有限体上の線形代数を探訪する ~ 線形空間から次元定理まで編 ~

前回の記事から随分と間が空いてしまったが*1、本稿では有限体上の線形空間について考えてみたいと思う。単に線形空間とだけ言うと対象が広大になり過ぎるため、本稿では次元定理が成り立つことを確かめるところまでをスコープにする。そのために、まずは線形空間、線形写像および線形空間の基底が有限体上でも定義し得るかを考えた後、有限体上の線形空間でも次元定理が成り立つことを確認する。

なお、本稿はこちらのブログ記事に触発されて考え始めたものである。本当はこのブログで紹介されている参考文献「Lovász, "Combinatorial Problems and Exercises"」も参照したかったが、あまりにも高価な本なのでこちらは読めていない。

線形空間

複素数体上の線形空間の定義を本[1]より引用する*2

集合 Vがつぎの二条件(Ⅰ), (Ⅱ)を充すとき,  Vを複素線型空間あるいは複素ベクトル空間と言う.
(Ⅰ) ・・・省略・・・
(Ⅱ)  Vの任意の元と任意の複素数 aに対し,  {\bf x} a倍と呼ばれるもう一つの Vの元 (これを a{\bf x}で表わす) が定まり, つぎの法則が成立つ:
  (5)  (a + b) {\bf x} = a {\bf x} + b{\bf x},
  (6)  a({\bf x} + {\bf y}) = a {\bf x} + a {\bf y},
  (7)  (ab) {\bf x} = a(b{\bf x}),
  (8)  1 {\bf x} = {\bf x}.

このうち、体に関わるのは条件(Ⅱ)の方だけなので、(Ⅰ)は割愛した。問題は、ここで複素数となっているところを単に有限体の元と読み替えれば、そのまま有限体上の線形空間の定義として妥当なものになるか?である。

1つずつ見ていこう。(5)は和さえ定義されていれば妥当な条件となる。(6)は体の性質はどうでも良い。(7)は積が定まっていれば良い。条件(8)は積の単位元が存在すれば良い。これらは全て体であれば問題なく満たされるため、有限体に対しても複素数と同様に線形空間を定義することができる。

線形写像

 K \mathbb{C} \mathbb{R}の一方を表すものとする。その上で線形写像の定義を本[1]より引用する。

線形写像
 K上の線型空間 Vから K上の線型空間 V'への写像 Tが二条件
 \displaystyle{
\begin{eqnarray}
&&T({\bf x} + {\bf y}) = T({\bf x}) + T({\bf y}) \\
&&T(a{\bf x}) = a T({\bf x})
\end{eqnarray}
}
を充すとき,  T Vから V'への線型写像と言う。

これを見ると、 aは単にベクトルの係数として登場するだけであり、有限体の元であったとしても定義の妥当性を貶めることはない。よって有限体上のベクトル空間にも同様に線形写像を定義できる。

基底

以下では有限次元ベクトル空間についてのみ考える。線形空間の基底の定義を本[1]から引用する。

基底
線型空間 Vの有限個のベクトル {\bf e}_1, {\bf e}_2, \cdots , {\bf e}_nがつぎの二条件を充すとき,  {\bf e}_1, {\bf e}_2, \cdots , {\bf e}_n Vの基底であると言う:
1)  {\bf e}_1, {\bf e}_2, \cdots , {\bf e}_nは線型独立である;
2)  Vの任意のベクトルは {\bf e}_1, {\bf e}_2, \cdots , {\bf e}_nの線型結合として表わされる.

これらの定義において体に関係するのは線形結合として表すときの係数くらいしかなく、有限体上のベクトル空間に対しても同様に定義可能である。

次元定理

これは本[1]には次元定理という名前では書かれていないが、Wikipedia[2]にはこの名前も記載されている。要するに、線形写像 T Vから V'への線形写像 o' V'の零ベクトルとしたとき、以下が成立することを次元定理と言う。

 \displaystyle{
\mathrm{dim}\ V = \mathrm{dim}\ T^{-1}({\bf o'}) + \mathrm{dim}\ T(V)
}

これの証明の概略を本[1]に沿って説明する。まず、 \mathrm{dim}\ T^{-1}({\bf o'}) Vの部分空間となる(これの証明は割愛する)。そのため、 \mathrm{dim}\ T^{-1}({\bf o'})を張る基底 <{\bf e}_1, {\bf e}_2, \cdots , {\bf e}_s >が存在する。これを拡張して Vの基底 <{\bf e}_1, {\bf e}_2, \cdots , {\bf e}_n >を得たとき、 < T({\bf e}_s), T({\bf e}_{s+1}), \cdots , T({\bf e}_n) > T(V)の基底であることを言えばよい。

 T: V \to T(V)全射なので、任意の {\bf x}' \in T(V)に対して {\bf x}' = T({\bf x})となる Vの元 {\bf x} = \sum_{i=1}^{n} x_i {\bf e}_iが存在する。よって {\bf x}' = T({\bf x})=  \sum_{i=s+1}^{n} x_i T({\bf e}_i)である。

あとは線形関係 \sum_{i=s+1}^{n} c_i T({\bf e}_i) = {\bf o}'があったときに、 c_{s+1} = c_{s+2} = \cdots = c_n = 0であることを言えばよい。引用が多くなり過ぎるとよろしくないのでこれくらいでやめておくが、これは \sum_{i=s+1}^{n} c_i T({\bf e}_i) = T\left(\sum_{i=s+1}^{n} c_i {\bf e}_i \right)から \sum_{i=s+1}^{n} c_i {\bf e}_i \in T^{-1}({\bf o'})であることなどから言える。

この証明の中で、体は係数として使われているだけであり、内積のように有限体の場合に困るような操作は行っていない。そのため有限体でも次元定理は成立すると言える。

まとめ

本稿では有限体上でも線形空間や線形写像が実数や複素数の場合と同様に定義されることを確かめた。また、有限体上の線形写像に対しても次元定理が成立することを確かめた。

もともとは次回を最終回として固有値固有ベクトルや対角化について考える予定だったが、本稿を書いているうちに他に気になるところが出てきた。次回はそちらの疑問を解消しようと思う。

*1:実は今年の1月に転職しており、慣れるまでは仕事関係の勉強を優先したため、数学が手につかなかった。最近やっと心が落ち着いてきたので、ぼちぼち数学にも時間を割いていこうと思う。

*2:本[1]では「線型空間」と書いているが、本ブログのシリーズのタイトルに「線形代数」と入れているので、本稿では引用箇所を除き「線形」で統一する。