう。
参考
[1]
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[2] http://www.npo-tsubasa.jp/okawa/2014/okawa1.pdf
[3] Reduced homology - Wikipedia
[4] Finite simplicial complexes — Sage Reference Manual v7.6: Cell complexes and their homology
[5] http://infohost.nmt.edu/~iavramid/notes/topicsdiffgeom-simplhom.pdf
有限生成アーベル群の捩れがrankと無関係な理由
有限生成アーベル群のrank
今日もトポロジーの本を読んでいて得られた副次的な知見について書いてみたいと思う。それは、有限生成アーベル群のrankにまつわる話である。有限生成アーベル群の基本定理により、任意の有限生成アーベル群Gは以下の形の群と同型になる。
ここで、とはというようにのr個の直積を表す。このとき、rをGのrankと言う。
さて、このrankという概念には、Gの捩れ元、すなわちの部分は一切関係しない。これはなぜなのかというのが本日の主題である。
rankと一次独立性
恐らく多くの人がrankという言葉を初めて聞くのは、線形代数においてであろう。行列のrankと言った時に、それは様々な解釈の仕方があるが、例えば行列の行、または列の中に一次独立なベクトルが最大で何本取れるかということを表していたりする。このように、rankとは一次独立性と関係がある概念なのであるが、実はそれは有限生成アーベル群においても同様なのである。ただし、捩れ元のせいで様子は少し奇妙なことになる。
Gの生成元をであるとし、各はを生成し、各はを生成するとする。このとき、これらの生成元のうち、一体いくつの元が一次独立であるかを考えてみる。もし全ての生成元が一次独立であれば、それらの生成元の線形結合が0になるのは係数が全て0の時のみである。すなわち、以下のような方程式の解がのみとなる。
しかし、実はこれは正しくない。なぜなら、後半の生成元は位数有限であり、以下のようにしても上記の線型結合の値を0にできるからである。
本当に係数を0にしないと線型結合が0にできない部分というのは生成元の前半部分のみである。これがGのrankをrだと考える理由である。
まとめ
以上、有限生成アーベル群のrankは生成元のうち一次独立なものの個数を表しているというお話であった。位数無限の生成元だけでは群全体を生成することができないのに、一次独立になるのはそれらの生成元だけだというのは、線形代数の感覚からするとなんとも奇妙である。それ故に面白い。
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