群が可解でないための位数の条件を炙り出す
可解でない群は珍しい?
群論を勉強していると可解群という概念が登場する。これはガロア理論において大活躍する極めて重要な群であり、群がどんな時に可解になるかというのは興味ある問題である。
しかし、位数の小さい群を見ていると、どうにも可解でない群を見つける方が難しいように感じる。それはある意味当然で、位数59以下の群は全て可解群なのである。つまり、可解でない群を見つけようと思ったら、ある程度位数の大きい群に目を向けなければならない。
そこで、本稿では群がどのような位数のときに可解でなくなり得るのかという条件について調べてみることにする。
可解群の定義
まずは定義から始めよう。本[1]から定義を引用する。
Gを群とする. Gの部分群の列があり, に対し, でが可換群となるとき, Gを可解群という.
進め方
本稿では具体的なところから雰囲気を掴むために、以下の表を少しずつ埋めていくことを考える。
0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
0 | - | ○ | ||||||||
10 | ||||||||||
20 | ||||||||||
30 | ||||||||||
40 | ||||||||||
50 | ||||||||||
60 | ||||||||||
70 | ||||||||||
80 | ||||||||||
90 |
各セルは、最左列と最上段の数値を足して得られる整数が位数となる群を表す。そのような群がどうあがいても可解群になってしまうときに○をつけることにする。そうして、最後まで空白のまま残ったセルが可解でなくなる可能性があるというわけである。
可解群になる位数いろいろ
群の位数を素因数分解したときのパターンと、群の可解性の関係について調べてみよう。以下ではp, q, rは相異なる素数とし、n, mは正の整数であるとする。
位数
位数pの群はp次巡回群のみである。巡回群はアーベル群であり、アーベル群は可解群である。よって、位数pの群は可解群である。
これにより、以下のように表を更新できる。
0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
0 | - | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||
10 | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||||
20 | ○ | ○ | ||||||||
30 | ○ | ○ | ||||||||
40 | ○ | ○ | ○ | |||||||
50 | ○ | ○ | ||||||||
60 | ○ | ○ | ||||||||
70 | ○ | ○ | ○ | |||||||
80 | ○ | ○ | ||||||||
90 | ○ |
位数
これは上のケースの拡張である。位数の群はp群と呼ばれる。p群は冪零群と呼ばれる群の一種であり、冪零群は可解群である。冪零群の定義を本[1]から引用する。
Gを群とする. Gの部分群の列があり, に対し, でがの中心に含まれるなら、Gをべき零群という.
p群が冪零群であることと、冪零群が可解群であることの証明は長くなるので割愛する。
これにより、以下のように表を更新できる。
0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
0 | - | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | |
10 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | |||||
20 | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||||
30 | ○ | ○ | ○ | |||||||
40 | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||||
50 | ○ | ○ | ||||||||
60 | ○ | ○ | ○ | |||||||
70 | ○ | ○ | ○ | |||||||
80 | ○ | ○ | ○ | |||||||
90 | ○ |
位数
この節ではと仮定する。Sylowの定理より、この群Gは位数の部分群Hを持つ。この時、Hの指数はqである。
ここで、以下の定理を利用する (Wikipedia[2]より引用) 。
証明は[3]等を参照されたい。
少々ややこしいが、上記定理における素数pは今考えているケースではqに相当する。これよりHは正規部分群となるため、剰余群を考えることができる。
ここで、さらに以下の定理を利用する (Wikipedia[4]より引用) 。
Gが可解群であるのは、NとG/Nがともに可解群であるとき、およびその時に限る。
ただし、NはGの正規部分群である。
今のケースに当てはめて考えると、とが共に可解群であれば、Gは可解群になるということである。
はp群なので可解群である。また、であり、位数が素数なのでは可解群である。よってGは可解群である。
これより、表は以下のようになる。
0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
0 | - | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
10 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | |
20 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | |||
30 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ||
40 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | |||||
50 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ||
60 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||
70 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||
80 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | |||
90 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
位数
位数pqrの群Gは位数p、q、またはrの正規部分群Hを持つことが知られている[5]。Hは位数が素数なので可解群である。
どの場合でも同じなので、ここでは仮にだったとする。この時、剰余群の位数はqrとなる。この位数の群が可解群であることは既に述べた。よって上の節で引用した定理により、Gは可解群である。
これにより、表は以下のようになる。
0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
0 | - | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
10 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | |
20 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | |||
30 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | |
40 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||
50 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ||
60 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | |||
70 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ||
80 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | |||
90 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
位数がsquare freeの場合
これは上で示したケースの一般化である。位数がsquare freeであるとは、相異なる素数を用いて位数をと表せることを言う。このタイプの群が可解群であるこの証明は、例えば[6]から順にリンクを辿っていくと説明がある。
位数が99以下の群の場合、位数を4つ以上の素数の積で表すことができないため、今回は特に表の更新はない。
位数
このタイプの群が可解群であることはBurnsideの定理と呼ばれている[7]。これの証明はかなり難しい。少なくとも、今の私のレベルでは説明できない。本稿では結果だけ拝借させて頂くことにし、以下のように表を更新する。
0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
0 | - | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
10 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
20 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
30 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
40 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
50 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
60 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | |
70 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
80 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | |
90 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
位数が奇数の場合
驚くべきことに、位数が奇数の有限群は必ず可解群になる。これはFeit-Thompsonの定理と呼ばれており、証明は鬼ムズらしい[8]。今回の場合は、空白のセルはすでに偶数だけなので、特に更新はない。
さらに位数が大きい場合
以上、位数が99以下の群について、位数がどんなときに可解群にならざるを得なくなるのかを調べてみた。結局、可解でなくなる可能性がある位数はたった3つしかないことが分かった。しかも、これは必要条件なので、ひょっとしたらこれらも特殊な事情により必ず可解になったりするかもしれない。ただし、少なくとも位数60の群については、5次交代群が可解群ではないことが知られている。
また、逆に群が可解にならないためには、以下の条件を満たす必要があることが分かった。
- 位数が偶数であること。
- 位数を素因数分解したときに相異なる3つ以上の素因数が含まれ、かつそのうち少なくとも1つは指数が2以上になること。
これらの条件を満たす位数というのはどれくらいの頻度で出現するのだろうか?それを調べるために、ある自然数nについて、n以下の自然数のうちそれを位数とする群が可解でなくなり得るものがいくつあるか調べる。そして、それがnと共にどのように変わっていくのかをグラフにして見てみよう。
まず、300までの位数について計算したものを以下に示す。
このグラフからも、位数59以下の群が全て可解群になることが見て取れる。
次に、10,000までの位数について計算したものを以下に示す。
なんだか線形に増えているように見えるが、よく見るとやや下に凸な形状をしているようだ。
これより、可解でない群というのは無数に存在する可能性があることが分かった。ただし、本当に無数に存在するかどうか知るには、証明が必要である。
まとめ
以上、群の可解性と位数の関係を調べ、どんな時に群が可解でなくなり得るのかを考察した。今回は私が調べた限りの情報を載せたが、まだ見ぬ定理があって、本当の姿はちょっと違うということもあるかもしれない。有限群と言えど、結構奥が深いものだ。
参考
[1]
- 作者: 雪江明彦
- 出版社/メーカー: 日本評論社
- 発売日: 2010/11/17
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- 購入: 1人 クリック: 21回
- この商品を含むブログを見る
[3] abstract algebra - Normal subgroup of prime index - Mathematics Stack Exchange
[4] 可解群 - Wikipedia
[5] A Group of Order $pqr$ Contains a Normal Subgroup of Order Either $p, q$, or $r$ – Problems in Mathematics
[6] Square-free implies solvability-forcing - Groupprops
[7] Burnside theorem - Wikipedia
[8] Feit–Thompson theorem - Wikipedia
(-1)×(-1)=1の代数的な証明
中学校で初めて負の数の掛け算を習うとき、(-1)×(-1)=1が成立するという事実は、初見ではなかなか受け入れがたいことであろう。私が中学生の時、当時の数学の先生は日常的な感覚に訴えるような例を出しながら、定性的な説明をしてくれたことを記憶している。しかし、この事実の証明を教えてもらった記憶はない。これはただそういうものだと受け入れるように言われ、気づけばその事実に慣れてしまい、疑問に思うこともなくなってしまったのであった。
この認識は、大学で複素解析を習った時に少し改まった。すなわち、なので、(-1)×(-1)というのは、1を複素平面上でだけ回転する操作を2回行うことを意味し、当然1になるというわけである。私は長らくこれで納得していたわけだが、やはり証明とは少し違う。
そんな中、つい最近Twitterでこの事実の証明を見つけた。それが以下である。
-×-=+,中学生最大疑問の1つ.証明されないから当然だね.正しく書くと環(R,+,0,*,1)で(-a)(-b)=abという定理.証明は以下の通り,ほらすっきり.
— 数学たん (@suugakutan) 2017年9月3日
ab+(-a)b=(a+(-a))b=0b=0=(-a)0=(-a)(b+(-b))=(-a)b+(-a)(-b)
素晴らしい。私はこのツイートを見るまで、そもそもこれが証明出来るものだとすら思っていなかった。
本稿ではこのツイートに敬意を表し、ここで述べられている証明を少しカスタマイズ&肉付けして、(-1)×(-1)=1の証明について代数的な視点から考えてみようと思う。
何を前提とするべきか
今回のように一見すると簡単な命題の証明というのは、慣れていないとなかなか難しい。それは、何を既知としてよいかが分かりづらいというところに起因すると私は感じている。全く自明に感じられない命題を証明するのであれば、持てる知識を総動員して証明に当たれば良いが、(-1)×(-1)=1というのは馴染みすぎているせいか自明に感じられ、どこまでを仮定として良いのか見えづらいのである。
今回の場合は、最低限の条件から積み上げることを意識して、以下を前提として考える事にしよう。
前提条件から分かること
これらの前提条件から、任意のについて以下が成立する。
- ・・・(1)
- ・・・(2)
- ・・・(3)
- ・・・(4)
- ・・・(5)
(1)式は加法の単位元の定義そのもの、(2)式は乗法の単位元の定義そのもの、(4)式は環の定義からが加法についてアーベル群となり、かつaの逆元は(-a)となることから分かり、(5)式は環が満たすべき性質である分配法則そのものである。(3)式は以下のようにして示せる。
群には必ず逆元が存在するので、最初と最後の式にの逆元を加えれば、(4)式と(1)式からが得られる。も同様である。
証明
上で示した5つの式だけを用いて、(-1)×(-1)=1を証明してみよう。そのために、少々天下り的ではあるが、以下のような計算を考えてみる。
上の式に現れる等号は、順に(2)式、(5)式、(4)式、(3)式より成立することが分かる。
ここで、最初と最後の式に1を足すと以下のようになる。
左辺の変形は(4)式と(1)式から、右辺の変形は(1)式から分かる。以上により、証明が完了した。
まとめ
本稿では、(-1)×(-1)=1を代数的な視点から、最低限の前提だけを元にして証明してみた。普段当たり前だと思っていることでも、いざ証明しようと思うと結構大変だ。
多様体の接空間を接続するということ
突然だが、Levi-Civita接続という言葉をご存知だろうか?この言葉は何だが不思議な語呂の良さがあり、私は以前Twitterで見かけて以来、この言葉を何となく覚えていた。しかし、いざ調べてみるとなかなか難しい概念で、一朝一夕では理解できないと感じていた。
最近、ついにこのLevi-Civita接続について一定の理解を得たので、自身の知識整理を兼ねて、理解したことをまとめてみることにする。
なお、本稿ではアインシュタインの縮約記法を使っているので注意されたい。
また、本稿は全体的に資料[1]を参考に記載している。
方向微分から共変微分へ
関数の方向微分
多様体Mにおいて、ベクトル場に沿った関数の方向微分を考えてみる。「ベクトル場に沿った」とは言っても、ある1つの点に着目すれば、結局これはその点に割り当てられたベクトルに対する方向微分を考えてみようと言っているだけである。
ある局所座標系について、ベクトル場が与えられているとする。このとき、ある1点を通る滑らかな曲線 を考える。ただし、とする。この曲線をtについて微分した値がpにおいてベクトル場と一致するようにが取られているとする。すなわち、の各成分について以下が成立しているとする。
このとき、fをM上の任意の微分可能な関数とすると、に沿ったfの方向微分は以下の式で表される。
Mの各点においてこのような方向微分を考えることができるので、結局以下が成立する。
この方向微分は以下の3つの性質を持つ。
- ()
- ()
すなわち、与えられたベクトル場と関数について線形であり、かつLeibnitz則が成立する。ただし、f, gはM上の任意の微分可能な関数である。
ベクトル場の方向微分における問題
これと同様に、今度はベクトル場に沿ったベクトル場の方向微分というものを考えてみる。微分する方向を定めるベクトル場を、微分されるベクトル場をとする。このとき、ベクトル場は、Mの各点pにおける接空間から1つずつベクトルを選び、その点に割り当てることで構成される。
このベクトル場の微分を先ほどと同じように行うことを考えてみよう。このとき、微小な曲線を取るところまではよいのだが、その後の微分操作で、微小距離だけ離れたベクトルの差を取る必要がある。しかし、微小距離だけ離れた点とは言え、異なる点に割り当てられたベクトルは異なる接空間の元であるため、これらを単純に比較することはできない。つまり、関数の場合と同じように考えて微分することはできないのである。
共変微分
そこで、2つの異なる接空間に属するベクトルを比べることなく、ベクトル場に対しても方向微分のような演算を定義することを考える。すなわち、方向微分が満たしていた性質を満たすような抽象的な写像として、ベクトル場に沿ったベクトル場の方向微分のような演算を形式的に考えるのである。すなわち、以下の3つの性質を満たすような写像を考える。
- ()
共変微分が与えられると、後に示すように多様体の異なる点における接空間の接続が決まるので、これを接続と呼ぶこともある。より正確には、ベクトル場に対して接続が与えられた時、演算を共変微分と呼ぶようである[2]。特に、上の条件で定められる接続をアフィン接続と呼ぶ。
共変微分の計算
このようにして与えられた共変微分の定義は抽象的で、このままでは具体的な計算方法が分からないように見える。しかし、与えられた3つの性質に基づいて計算を進めると、これだけでも案外いろいろな事が分かる。
ということで、、について共変微分を計算して見よう。ただし、と略記する。
ここで、も各点における接空間の元なので、以下のように基底の線形結合で表すことができる。
ここで、基底の係数をクリストッフェル記号という。
すると、先ほどの共変微分の式は以下のようになる。
とインデックスを付け替えると、結局以下のようになる。
共変微分(アフィン接続)の定義から計算できるのはここまでである。これを見ると分かるように、共変微分の定義だけではクリストッフェル記号の値が完全には決まり切らない。そのため、アフィン接続は無数に存在することになる。
Levi-Civita接続
このままではどのアフィン接続を用いたら良いのか分からない。無数にあるアフィン接続のうち、何か突出した性質を持つものはないものだろうか?実は、以下のような条件を満たす接続は一意に決まることが知られている。
- (対称な接続)
- (内積との整合性)
ただし、はリーブラケット[3]であり、などはリーマン計量gによる内積を表す。
私も詳しくは理解しきれていないが、最初の条件は局所座標系を指定すればと同値であり、クリストッフェル記号の下付きの添字の対称性を表している。2番目の条件については後述する。
このようにして決まる接続のことをLevi-Civita接続と呼ぶ。Levi-Civita接続においては、クリストッフェル記号は以下の式により一意に定まる。
ベクトルの平行移動による接空間の接続
ここまでの議論で、内積、すなわちリーマン計量と整合性のある接続として、一意なLevi-Civita接続が得られる事が分かった。しかし、名前こそ接続となっているものの、これが一体何と何をどう接続しているのかがまだ分からない。
そこで、最後にLevi-Civita接続の接続っぽさを味わってみよう。
本稿のタイトルにもあるように、接続されるのは異なる2つの接空間同士である。接空間を接続するということの意味は、ある接空間におけるベクトルを、もう一方の接空間上のベクトルに対応付ける方法を与えるということである。問題は、そのような対応をどのように与えるかである。
これは、多様体上の曲線に沿ったベクトルの平行移動によって与えられる。すなわち、多様体M上の2点p, qをつなぐ滑らかな曲線をとし、, とする。また、c(t)の接線方向のベクトルをc(t)上の各点に割り当てたベクトル場をとする。このとき、ベクトル場のに沿った共変微分が0になるとき、c(t)上の各点に割り当てられたのベクトルは互いに平行であると言う。
共変微分が0になるようなベクトルの移動を平行移動と定義する心は、その移動によりベクトルが変化せず、ある意味で定数的な振る舞いをするというところから来ているようである[4]。
平行移動によって移り合うベクトルは、実際にはM上の異なる点における接空間の元であるが、平行移動を用いてそれらを同一視することで、ベクトルを曲線に沿って別の接空間にmappingすることができる。これこそが、接続が接続と呼ばれる所以である。
さて、実はここまでの話はアフィン接続でも全く同じことが言える。これがLevi-Civita接続になると、さらにベクトルの長さが平行移動によって変化しないという条件が付き、より我々がユークリッド幾何学で培ってきた直感にマッチする形になるのである。この性質はLevi -Civita 接続の2番目の条件により生じるものであるが、詳しくはテンソル場に対する共変微分という概念が必要なようで、残念ながら今の私のレベルでは説明できない。
まとめ
以上、Levi-Civita接続とその周辺事項に関する私の理解をまとめてみた。「どこかで聞いたことがあるが、それが何なのか分からない」というところから知識を増やしていくのは、なかなか楽しい学習戦略である。
リーマン計量の正体を暴く
最近、微分幾何学の勉強をしている。これは最終的に情報幾何学を理解するためである。情報幾何学ではFisher情報行列なるものがリーマン計量を定めるのであるが、そもそもリーマン計量がなんだかよく分からない。その他、いろいろと分からないことが多すぎて、情報幾何学は一度挫折してしまった。そこで、本稿では情報幾何学を理解するための足がかりとして、リーマン計量について考えてみることにする。
定義とその解釈
「多様体の基礎」[1]からリーマン計量の定義を引用する*1。
級多様体M上の2次の対称テンソル場gが, Mの各点pにおいて正定値であるとき, gをM上のリーマン計量 (Riemannian metric) という.
ここで、gは多様体M上の各点pに対しての元を1つずつ割り当てるような対応、すなわちテンソル場である。
この定義を見ただけでは分かりづらいが、リーマン計量の最も重要な役割は接ベクトル空間に内積を定めることである。各点に割り当てられたテンソルは実は内積を定める写像となっており、点pについて得られた写像をとすると、これはという写像である。このとき、任意のゼロでないベクトルについて以下が成立する。
1つ目の式はgが対称テンソル場であることを、2つ目の式はgが正定値であることをそれぞれ表している。
変幻自在のリーマン計量
リーマン計量の定義は上で示した通りであるが、私は最初リーマン計量について調べ始めたとき、とても混乱させられた。その理由は、リーマン計量が文献によって様々な形で記述されるからである。例えばWikipedia[2]を見ると以下のような記述がある。
n個の実数値関数によって与えられる、多様体M上の局所座標系において、ベクトル場
はMの各点において接ベクトルの基底を与える。この座標系に関して、計量テンソルの成分は、各点pにおいて、
同じことだが、計量テンソルは余接束の双対基底のことばで次のように書くことができる。
ここではリーマン計量を計量テンソルというものと関連付けて説明しており、さらに双対基底とも関係があるようなことが書かれている。これが初見だとよく分からなかった。
また、「曲線と曲面の微分幾何」[3]においては、例えば第一基本形式をと書いて、がリーマン計量だというような言い方がされていたりもする。定義によるとリーマン計量はテンソル場のはずだが、は微小距離の2乗というスカラー値を表しているように見える。これらの間の整合性がこれまたよく分からなかった。
このような混沌とした状況の中から、私が感じた疑問を抜粋すると以下のようになる。
- リーマン計量と計量テンソルの関係は何か?
- リーマン計量と接ベクトル空間の双対基底の関係は何か?
- 内積を定める写像のテンソル場としてのリーマン計量と微小距離の2乗としてのリーマン計量の間にはどのように整合性が取れるのか?
これら3つの疑問の答えは、互いに少しずつ関連がある。以下で順を追って見ていこう。
リーマン計量の局所座標系における表現
疑問の答えを解き明かす鍵は、リーマン計量を局所座標系を用いて表現することにある。これを理解するために、リーマン計量を用いて2つの接ベクトルの内積を計算することを考えてみよう。これを具体的に計算するためには、2つのベクトルを何らかの局所座標系で表してみるのが良いだろう。局所座標系が決まれば、接ベクトル空間の基底が決まる。今は接ベクトル空間が2次元だと仮定して、基底をとする。このとき、2つの接ベクトルを, と表すことができる。すると、これらの内積は以下のよう定められる。
局所座標系が正規直交系とは限らないため、各基底ベクトルの長さが1とは限らないし、2つの異なる基底ベクトルの内積が0になるとも限らないという点に注意が必要である。
このままではなんだかごちゃごちゃしているので、以下のような置き換えを行う。
そして、(i, j)成分がであるような行列Gを考える。すると、内積は以下のように計算できることが分かる。
このように、リーマン計量は局所座標系に対して具体的に行列として表現することができる。行列は2階のテンソルであるため、これを計量テンソルと呼ぶ。計量テンソルはリーマン計量の性質を反映し、必ず正定値対称行列となる。
双対空間との関係
さて、Wikipedia[2]には以下のような式があった。
この式の意味するところを考えてみよう。そのためには、一次微分形式が何者であったかを思い出さなければならない。詳細は本[1]等を見て頂くとして、簡単に言うと、一次微分形式とは、多様体Mの各点pに余接ベクトル空間の元を割りつけていくような対応、すなわち余接ベクトルによるベクトル場である。言い換えると、一次微分形式はという写像である。
局所座標系において定義されるという一次微分形式に対して、点pを決めると余接ベクトル空間の元、すなわち1次形式が1つ得られる。こうして得られた1次形式をと表し、これに対して接ベクトル空間の基底を入力として与えたとき、その値は以下のように計算される。
続いて、1次形式のテンソル積に対して接ベクトル空間の基底の組を入力として与えた時、その値は以下のように計算される。
ここまで来ればもう分かったも同然だ。最初に掲げた式の意味を考えてみよう。これは、2つの接ベクトルの直積を入力に取り、スカラーを出力する写像を、多様体の各点に割り当てるような対応を与えるテンソル場である。これを使って、点pにおいてとの内積を計算してみよう。
この計算結果は先程のリーマン計量の局所座標表示の話と見事に整合性が取れているのが分かるだろう。
微小距離の2乗?いいえ、2次微分形式です
最後に、リーマン計量を微小距離の2乗っぽく表すことと、リーマン計量の定義との整合性について考えてみよう。といっても、ここまでの議論でほぼ明らかであろう。先ほど言及したを例に考えると、これはただのスカラーではなく、やなどを1次微分形式のテンソル積、すなわち2次微分形式と考えれば辻褄が合うのである。しかも、対称なテンソル積である。
確かに、これらの式の導出の仮定では微小距離を求めるような形で計算を行うのだが、最終的に得られたリーマン計量はあくまで内積を定める写像のテンソル場なのである。
ただし、定義さえ見失わなければ、リーマン計量を微小距離の2乗だと思って議論を進めるのは直感的な理解の形成に役立つことである。
プログラミングの感覚で言うと、普段はテンソル場という実装は気にせず、微小距離の2乗というインターフェイスを用いて考えれば良い。もし深い議論が必要になったら、その時に実装も覗いてみれば良いのである。
まとめ
以上、リーマン計量に関する混沌とした状況を私なりに整理してみた。多様体においては、局所座標系への依存を嫌って抽象的な定義がなされたり、かと思えば具体的な計算のために局所座標系に頼ったりするので、そこが混乱を生む原因のようだ。気をつけよう。
参考
[1]
- 作者: 松本幸夫
- 出版社/メーカー: 東京大学出版会
- 発売日: 1988/09/22
- メディア: 単行本
- 購入: 7人 クリック: 36回
- この商品を含むブログ (33件) を見る
[3]
- 作者: 小林昭七
- 出版社/メーカー: 裳華房
- 発売日: 1995/09/01
- メディア: 単行本
- 購入: 3人 クリック: 63回
- この商品を含むブログ (19件) を見る
*1:原著ではリーマン計量を表す記号をとしているが、勝手ながら私の好みでgに変えさせて頂いた。
射影被覆は何を被覆しているのか
前回の記事で射影加群と移入加群を紹介したが、これに関連する概念として、射影被覆と移入包絡というものがある。これらがその名の通り、何かを被覆し、何かを包絡する性質を持っていると思うのは自然なことだろう。
移入包絡は簡単である。詳しくは触れないが、移入包絡はR-加群Mの極大な本質拡大(詳しくはWikipedia[2]などを参照)と、Mを含む移入加群の中で極小なものとして特徴付けられ、それとなく包絡しているような感じがする。
問題は射影被覆である。こちらは一見すると何が何を被覆しているのかが分かりづらい。そこで、本稿ではこの疑問の答えを探ってみようと思う。
射影被覆の定義
まずは射影被覆の定義がないと始まらない。例によって本[1]から定義を引用する。
射影加群Pからの全射準同型は, がPの余剰部分加群であるとき, Mの射影被覆 (projective cover) と呼ばれる.
上の定義に余剰部分加群という言葉が出てきた。これの定義も引用しておく。
R-加群Mの部分加群Kが, 次の性質
「Mの部分加群Uについて, ならば, 」
をみたすとき, KはMの余剰部分加群 (superfluous submodule) と呼ばれる.
何が何を被覆するのか
射影被覆の定義だけ見ても、何が何を被覆しているのかさっぱり分からない。そこで調べてみたところ、英語版Wikipediaにおける射影被覆の記事[4]に日本語版[3]にはない重要な記述があることを発見した。それが以下である。
The main effect of p having a superfluous kernel is the following: if N is any proper submodule of P, then .Informally speaking, this shows the superfluous kernel causes P to cover M optimally, that is, no submodule of P would suffice.
すなわち、Pのどの部分加群も、それを射影被覆*1で移したものはMと一致しないと言っている。ここで思い出して欲しいのは、は全射準同型だということである。つまり、Pの1つの部分加群をで移しただけではMを覆い尽くすことはできないが、Pの全ての部分加群をで移すと、それらが互いの足りないところを補い合って、全体としてMを被覆するのである。
以上まとめると、「射影加群Pの全ての部分加群を射影被覆で移した集合族」が「R-加群M」を(互いの足りないところを補い合いながら)被覆するのである(追記1参照)。
まとめ
以上、射影被覆における被覆という言葉の意味について考えてみた。数学における諸概念の名前は、多くの場合その性質をよく表すように付けられている*3ため、個人的には名前の意味を考えることはとても勉強になると思っている。
気づけば非可換環論やらホモロジー代数周りの勉強を半年近く続けている。それでもまだ分からないことばかりなのだから、数学は本当に奥が深い。
追記1
Pが単純加群の場合、非自明な部分加群が存在しないため、結局がMを被覆するしかない。つまり、非自明な部分加群だけではMを被覆できない時がある。こうなると何だか一気に話がつまらなくなるが、事実なので仕方がない。
参考
[1]
環と加群のホモロジー代数的理論 21世紀数学で重要な手法をきちんと解説する初めての本
- 作者: 岩永 恭雄,佐藤 眞久
- 出版社/メーカー: 日本評論社
- 発売日: 2002/10/01
- メディア: 単行本
- クリック: 2回
- この商品を含むブログを見る
[3] 射影被覆 - Wikipedia
[4] Projective cover - Wikipedia
Homとテンソル積が成す完全列に関するまとめ2
本稿は前回の記事の続きである。前回はHomの左完全性、及びテンソル積の右完全性について述べた。これらは常に成立しているのだが、Homの右完全性、及びテンソル積の左完全性は一般には成立しない。これらが成立するかどうかは、加群Mがどのような加群であるかに依存する。
本稿ではそのような特別な加群について紹介し、その基本的な性質をまとめてみる。
射影加群
定義
本[1]での射影加群の定義を以下に示す。
R-加群Pが射影加群 (projective module) または射影的であるとは, 任意の全射準同型に対して, 次が全射になることである:
これはつまり、完全列に対して、以下が完全列になることを意味する。
右端に{0}が付いているのがポイントである。
移入加群
定義
本[1]での移入加群の定義を以下に示す。
R-加群Eが移入加群 (injective module) または移入的であるとは, 任意の単射準同型に対して, 次が全射になることである:
これはつまり、完全列に対して、以下が完全列になることを意味する。
右端に{0}が付いているのがポイントである。
平坦加群
まとめ
以上、完全列にまつわる重要な加群について紹介し、その基本的な性質について述べた。最後に表にしてまとめておく。
左完全性 | 常に成立 | 常に成立 | Mが平坦加群のとき成立 |
---|---|---|---|
右完全性 | Mが射影加群のとき成立 | Mが移入加群のとき成立 | 常に成立 |
これらの事実は証明を追うことも大切だが、そういうものだと認めて使いこなすことも重要だと考え、事実だけを列挙したまとめを作ってみた。ホモロジー代数ではこれらの加群については知っていて当然の世界が繰り広げられるので、よく理解しておきたい。
参考
[1]
環と加群のホモロジー代数的理論 21世紀数学で重要な手法をきちんと解説する初めての本
- 作者: 岩永 恭雄,佐藤 眞久
- 出版社/メーカー: 日本評論社
- 発売日: 2002/10/01
- メディア: 単行本
- クリック: 2回
- この商品を含むブログを見る