鎖群の境界写像の境界っぽさを味わう

最近、読みたいと思っていたトポロジーの本(本稿末尾を参照)を図書館で見つけたため、急遽トポロジーの勉強を始めた。トポロジーとは、位相同型な図形(正確には位相空間)の間に存在する不変量を研究する分野である。大事な位相不変量としてホモトピーホモロジーが挙げられるが、本稿ではそのうちホモロジーに関する話題を取り上げる。

主題

位相空間の性質を調べる際に、その空間そのものを調べるのではなく、代わりにその空間を基本的な図形である単体に分割したもの(これを複体と呼ぶ)を考えることで、見通しがよくなる場合がある。単体は次元ごとに存在し、また向きを考えることができる。向きを与えられた単体を有向単体と呼ぶ。ある複体に含まれるr次元単体に向きを付けたr次元有向単体の線形結合全体は群を成し、これをr次元鎖群と呼ぶ。r次元鎖群には境界写像と呼ばれる写像を考えることができ、これを適用することでr-1次元鎖群が得られる。

境界写像はその名前から察するに、何かの境界を取得するための写像だと考えられる。そこで、本稿では境界写像を簡単なr次元鎖に適用することで、境界写像の境界っぽさを体感してみたいと思う。

基本的な概念

単体と複体

以下、簡単のためにn次元ユークリッド空間 \mathbb{R}^nで考える。

まず単体を定義しよう。 a_0, a_1, \cdots , a_r \mathbb{R}^n内のr+1個の点であり、かつこれらはr-1次元以下の部分空間に含まれることがないとする*1。このとき、r次元単体( r \le n)とは以下で表される集合である。

{ \displaystyle
\left\{ \sum_{i=0}^r \lambda_i a_i \middle| \sum_{i=0}^r \lambda_i = 1,\  \lambda_0, \lambda_1, \cdots , \lambda_r \ge 0 \right\}
}

r次元単体を |a_0 a_1 \cdots a_r|とか \sigma^rなどと書く。単体の例を挙げると、0次元単体は点、1次元単体は線分、2次元単体は三角形、そして3次元単体は四面体となる。

 \sigma^rのr+1個の点 a_0, a_1, \cdots , a_rの中からs+1個( s < r)の点を選んだとき、これらの点によって生成される単体を \sigma^rの面と呼び、sをこの面の次元と呼ぶ。

次に複体の定義を与える。有限個の単体の集合Kが以下の2つの性質を満たすとき、Kを複体と呼ぶ。

  1.  \sigma^r \in Kなら、 \sigma^rのすべての面 \sigma^sもKに属す。
  2.  \sigma_1^r, \sigma_2^r \in Kなら、 \sigma_1^r \cap \sigma_2^r \sigma_1^r, \sigma_2^rの共通の面であるか、あるいは空集合である。*2

有向単体

n次元単体 |a_0 a_1 \cdots a_n|に対して、そのn+1個の頂点の並び替えを考える。ある並びを基準としたとき、そこから偶置換によって得られるものは基準と同じ向き、奇置換で得られるものは逆向きと定める。ここで決めた向きは同値関係になっており、頂点の並び替えで得られる全ての単体は基準と同じ向きか逆向きかという2つの同値類に分けられる。このように向き付けられた単体のことを有向単体と呼ぶ。

例えば2次元単体について、 a_0, a_1, a_2という順番によって得られる単体と a_1, a_0, a_2によって得られる単体は逆向きであり、それぞれが属する向きの同値類を \langle a_0, a_1, a_2 \rangle, \langle a_1, a_0, a_2 \rangleと書く。

鎖群

Kをn次元複体とし、Kに含まれるr次元単体を \sigma_1^r, \sigma_2^r, \cdots \sigma_m^rとする。各 \sigma_i^rについて適当に向きを固定したものを \langle \sigma_i^r \rangleとしたとき、それと逆向きの単体を - \langle \sigma_i^r \rangleと書く。これらの有向単体の間の整数係数による線形結合は以下のようになる。

{ \displaystyle
c = \sum_{i=1}^m \alpha_i \langle \sigma_i^r \rangle \ (\alpha_1, \alpha_2, \cdots, \alpha_m \in \mathbb{Z})
}

このcをr次元鎖と呼び、r次元鎖全体が成す集合を C_r(K)と表す。実は C_r(K)は加法について群を成すため、これをr次元鎖群と呼ぶ。

境界写像

定義と基本的性質

いよいよ本日の主役である境界写像について述べる。まずは定義を示そう。

r次元有向単体 \langle \sigma^r \rangle = \langle a_0 a_1 \cdots a_r \rangleに対して、 \partial_r \langle \sigma_r \rangleを以下のように定義する。

{ \displaystyle
\partial_r \langle \sigma^r \rangle = \sum_{i=0}^r (-1)^i \langle a_0 a_1 \cdots a_{i-1} a_{i+1} \cdots a_r \rangle
}

これを \langle \sigma_r \rangleの境界と呼ぶ。 \langle \sigma_r \rangleは次元が1つ下がり、 C_{r-1}(K)の元となる。また、 c = \sum_{i=1}^m \alpha_i \langle \sigma_i^r \rangleに対して境界を以下のように定義する。

{ \displaystyle
\partial_r (c) = \sum_{i=0}^m \alpha_i \partial_r \langle \sigma_i^r \rangle
}

このようにすることで、 \partial_r C_r(K)から C_{r-1}(K)への写像となる。これを境界写像と呼ぶ。境界写像は群の準同型となっている。また、詳細は述べないが、境界写像の重要な性質として \partial_{r-1}(\partial_r(c)) = 0が常にに成り立つことが挙げられる。

単一の有向単体に対して適用した場合

では、早速だが境界写像の境界感を味わっていきたいと思う。まずは一番簡単なr次元鎖である単一の有向単体への適用を考えてみよう。例として2次元有向単体 \langle a_0 a_1 a_2 \rangleを考えてみよう。この単体の境界は以下のようになる。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
\partial_r \langle a_0 a_1 a_2 \rangle &=& \langle a_1 a_2 \rangle - \langle a_0 a_2 \rangle + \langle a_0 a_1 \rangle \\
                                       &=& \langle a_1 a_2 \rangle + \langle a_2 a_0 \rangle + \langle a_0 a_1 \rangle
\end{eqnarray}
}

境界の意味を考えてみると、これは a_1 \to a_2, a_2 \to a_0, a_0 \to a_1というように2次元単体、つまり三角形の辺に向きを与えて足しあわせたものになる。図を以下に示す。

f:id:peng225:20170205223222p:plain

頂点を順に辿ったときの右ねじの回る向きが2次元単体の向きだと考えれば、これは確かに \langle a_0 a_1 a_2 \rangleの向きと合っている。単体の場合の境界感はこれでなんとなく分かった。

同じ向きの2つの有向単体に対して適用した場合

今度は同じ向きの2つの有向単体 \langle a_0 a_1 a_2 \rangle \langle a_0 a_2 a_3 \rangleについて考えてみる。向きを考えなければ、これらは複体を成している。境界は以下のように計算される。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
&&\partial_r \langle a_0 a_1 a_2 \rangle + \partial_r \langle a_0 a_2 a_3 \rangle \\
&=& (\langle a_1 a_2 \rangle - \langle a_0 a_2 \rangle + \langle a_0 a_1 \rangle) + (\langle a_2 a_3 \rangle - \langle a_0 a_3 \rangle + \langle a_0 a_2 \rangle) \\
&=& \langle a_0 a_1 \rangle + \langle a_1 a_2 \rangle + \langle a_2 a_3 \rangle + \langle a_3 a_0 \rangle
\end{eqnarray}
}

以下の図に示すように、上で得られた境界は a_0 \to a_1, a_1 \to a_2, a_2 \to a_3, a_3 \to a_0というように2つの有向単体の外側をぐるっと回るような形になっている。これはまさに領域の境界を表していると言えるだろう。

f:id:peng225:20170205225819p:plain

これで境界写像のイメージがずっと鮮明になってきた。きっと、同じように単体をたくさんつなげた複体を作れば、境界写像はその周囲をぐるっと取り囲むような形になるのだと類推できる。高次元の場合はこのように簡単にはいかないかもしれないが、気持ちとしては同じなのだろう。

異なる向きの2つの有向単体に対して適用した場合

最後に異なる向きの2つの有向単体 \langle a_0 a_1 a_2 \rangle \langle a_0 a_3 a_2 \rangleについて考えてみる。境界は以下のようになる。

{ \displaystyle
\begin{eqnarray}
&&\partial_r \langle a_0 a_1 a_2 \rangle + \partial_r \langle a_0 a_3 a_2 \rangle \\
&=& (\langle a_1 a_2 \rangle - \langle a_0 a_2 \rangle + \langle a_0 a_1 \rangle) + (\langle a_3 a_2 \rangle - \langle a_0 a_2 \rangle + \langle a_0 a_3 \rangle) \\
&=& \langle a_0 a_1 \rangle + \langle a_1 a_2 \rangle + \langle a_0 a_3 \rangle + \langle a_3 a_2 \rangle + 2\langle a_2 a_0 \rangle
\end{eqnarray}
}

図を以下に示す。この場合は2つの単体の向きが異なるため、境界同士がうまく馴染むことができず、ぶつかり合ってしまっているような印象を受ける。とは言え、複体を考える場合は向きが同一になるようにするのが普通だと思われるので、多くの場合このようなケースを考えることは稀だろう*3

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まとめ

以上、境界写像のイメージを2次元単体と複体を用いて考えてみた。結果として、複体を構成する単体に全て同じ向きを与えた場合、それらを取り囲むような文字通りの境界が得られることが分かった。境界写像ホモロジー群を定義する上で重要な役割を果たすものなので、イメージを理解できてよかった。

参考

トポロジー (応用数学基礎講座)

トポロジー (応用数学基礎講座)

*1:例えば3つの点であれば三角形ができることを期待するため、それらが一直線上に並んでしまうようなケースは除外するということである。

*2:つまり、綺麗にピッタリ面でくっつくか、離れているかしかないということである。中途半端にずれてくっつくということは許さない。

*3:クラインの壺のように向き付け不可能な図形の場合はどうなるか微妙だが・・・