5次方程式の解を巡る旅 〜5次方程式の可解性判定編〜
前回の記事で3次・4次方程式のresolventについて説明した。本稿ではここまでの内容を総括し、5次方程式の可解性判定について述べる。
5次方程式の可解性判定
5次方程式のresolvent
上の5次多項式に対して、方程式の可解性について考える。議論の流れに大きな影響はないので、f(x)はmonicとしている。
f(x)を良く見るとの項がない。実は任意の多項式は適当な変数変換を施すことで、いつでも最高次より1つ次数の小さい項を消す事ができる[1]。そのため、ここでは最初から4次の項はその変換によって消されたものとして扱う。
まずは3次・4次方程式の場合と同じように、5次方程式にもresolventを考えるところからやってみよう。少々恣意的であるが、位数20のFrobenius群の作用に対して不変となる式について考えてみる。これを自力で思い付くのは難易度が高いが、幸い先人が以下の2つの式を見つけてくれている[2][3]。
ここで、私自身が悩んだポイントについて補足しておく。上記2つの式は様々な文献で見かけるが、これらの間の関係についてはあまり触れられることがない。実はresolvent invariantに適当な対称式を足したり掛けたりしても、resolvent invariantが持つ対称性に変化はない。そのため、resolvent invariantは無数に存在し、はどちらもその中の1つに過ぎない。実際、は対称式になっているようだ[4]*1。
どちらで考えても同じなので、以下ではを利用して議論を進める。にの元を作用させると異なる6つの式が得られる。以外の式を以下に示す[2]。
そのため、resolvent equationは以下のようになる。
以下、上記resolvent equationの左辺をとおく。にはにを作用させて得られる変化のパターンを全て根に持たせてあるので、の係数は対称式となる。そのため、f(x)の係数を用いて表す事ができる。
Resolventを用いた可解性判定
ここで困ったことがある。3次・4次方程式ではresolvent equationの方が次数が小さかったため、resolvent equationを解くことで元の方程式の解が得られた。しかし、5次方程式から得られたresolvent equationは6次方程式であり、次元が上がってしまっている。こんな式を得たところで、一体どうしたら良いのだろうか?
実は、ここで以下の強力な定理が火を吹く (ただし、本稿の文脈に合わせて記号等を微修正してある) [2]。
要するに、がただ1つの有理数根を持てば、f(x)は可解になる。これにより、resolvent equationの根を全て求めることが出来ずとも、元の多項式が可解かどうか判定できる。
Galois群とresolventの関係
しかし、この定理だけ見せられても何だか天下り的というか、どういう理屈でこんな事が成り立つのか分からない。そのため、もう少し掘り下げてみよう。
まず、f(x)が可解というのは、からf(x)の最小分解体への拡大に対応するGalois群が可解群である事を意味する。以下ではこのGalois群をと書く。上既約な5次方程式のGalois群のうち、可解なものは共役を除いて3つしかなく、そのうち位数最大のものはFrobenius群であった。しかも、他の2つは共にの部分群である。
そのため、f(x)が可解であるとは、を意味する。と言いたいところだが、実際にはには自身を含めて6つの共役な群が存在するので、はそのどれかに含まれることになる。
そうなると、がの共役に含まれる条件が知りたくなる。それを定理の形で述べたものが以下である[5]。
ただし、引用した論文では整数係数の多項式について論じているため、何かとが登場していることに注意されたい。ここはと読み替えても良いだろう。
ここで、Fはn変数の多項式であり、f(x)の根を代入することでresolvent invariantの役割を果たすものである。また、Gは対称群の部分群、は以下の式で定義される。
という方程式はresolvent equationの一般形となっている。
この定理はGに選択の余地があるが、今はのケースだけ考えれば十分である。簡易版の定理を以下に示す。
上記定理のうち特に後半が重要で、これによってGalois群の可能性を絞り込む事ができる。すなわち、のある部分群Hに対するresolvent invariantを見つけられれば、まずresolvent equationが得られる。そして、それが有理数根を持つかどうかを調べることで、がH、もしくはその共役な部分群に含まれるかどうかが分かるのである。最初の定理が述べていたのはまさにこのGalois群の絞り込みの一例なのである。
おまけ
交代群と判別式
ここまでの議論で5次方程式の可解性を判定することができた。しかし、これだけではf(x)のGalois群がに含まれるかどうかが分かるだけである。もっと問題を広げて、f(x)のGalois群を決定したいと思ったらどうすれば良いだろうか?
今の時点で分かっていることを少し言い換えると、Galois群が、またはのどちらに属するかを判定できたと言える。厳密にはGalois群はこれらと共役な部分群である可能性もあるが、共役というのは根への添字の付け方による変化に過ぎないので、ここでは共役は同一視する。
それぞれをさらに分解するために、という事実に着目する。つまり、Galois群がに含まれるかどうかが判定できれば、さらに可能性を絞り込めるのである。
そのためにはやはり上で紹介した定理を使うわけだが、定理を適用するにはの作用で不変となるresolvent invariantを見つける必要がある。実は判別式と呼ばれる非常に有名な式がこれに関係している。判別式の定義を以下に示す[7]。
(2) をの判別式という.
ただし、これはmonicの場合の式のようだ。最高次の係数が1でない場合の式はWikipedia[8]などを参照されたい。
ここで、差積はのresolvent invariantになっている。にの元を作用させるとまたはのどちらかになるため、resolvent equationは以下のようになる。
上で述べた定理によると、これが有理数解を持てばGalois群がに含まれることになる。言い換えると、であればGalois群がに含まれる。判別式自体は計算する手法が知られているため、これでGalois群がに含まれるかどうかが分かる。あとは同様にしてを区別してやれば良い。
このように、上述の定理を繰り返し用いることで、多項式のGalois群を決定することができる。ただし、そのためには着目する群のresolvent invariantを求める必要があり、次元が大きくなるとそれが困難になると思われる。
超越的な解法について
ここまで、5次方程式の解を四則演算とべき根のみを使って表せる条件を考えてきた。しかし、これはかなり限定的な状況であるという点はハッキリと意識しておく必要があるだろう。実際、超越的な操作を許すことで、次元がどれだけ大きな方程式でも解を求められる事が知られている[3]。
まとめ
以上、5次方程式の可解性判定法について述べた。その中で、resolventとGalois群の間の関係を明らかにした。今回の調査を通して、Galois群がずっと身近に感じられるようになったのは大きな収穫であった。
本当は実際に5次方程式の解を求めるところまでやりたかったし、超越的な解法にも踏み込んでみたかった。しかし、残念ながら人生の時間は有限である。他の勉強との優先度を考え、5次方程式の解を巡る旅は一旦終えることにする。
もし今後この話題を再び取り上げる機会があれば、その時はまた良い旅ができることを願っている。
参考
[1] http://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~kyodo/kokyuroku/contents/pdf/0848-01.pdf
[2] http://www.cem.uvm.edu/~dummit/quintics/solvable.pdf
[3] 五次方程式 - Wikipedia
[4] http://www.mast.queensu.ca/~wehlau/Fredericton/Grosshans.pdf
[5] http://www.alexhealy.net/papers/math250a.pdf
[6] http://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~kyodo/kokyuroku/contents/pdf/0848-01.pdf
[7]
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*1:これをWolframAlphaで愚直に計算してみたところ、めちゃくちゃ時間がかかった挙げ句にエラーになってしまった。[4]の著者がどうやっての間の関係を見出だしたのかが気になる。
5次方程式の解を巡る旅 〜3次・4次方程式のresolvent編〜
前回の記事で上の5次既約多項式のGalois群について調べた。本稿では実際に方程式を解くために必要となるresolventについて説明する。
本当に知りたいのは5次方程式についてだが、前準備としてより低次元の方程式が解ける仕組みを理解しておくことは有用なので、本稿では話のスコープを3次・4次方程式に絞ることにする。
Resolventを用いた方程式の解法
次元の高い方程式を扱うための方法の1つとして、問題をより次元の低い方程式に帰着させることが挙げられる。例えば、nを3以上の自然数として、あるn次方程式を解きたいとする。もし自然数m に対してm次方程式の解から元の方程式の解が導き出せるのであれば、解くべき問題をずっと簡単にすることができる。
Resolventは3次・4次方程式に対して、そのような次元削減の方法を与えてくれる。
3次方程式の場合
Resolvent invariant
上の3次多項式に対して、方程式を解くことを考える。議論の流れに大きな影響はないので、f(x)はmonicとしている。
f(x)の根をとしたとき、一部の根の置換に対して不変となるようなの多項式を考える。「一部の根の置換」として3次交代群を考えた場合、その作用に対して不変となる多項式を得るためには以下の式を利用する。
ここで、は1の原始3乗根である。すると、はの作用に対して不変となる。
このように、対称群の部分群に対して不変となるような式のことをresolvent invariantと呼ぶ[1]。しかし、実のところresolventという用語は使う人によって指すものが異なっている場合があり、resolvent invariantのことを単にresolventと呼ぶこともあるようである。
Resolvent equation
話を続けよう。さらに以下の式を考える。
はの作用に対しては不変だが、奇置換を作用させるとに変化する。実はも同様の性質を持っており、の作用に対しては不変、奇置換の作用に対してはに変化する。
ここで、を解に持つ方程式を考えてみる。
左辺をg(x)とおく。ここまでの議論により、g(x)の係数にの元を作用させると、以下のどちらかになる。
結果はどちらも同じになっている。つまり、g(x)はの作用に対して不変になる。そのため、g(x)の係数はの対称式となる。対称式は基本対称式で表すことができるわけだが、解と係数の関係よりf(x)の係数がの基本対称式になることを考えると、これはg(x)の係数をf(x)の係数で表せることを意味する。 ただし、計算は面倒なので割愛する。
このようして得られたg(x)を解けばが分かる。あとはここからを求めたいわけだが、これは以下のようして得られる。
ただし、に注意されたい。
このように、3次方程式を解くにはまずという2次方程式を解き、その解を元にの解を求める。そして、元の方程式を解くために利用される方程式のことをresolventと呼ぶ[1]。これに関しても用語の揺れがあって、resolvent equation、または日本語だと分解方程式とか分解式などと呼ばれることもある。
Resolvent invariantの条件
このようなことが成立するのは、こうなるようにresolvent invariantをうまく選んでいるからである。すなわち、resolvent invariantは以下の条件を満たすように選ばれていたのである。
- 対称群の作用に対してn個未満のパターンにしか変化しない。
- そこから元の方程式の解を導き出せる。
3次方程式についてはこのような都合の良い式が存在したので、解くことができたのである。
4次方程式の場合
4次方程式も基本的には同じ流れで解ける。上の4次多項式に対して、方程式を解くことを考える。やはりf(x)はmonicとしておく。
f(x)の根をとしたとき、resolvent invariantとして以下の式を考えてみる。
は二面体群の作用に対しては不変であるが、それ以外の置換を作用させると以下のどちらかの式に変化する。
ここで1つ困ったことがある。3次方程式の場合はがどちらもの作用に対して不変となっていた。しかし、ここで得られたはに対して不変ではない。この違いをどう捉えたら良いだろうか?
実は、はそれぞれと共役な部分群、の作用に対して不変なのである。3次方程式の場合はがたまたまの正規部分群だったため、共役な部分群がだけだったのである。
あとはにそれぞれ以外の置換を作用させたときにどうなるかだが、はのどちらかに、はのどちらかに変化し、それ以外の変化のパターンはない。結局、はの作用に対して変化しないか、互いに遷移し合うかのどちらかになる。
このとき、以下の方程式がresolvent equationとなる。
左辺をg(x)とおく。先ほどの議論により、g(x)の係数にの元を作用させると根が互いに入れ替わるだけで、g(x)自体は不変となる。そのため、g(x)の係数はの対称式となり、解と係数の関係によりg(x)の係数をf(x)の係数で表すことができる。
このようして得られたg(x)を解けばが分かる。最後に、これらを用いてを求める必要があるが、これは可能である。具体的な式は複雑なので割愛するが、気になる方は[2]などを参照されたい。
これで4次方程式も解くことが出来た。
おまけ:Lagrange resolventとは
本筋とはあまり関係ないが、最後にLagrange resolventの話をしておこうと思う。私は本件の調査を始めるまで、高次方程式を解くにはLagrange resolventというすごいやつを使えば良いのだと思っていたが、実はそうではない。ここで今の私の理解を整理しておく。
あるn次多項式f(x)の根をとすると、Lagrange resolventとは以下のような式のことを言う。
ただし、は1の原始n乗根である。
Lagrange resolventには面白い性質がある。すなわち、で割ると根に巡回置換を作用すさせるのと同じ効果が得られるのである。すると、の作用により以下の異なるn個の式が得られる。
ここで、これらを全てn乗した式を考えると、全て一致することが分かる。つまり、n次多項式のLagrange resolventは、n乗することで巡回置換に対して不変となるのである。
それ以外の置換に対する変化を考えると、結局Lagrange resolventのn乗は通りに変化することが分かる。
実は3次方程式を解く際に登場したU, VはLagrange resolventになっている。そのため、これらを3乗すると通りの式に変化したと言うわけである。
一方、4次方程式ではLagrange resolventを利用していない。それは、変化のパターンが通りとなってしまい、4次方程式を解くために6次方程式を解かなければならなくなるからである。
そんなわけで、Lagrange resolventは面白いが、方程式を解くのに使える万能薬ではないのである。
まとめ
以上、resolventとは何かということについて説明した。書き始めてみると毎度長くなってしまい、なかなか核心に迫れないでいるが、次回こそ5次方程式の可解性の議論に入りたいと思う。
参考
[1] Resolvent (Galois theory) - Wikipedia
[2]
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5次方程式の解を巡る旅 〜既約多項式のGalois群編〜
前回の記事で上の多項式の既約性を確実に判定できることが分かった。本稿からいよいよ本題である可解な5次方程式の話に入っていく。特に、本稿では既約な5次多項式のGalois群がどういう性質を持つのかについて記載しようと思う。
最小分解体とGalois群
f(x)を上の既約多項式とする。上既約なので、f(x)は上ではこれ以上因数分解できない。しかし、体を適切に拡大すれば因数分解できるようになる。例えば、思い切ってまで拡大すれば因数分解可能となる。
しかし、多くの場合そこまで体を拡大せずとも、もっと小さい体で因数分解できるようになる。実際、因数分解ができるようになる最小の拡大体というものが存在し、これをf(x)の最小分解体という。以下、これをLと表すことにする。
Lを具体的に得るのは簡単で、単にf(x)の根を全てに添加すればよい。すなわち、f(x)の根をとすれば、となる。
からLへの拡大はGalois拡大である。これは自明ではなく証明が必要と思われるが、ここでは割愛する。Galois拡大とその中間体には、Galois群とその部分群が1対1で対応し、これをGalois対応と呼ぶ。Galois群とはLの自己同型群のことであり、これはf(x)の根の置換と捉えることができる。そのため、Galois群は対称群やその部分群と同型になる[1]。
一般の5次多項式の場合では、最小分解体に対応するGaloisが5次対称群となる。これが可解群ではないために、根を代数的に表示することができないのであった。
推移的なGalois群
既約多項式のGalois群は1つ特徴的な性質を持っている。それは、作用が推移的になるということである。推移的な作用の定義を[2]より引用する。
(中略)
があり, となるとき, この作用は推移的であるという.
作用が推移的な群のことを可移群とかtransitive groupなどと呼ぶようである。
先ほど述べたように5次方程式のGalois群は5次対称群、もしくはその部分群と同型になるわけだが、そのうち作用が推移的なものはどれくらいあるのだろうか?実は、これは共役を除いて以下の5つしか存在しないことが知られている[3][4]。
名称 | 記号 | 位数 | 共役な部分群の数 |
---|---|---|---|
対称群 | 120 | 1 | |
交代群 | 60 | 1 | |
Frobenius群 | 20 | 6 | |
二面体群 | 10 | 6 | |
巡回群 | 5 | 6 |
上に示した5つの群の性質を見てみよう。まず、以下の2つの正規列を作ることができる。
が可解群でないことは有名であるが、実はは可解群となる。これより、5次の既約多項式f(x)について、という方程式が代数的に解けるための必要十分条件は、Galois群がに含まれることだと言える。これについては次回以降詳しく述べることにする。
Frobenius群とは
上で挙げた5つの群のうち、Frobenius群だけ馴染みがないという方は多いのではないだろうか?何を隠そう私自身も本件の調査をするまで知らなかった。そこで、本格的な可解性の議論に入る前に、Frobenius群の性質について調べてみたいと思う。
定義
まず、定義を[5]より引用する。
要するに、単位元以外の元はその作用によって高々1つの点しか固定しないということである。
重要な部分群
高々1つの点を固定するということは、点を1つ固定する元と1つも固定しない元があることを意味する。作用によって1つも点を固定しない元と単位元を合わせたものはFrobenius群の正規部分群となっており、これをFrobenius kernelと呼ぶ。また、作用によってある点を固定する元と単位元を合わせたものは部分群となっており、これをFrobenius complementと呼ぶ。
一般にFrobenius群Gには常にFrobenius kernel KとFrobenius complement Hが存在し、となる。上で述べた事実と合わせると、結局GはKとHの半直積になる。すなわち、である。
G, K, Hの成す短完全列
GとKは以下のような短完全列を成す。
ここで、は入射、は自然な全射を表す。
Frobenius群Gに対してKとG/Kは常に巡回群になることが知られている。このような性質を持つ群をメタ巡回群と呼ぶ[6]。すなわち、Frobenius群はメタ巡回群であると言える。
実はさらにとなる。G/KからHへの同型をとすると、結局以下の短完全列が得られる。
の全体像
Frobenius群の一般論はこれくらいにして、以下にの構造を示す。
は2つの置換によって生成されるので、全ての元をの積として表現している。エッジは生成元を左から掛ける操作を表しているが、一部省略している。各ノード下段の括弧で囲われた数字は、(1, 2, 3, 4, 5)という数字の列に対してその元を左作用させた結果を表している。その作用によって固定される点を赤で示している。
また、Frobenius kernelの元はノードに色を付けてある。具体的にはであり、これは正規部分群かつ巡回群になっている。なお、念のため明示的に述べておくがとなっている。
のFrobenius complementを得るために、例えば1を固定する元の集合を考えてみる。これはであり、確かに部分群かつ巡回群になっている。
まとめ
以上、既約多項式のGalois群の性質について述べ、続いてFrobenius群の紹介をした。後半はほとんど余談であったが、このようにある群の持つ性質をあれこれ調べてみるのは結構面白いし、Frobenius群を身近に感じるよい機会であったと思う。
次回はいよいよ可解な5次方程式の核心に迫っていこうと思う。
参考
[1]
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[4] http://www.isc.meiji.ac.jp/~kurano/soturon/ronbun/08kurano.pdf
[5] Frobenius Groups
[6] Metacyclic group - Wikipedia
5次方程式の解を巡る旅 〜多項式の既約性判定編〜
Galois理論活用の難しさ
一般の5次方程式に代数的な解の公式が存在しないというのは有名な事実である。これはGalois理論に深く関連する話題であるが、これ自体はGaloisによって証明されたものではない[1]。Galois理論の面白さは、代数方程式が解けるための条件を与えてくれる点にある。すなわち、Kを体とし、f(x)をK上の多項式とする。f(x)の最小分解体をLとすれば、という方程式が代数的に解けるための必要十分条件はが可解群になることである。この事がGalois理論により導かれるのである[2]。
Galois理論はこのように興味深く重要な理論なのであるが、具体的な多項式を目の前にしてその可解性を論じようとすると、たちどころに手が止まってしまう。すなわち、理論としてGalois群と方程式の可解性の間に深い関係があることは分かったものの、それを具体的な問題にどう活用したら良いのかが自明でないのである。
そこで、本稿では考察の対象を上5次の代数方程式に絞ってこの問題にアプローチしてみることにする。対象をこのように絞る理由は、あまり風呂敷を広げすぎても収集がつかなくなるのと、有理数体は素体であり、最も基本的かつ重要な体の1つと考えられるためである。
恐らく話が長くなるので、記事を何回かに分けることにする。今時点で頭に思い描いている全体のストーリーはあるが、深く考えていく中で書きたいことが変わる可能性があるので、目次は敢えて書かない。
Galois理論と多項式の既約性
ある具体的な多項式の可解性について考えるとき、多くの文献では上既約な多項式を扱うことが多いように思う。その理由は、可約多項式であれば因数分解された次元の低い多項式の可解性をそれぞれ考えればよいためだと思われる。
これは確かに一理あるのだが、ちょっと待って欲しい。実際にある具体的な多項式を目の前にして、それが既約であるかどうかというのは簡単に判定できるものなのだろうか?代数学を勉強したことがある人であれば、すぐに「Eisensteinの既約判定法を使えばよいのでは?」と思うことだろう。これは確かに一つの手である。しかし、Eisensteinの既約判定法に述べられている条件は、多項式が既約であるための十分条件であって必要十分条件ではないのである。つまり、本当は既約多項式なのに、Eisensteinの既約判定法ではそれが判定できないものが存在する。
これは困った。なぜなら、多項式の既約性とGalois群の構造の間には密接な関係があり、既約性が正確に判定できないとGalois群の決定が難しくなるからである。
既約性判定アルゴリズム
これについていろいろと調べてみたところ、上の多項式であれば既約性を判定するアルゴリズムが存在することが分かった。そもそもsageにis_irreducible関数が実装されているのだから、当然と言えば当然である[3]。
しかし、これがなかなかに難解なのである。その全容を説明することは今の私にはできないし、また紙面の都合もある。そのため、本稿ではアルゴリズムの概観を紹介し、多項式の既約性を決定的に判定する方法が存在するのだという点について、可能な限り納得感を得られるように努めてみる。
前処理
この後に述べる既約性判定アルゴリズムでは、入力として上のmonicな多項式を与える必要がある。そのため、に対して適切な前処理を施しておく必要がある。これについてを例に説明する。
やることは3つある。1つ目は分母の最小公倍数を括り出すことである。先ほどの例の場合、となる。2つ目は分子の最大公約数を括り出すことである。先ほどの例の場合、となる。
ここまでの操作でという形式に変換できた。あとはg(x)をmonicな多項式に変換できれば良い。そのためには、に対してとすれば良い。先ほどの例の場合、となる。
このようにして得られたh(x)に対して後述のアルゴリズム適用すると、上既約かどうか判定できる。上既約であればGaussの補題により上既約となる[4]。さらに、f(x)からh(x)を得た操作では既約性は不変であるため、h(x)が上既約であればf(x)も上既約となる。
アルゴリズムの流れ
をmonicな多項式とする。f(x)の上での既約性を判定するアルゴリズムの流れは以下のようになる[5][6][7]。
- f(x)がsquare freeであるかどうかを調べる。もしsquare freeでなければf(x)は可約なので処理を終える。
- pを素数とする。f(x)の各係数をmod pで写して得られる多項式が上でもsquare freeになるようなpを見つける。
- f(x)を上で因数分解する。つまり、を求める。もしf(x)が上既約ならば上既約なので処理を終える。
- にHensel liftingを繰り返し適用し、を満たすようなを法とした時の分解を求める。すなわち、を求める。ただし、はLandau-Mignotte boundと呼ばれる値で、である。はf(x)の係数の2乗和の平方根を表す。
- からいくつかを選んで掛け合わせる。そうして得られた関数の各係数をで写す。このとき、もし値がより大きければを引く。これがでf(x)を割り切ればf(x)は可約である。もし (全部選ぶというパターンは除いて) 全てのの組み合わせについてf(x)を割り切ることがなければf(x)は既約である。
ただし、これは多項式を因数分解するためのアルゴリズムであるBerlekamp-Zassenhausアルゴリズムを、私が既約性判定用にアレンジしたものであるのでご注意願いたい。
以下でそれぞれのステップのポイントについて説明する。
Square free判定
f(x)がsquare freeであるとは、と既約多項式の積に分解したときに、となることである。上の多項式がsquare freeかどうかを判定するのは簡単である。すなわち、が定数であればsquare freeである。
1つだけ例を上げよう。がsquare freeかどうかを判定してみる。GCDを求めるにはEuclidの互除法を使えば良い。なので、f(x)をf'(x)で割ると以下のようになる。
さらにをで割ると以下のようになる。
上の多項式における互除法では定数倍に意味はないので、による割り算を行ったことに注意されたい[8]。以上により、である。これは定数ではないため、f(x)はsquare freeではないことが分かった。実際、である。
なお、GCDの計算にさらっとEuclidの互除法を使ったが、これが可能なのは任意の体上の多項式環がEuclid整域となるからだという点を申し添えておく[9]。
既約性判定アルゴリズムでは上でもsquare free判定をする必要があるが、これはちょっと工夫が要るようである。詳しくは[10]を参照されたい。
pの見つけ方
一般にf(x)がsquare freeであっても、それがmod pの世界でもsquare freeとは限らない。例えば、はEisensteinの判定法により既約なので、square freeである。しかし、となり、これはsquare freeではない。
既約性判定アルゴリズムでは、f(x)がmod pの世界でもsquare freeになっていなければならないので、そのようなpを何とかして見つける必要がある。実は、これはそんなに悩む必要は無くて、有限個のpを除けばmod pの世界でもsquare freeとなるようである。証明はいまいち理解出来ていないが、[6]の命題6.36にヒントがある。
での因数分解
これについては検索すると山のように論文なりブログなりが出てくる。特に[10]に分かりやすくまとまっているようなので、興味のある方はそちらを参照されたい。
上の既約性と上の既約性の関係
一般に上既約であれば上既約となるが、逆は成り立たない。証明は[11]などを参照されたい。
Hensel lifting
Hensel liftingとは、Henselの補題を用いてにおける多項式の根からにおける根を帰納的に導出していく手続きである[12]。と、Wikipediaには記載されているが、実は多項式の因数分解に関係する別バージョンが存在する[5][13][14]。Henselの補題 (別バージョン) の内容を[5]より引用する。
ここで、(定義が書かれていないので推測だが)というのは多項式Fのleading coefficientを意味するのだと思われる。Leading coefficientというのは、要するに最高次の係数のことである。これがpで割りきれてしまうとmod pで写したときに次元が落ちてしまうので、そのようなケースを除外しているのである。もっとも、今考えているケースでは多項式はmonicであり、常にとなるのであまり気にする必要はない。
別バージョンを利用することで、Hensel liftingもそれに沿った形で行うことができる。具体的なの求め方は[5]の証明や[15]が参考になる。この別バージョンのHensel liftingを無限に適用することで、における多項式の因数分解をp進整数環にまで持ち上げる事ができる。
p進整数の近似
最終ステップでは本来上でのf(x)の分解が必要なのだが、実際のコンピュータで計算する際にはHensel liftingを無限に行うことはできないし、p進整数を誤差なく扱うことも困難である。すなわち、実際に扱うことができるのはp進整数の近似値だけである。
しかし、実はある程度の精度で近似値が得られれば、そこから多項式の因数分解を厳密に行える事が知られている。この精度はLandau-Mignotte boundと呼ばれる値により規定されるようである。
組み合わせ計算複雑性
最終ステップではの組み合わせを全て計算して係数を調べる必要があるが、これは時間計算量がの処理であり、一般には極めて重いアルゴリズムである。しかし、これを多項式時間で行うことができるアルゴリズムも存在するようである[7]。私には難しくてとても理解出来なかったが、興味のある方はぜひチャレンジしてみて欲しい。
既約性判定の例
せっかくなので1つ例を見てみよう。ここでは以下の多項式の上での既約性を判定してみる。
以下でアルゴリズムのステップを順に実行してみよう。
Step 1
計算は省略するが、が定数であることが簡単に確かめられる。よってf(x)はsquare freeである
Step 2
とすると、となる。詳細は省くが、f(x)は上でもsqure freeとなる。
Step 4
f(x)のLandau-Mignotte boundを計算すると以下のようになる。
よってHensel liftingを行うべき回数は以下のようになる。
よっての世界までHensel liftingで持ち上げれば十分である。詳細は割愛するが、Hensel liftingの結果は以下のようになる。
余談だが、Hensel liftingの計算はPARI/GPのAndroidアプリ版であるPariDroidを用いて行った[16]。スマホでこんな高度な計算ができるとは便利な世の中になったものだ。
Step 5
例えば以下の組み合わせについて考える。
であるため、を引いてとする。実はこれはf(x)を割り切るため、f(x)は可約である。
確認のために残りの因子についても計算してみる。
であるため、を引いてとする。これもf(x)を割り切る。
結局、f(x)は以下のように因数分解出来ることが分かった。
まとめ
以上、5次方程式の解の様子を調べるための準備として、上の多項式の既約性を決定的に判定する方法が存在することについて述べた。今回はあまり深入りしなかったが、この辺りの話は数学とコンピュータが交差する世界であり、調べてみると非常に面白い。数学もコンピュータも好きな方にはぜひオススメしたい。
次回以降、本来の目的である5次方程式の調査を進めていきたいと思う。
参考
[1] アーベル–ルフィニの定理 - Wikipedia
[2]
- 作者: 雪江 明彦
- 出版社/メーカー: 日本評論社
- 発売日: 2010/12/07
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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[4] Gauss's lemma (polynomial) - Wikipedia
[5] http://www.e.ics.nara-wu.ac.jp/~kako/teaching/ca2005/chap6.pdf
[6] http://www.math.kobe-u.ac.jp/Asir/ca.pdf
[7] http://citeseerx.ist.psu.edu/viewdoc/download?doi=10.1.1.558.6168&rep=rep1&type=pdf
[8] https://en.m.wikipedia.org/wiki/Polynomial_greatest_common_divisor
[9] ユークリッド環 - Wikipedia
[10] http://blog.fkraiem.org/2013/04/09/polynomial-factorisation-over-finite-fields-part-0-overview/
[11] http://people.virginia.edu/~mve2x/7751_Fall2009/lecture24.pdf
[12] Hensel's lemma - Wikipedia
[13] https://math.usask.ca/~fvk/bookch9.pdf
[14] メモ: ヘンゼルの補題 - 再帰の反復
[15] http://hariharan-ramesh.com/ppts/polyfactoring.pdf
[16] PariDroid - Google Play の Android アプリ
「リーマン積分<ルベーグ積分」という感覚を味わう
ルベーグ積分について調べていると、ルベーグ積分はリーマン積分より優れているという文面をよく見かける。これは恐らく事実なのだが、それを知るには両者を様々な観点から比較してみる必要があるだろう。
そこで、本稿では特に基本的な2つの観点、すなわち、積分可能条件と項別積分可能条件について両者を比較し、ルベーグ積分がいかに優れているかを味わってみようと思う。
積分可能条件
リーマン積分可能条件について学部の解析学の講義で習うのは以下のような事実であろう。すなわち、関数fの上ダルブー和と下ダルブー和の極限が一致するときfは積分可能と言い、その極限がfの積分となるのである[2]。これを一歩推し進めると、以下の定理が成立する[1]。
ただし、積分記号の前に(R)、(L)が付いているのはそれぞれリーマン積分、ルベーグ積分を表す。これを見ると分かるように、リーマン積分が扱えるのは有界関数に限定され、積分範囲についても有界閉区間しか許されない。
ただし、Eは可測集合である。
このように、ルベーグ積分は必ずしも有界でない関数に対しても行うことができる。また、積分区間は閉区間でも開区間でもよく、もっと言うと区間である必要もなければ有界である必要すらない。そのため、ルベーグ積分はリーマン積分と比べてより幅広く積分が可能となるのである。
広義積分の場合
リーマン積分は極限と組み合わせることで、積分可能な関数のクラスを拡張することができる。これを広義リーマン積分と呼ぶ。
実は、ルベーグ積分不可能だが、広義リーマン積分可能な関数が存在する。そう聞くと、「なんだ、ルベーグ積分がリーマン積分より優れているなんて嘘じゃないか」と思うかもしれない。しかし、広義リーマン積分は厳密にはリーマン積分とは異なるし、ルベーグ積分も同じように極限と組み合わせて広義ルベーグ積分に拡張することができる。その意味で、やはりルベーグ積分はリーマン積分より優れていると言えるだろう。
以下に各種積分が可能となる関数のクラスの包含関係を示す。
項別積分可能条件
関数列に対してリーマン積分が項別積分可能な条件は以下のように表される[3]。
一方、ルベーグ積分が項別積分可能な条件については、次の2つの定理が有名である[1]。
これら2つの定理の関係性については、調べてもいまいち情報が得られなかった。今のところは、どちらも同じくらい重要で、その時々によってどちらを使うべきか変わってくるのだと思っておくことにする。議論を簡略化するため、以下では主に優収束定理の方に着目する。
条件の厳しさの違いに関する疑問
リーマン積分は一様収束、ルベーグ積分は優収束定理により項別積分可能となるわけだが、実は優収束定理の方が緩い条件だと言われている。その理由は、優収束定理では関数列の各点収束しか求めていないからである。
しかし、これは簡単には納得できない。なぜなら、リーマン積分でもルベーグ積分でも、積分可能なのであれば結果は一致すべきだからだ。つまり、リーマン積分では項別積分すると計算結果が変わってしまうが、ルベーグ積分では変わらないなんてことがあってはならない。
この疑問の答えを探るために、以下の2つの例を考えてみよう。
例1:
この関数の区間[0, 1]での項別積分について考えてみよう。のとき、は以下の関数に各点収束する。
しかし、x=1の付近でヤバい挙動をするため、一様収束とはならない。つまり、リーマン積分については項別積分可能とは言えない。
一方、ルベーグ積分については優収束定理の条件を満たすので、項別積分可能となる。積分可能なg(x)としては、例えばなどとすればよい。
さて、これらの結論は一見すると矛盾しているように思える。一体、どちらが本当なのだろうか?
種明かしをすると、実はこれは項別積分可能である。実際、f(x)の積分は以下のようになる。
また、の積分は以下のようになる。
のときこれは0に収束するので、f(x)の積分と一致する。
結局のところ、リーマン積分における一様収束という条件は項別積分可能であるための十分条件に過ぎず、優収束定理はその条件をもっと精度良く広げていると言えるのだろう*1。
例2:
この例は九州大学のあるpdf[4]から着想を得て、私が考えたものである。この関数を区間[0, 1]で積分することを考えてみよう。分子にディリクレ関数が含まれているので、実際には以下のように場合分けができる。
この関数はほとんど至るところで不連続なため、リーマン積分不可能である。しかし、ルベーグ積分は可能である。まず、の測度は0であるから、の極限は以下のようになる。
よって関数列はに概収束する。ポイントは、に対してとなるが、それらの点は積分には影響を及ぼさないということである。
また、全てのnに対してなので、優収束定理により項別積分可能となる。
実際に確かめてみよう。まず、を積分してから極限を取ると以下のようになる。
よって両者が一致することが分かった。
まとめ
以上、リーマン積分とルベーグ積分を比較し、ルベーグ積分が優れているポイントをいくつか確認することができた。本稿の執筆を通して、ルベーグ積分は、測度の概念と"almost everywhere"の概念を組み合わせることで、さまざまな積分を簡単に扱えるようにしているのが感じられた。
正直に言って、ルベーグ積分にはそこまで興味がなかったが、勉強してみると案外面白かった。確率論への応用もあるようなので、そちらもいずれ勉強してみたい。
参考
[1]
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[2] 積分法 - Wikipedia
[3]
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*1:ただし、これを本当に主張するためには、一様収束はするが優収束定理の前提を満たさないケースは絶対に存在しないことの証明が必要となる。私はまだそれができていないため、あくまで推測であるという点にご注意頂きたい。
被積分関数、下から見るか、横から見るか
積分には大きく分けて2通りの方法がある。すなわち、リーマン積分とルベーグ積分である。リーマン積分は高校以来慣れ親しんでいる積分であり、また大学の初年度においてより厳密な取り扱いを学ぶ機会があるため、多くの方にとって積分と言えばリーマン積分を指すのだろう。
一方で、世の中にはルベーグ積分と呼ばれるものがある。これは、リーマン積分の持つ弱点を克服するために生まれたもので、より多くの関数を扱うことができる。
ルベーグ積分の議論で良く言われるのが、リーマン積分は定義域を分割するのに対して、ルベーグ積分では値域を分割するということである。このとき、誰もが疑問に思うことだろう。「なぜ定義域ではなく値域を分割すると、より柔軟な積分の定義になるのか?」と。
残念ながら、この疑問の答えは明に回答される事が少ないように思う。私自身、ルベーグ積分の学習を始めたときはちんぷんかんぷんだった。
そこで、本稿ではこの疑問に対して、私自身が考えた事について書いてみようと思う。
リーマン積分の問題
しばらくの間、簡単のために1変数実数値関数のうち定義域全体で値が0以上になるものに話を絞る。
リーマン積分では、積分区間を分割してx軸と被積分関数fで囲まれる部分の面積をたくさんの長方形を用いて近似する。長方形の高さの選び方には自由度があるが、各区間におけるfの最大値と最小値を高さにした場合の両方で計算を行い、分割を限りなく細かくしたときに両者が一致すればリーマン積分可能となる。
このやり方は連続関数なんかだと上手くいくのだが、fが積分区間においてほとんど至るところで不連続であったり*1、そもそも積分区間が無理数全体の集合のように不連続かつ稠密であったりすると、どんなに長方形の幅を狭めても面積をうまく近似できない。そもそも、そんな不可思議な関数の面積とは一体何だということも疑問である。
まず値域より始めよ
リーマン積分の問題は、どんなに細かく定義域を分割しても、ある区間内でのfの最大値と最小値が一向に近づいて行かないような関数を扱えないことにある。では、逆にfが取り得る全ての値に対して、その逆像*2の長さを求めてやるのはどうだろうか?そして、その値と逆像の長さを掛け合わせたものの総和を取るのである。
この方法に対しては、すぐに以下のような疑問が湧いてくる。
- fの値の逆像は一点集合だったり離散的な点の集まりだったりするケースもある。その場合、fが取り得る全ての値の逆像は長さ0になってしまい、結局それらを足し合わせた積分値も不当に0になってしまうのではないか?
- fの逆像の長さはいつでもうまく決めてやることができるのか?
1点目については、結論から言うとそうはならない。確かにfの1つの値の逆像は長さ0になることがあるが、例えばfが連続関数だったりすると、総和を取るところで非加算無限回の足し算が発生する。これは単純に0とは言い切れず、極限を用いた厳密な議論が必要となる。どうやら足し算の話が通用するのは加算無限までのようだ[2]。
ではどうするかと言うと、fに収束するような関数列を利用する。すなわち、値域を幅毎に等間隔に分割し、となるようなxに対して値がとなるような関数を考える。当然、である。
誤解を恐れずに言えば、はfを階段状に近似したものである。そのため、fと違っての値の逆像は区間であったり、区間の和集合であったりすることが多くなる。もちろん、それだけではなく、無理数全体の集合の部分集合のような扱い辛い集合になることもあり得るが、それも含めてざっくり階段状であると言えなくもない。fとのイメージを以下に示す。
そこで、そのようなの逆像に長さの概念を定義することができたと仮定する。先ほどの2つ目の疑問でも述べたように、この逆像に対して長さを上手く定義できるかという問題はあるが、ここではそれはできるとして話を進める。
この時、その長さとの値を掛け合わせたものを取り得る全ての値について足し合わせてやることで、面積と呼ぶべき量が得られる。fを直接扱う場合との違いは、は高々加算無限個の値しか取り得ないため、最後の総和を問題なく計算できるところにある。あとはとしてやれば、その極限としてfの積分が求まるというわけである。
測度、可測集合、可測関数
さて、上の議論を成立させるためには、先ほど仮定した長さに関する議論を明確にしておかなければならない。これは集合に対して測度の概念を導入することで解決される。
測度には様々な種類があるが、上で最も良く使うのはルベーグ測度と呼ばれるものである。ルベーグ測度とは、いわゆる日常的な意味で言うところの長さの概念を厳密に定めたものである。本稿では深く触れないが、ルベーグ測度を用いれば無理数全体の集合と区間[0, 1]の交わりのように病的な集合に対しても、長さを決めることができる。
では、測度というのはあらゆる集合に対して定義できるのだろうか?そうだと嬉しいが、さすがにそういうわけにはいかない。測度を定める事ができる集合は可測集合と呼ばれる。
そうなると、問題はの逆像が可測集合になるかどうかであるが、これも常にそうなるとは言えない。逆像が可測集合になるような関数は可測関数と呼ばれ、ルベーグ積分はそういう関数に対してしか定義できない。(追記1参照)
ただし、可測でない集合というのは、普通に生活している分にはあまり出くわすことはない。それどころか、可測でない集合の構成例は1つしか知られていないようだ[1]。しかも、選択公理を用いるかなり技巧的なものである。つまり、集合や関数が可測であるかどうかを確かめることはもちろん重要だが、実際に可測でなくて困るケースというのは稀だと思われる。
定義域の柔軟性
これまでの議論では主に1変数実数値関数が主役だった。しかし、一般の関数の場合は変数の数も様々だし、そもそも定義域がやその部分集合とは全く違う集合であることも考えられる。
しかし、例え定義域がどんな集合であろうとも、測度さえ定義できればルベーグ積分を考えることができる。積分における難しさは測度に押し付けて、積分自体はシンプルに実行する。これこそが、ルベーグ積分の非常にパワフルな点である。
例えば、世の中には確率空間に対して定められる確率測度と呼ばれる概念がある[3]。もし確率空間を定義域とした関数を積分したいと考えたとき、リーマン積分であれば「何をどうやって長方形に分割するんだ?」と悩まなければならない。これがルベーグ積分であれば、測度さえ決めてやればいつでも全く同じ方法で積分を行う事ができるのである。
このような事が成立するのは、被積分関数が常に実数値を取るからである*3。つまり、定義域はその時々によって姿を変えるが、値域はいつもまたはその部分集合なので、こちらに着目した方が積分の定式化がしやすいのである。
まとめ
以上、ルベーグ積分がなぜうまくいくのかについて、値域というキーワードから私なりの考察をしてみた。結論としては、以下の点が重要であることが分かった。
可測関数に対しては関数値の逆像に対して長さの概念、すなわち測度を与えることができるので、それを用いて積分を定義できる。(追記2を参照)- 値域は常に数値なので、どんな空間においても同じ形式で積分が定義できる。代わりに測度の計算が複雑になるが、そこはブラックボックスと考えて良い。
プログラミングっぽくまとめると、測度インターフェースを引数に取るルベーグ積分なるfunctionが定義できて、測度の実装はポリモーフィズムによりその時々で変更可能、と言ったところか。考え方が分かると、ルベーグ積分はなかなか面白い。
追記1
とんでもない誤解をしていたが、可測関数の逆像は必ずしも可測集合とは限らないようだ[1]。区間の逆像は可測集合になるようだか、一般にはそうとは限らないらしい。
正確には、まず先に単純関数と呼ばれる関数を考える。単純関数の定義には「逆像が可測集合である」という条件が含まれる。一般の可測関数fに対しては、fに収束する単純関数の列が存在することが知られている。
つまり、本文中の誤りを訂正すると、もしが単純関数ならば、その逆像は定義から必ず可測集合となる。また、fが可測関数でなければ、そもそもfに収束するするような単純関数の列が存在するとは限らない、ということになるだろう。
追記2
修正を取りこぼしていた。こちらも追記1と同種の誤りである。
正しくは「可測関数fに対しては、単純関数の収束列が存在する。単純関数の逆像に対しては長さの概念、すなわち測度を与えることができるので、それを用いて積分を定義できる。このとき、ある種の条件を満たせば、その関数列の積分値の極限としてfの積分値を得ることができる。」となる。
ここで言うある種の条件については本文では触れていないが、これは結構重要である。詳細はまたの機会に書くつもりでいる。
参考
[1]
- 作者: 寺澤順
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- メディア: 単行本
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[3] 確率測度 - Wikipedia