中学校で初めて負の数の掛け算を習うとき、(-1)×(-1)=1が成立するという事実は、初見ではなかなか受け入れがたいことであろう。私が中学生の時、当時の数学の先生は日常的な感覚に訴えるような例を出しながら、定性的な説明をしてくれたことを記憶している。しかし、この事実の証明を教えてもらった記憶はない。これはただそういうものだと受け入れるように言われ、気づけばその事実に慣れてしまい、疑問に思うこともなくなってしまったのであった。
この認識は、大学で複素解析を習った時に少し改まった。すなわち、なので、(-1)×(-1)というのは、1を複素平面上でだけ回転する操作を2回行うことを意味し、当然1になるというわけである。私は長らくこれで納得していたわけだが、やはり証明とは少し違う。
そんな中、つい最近Twitterでこの事実の証明を見つけた。それが以下である。
-×-=+,中学生最大疑問の1つ.証明されないから当然だね.正しく書くと環(R,+,0,*,1)で(-a)(-b)=abという定理.証明は以下の通り,ほらすっきり.
— 数学たん (@suugakutan) 2017年9月3日
ab+(-a)b=(a+(-a))b=0b=0=(-a)0=(-a)(b+(-b))=(-a)b+(-a)(-b)
素晴らしい。私はこのツイートを見るまで、そもそもこれが証明出来るものだとすら思っていなかった。
本稿ではこのツイートに敬意を表し、ここで述べられている証明を少しカスタマイズ&肉付けして、(-1)×(-1)=1の証明について代数的な視点から考えてみようと思う。
何を前提とするべきか
今回のように一見すると簡単な命題の証明というのは、慣れていないとなかなか難しい。それは、何を既知としてよいかが分かりづらいというところに起因すると私は感じている。全く自明に感じられない命題を証明するのであれば、持てる知識を総動員して証明に当たれば良いが、(-1)×(-1)=1というのは馴染みすぎているせいか自明に感じられ、どこまでを仮定として良いのか見えづらいのである。
今回の場合は、最低限の条件から積み上げることを意識して、以下を前提として考える事にしよう。
前提条件から分かること
これらの前提条件から、任意のについて以下が成立する。
- ・・・(1)
- ・・・(2)
- ・・・(3)
- ・・・(4)
- ・・・(5)
(1)式は加法の単位元の定義そのもの、(2)式は乗法の単位元の定義そのもの、(4)式は環の定義からが加法についてアーベル群となり、かつaの逆元は(-a)となることから分かり、(5)式は環が満たすべき性質である分配法則そのものである。(3)式は以下のようにして示せる。
群には必ず逆元が存在するので、最初と最後の式にの逆元を加えれば、(4)式と(1)式からが得られる。も同様である。
証明
上で示した5つの式だけを用いて、(-1)×(-1)=1を証明してみよう。そのために、少々天下り的ではあるが、以下のような計算を考えてみる。
上の式に現れる等号は、順に(2)式、(5)式、(4)式、(3)式より成立することが分かる。
ここで、最初と最後の式に1を足すと以下のようになる。
左辺の変形は(4)式と(1)式から、右辺の変形は(1)式から分かる。以上により、証明が完了した。
まとめ
本稿では、(-1)×(-1)=1を代数的な視点から、最低限の前提だけを元にして証明してみた。普段当たり前だと思っていることでも、いざ証明しようと思うと結構大変だ。