有限体上の線形代数を探訪する ~ 数ベクトル編その2 ~

前回の記事で有限体の元を成分に持つ数ベクトルについて考えた。本当は次は行列についての記事を書こうと思ったのだが、そちらを書いている最中に数ベクトルの一次独立性について疑問点が生じてきたので、本稿ではそれについて考えてみる。

標数はつらいよ

 \mathbb{R} \mathbb{C}上の数ベクトルの場合、一次独立とはベクトル間に自明でない線形関係が存在しないことを言うのであった[1]。

 \mathbb{R} \mathbb{C}標数0なので良いのだが、正標数の場合には1つ心配なことがある。それは、0でない2数を足すと0になるケースがあるということである。「それを言うなら \mathbb{R}だって 1+(-1) = 0ではないか」と言われればそれまでなのだが、一見すると正の数のように見える2数(もちろん有限体に正も負もないわけだが感覚的な話として)を足して0になるという点について、一次独立性を考える際に何か落とし穴がないのか?というのがふわっとした疑問であった。

この疑問をさらに深く考えてみたときに、疑問の正体は平行性の定義との整合性であることに気づいた。つまり、平行でない2つのベクトルの線形結合を成分ごとに計算した結果、正標数であるが故にたまたま全て0になってしまうようなことがないか?ということである。もしこういうことが起こると、まともな議論ができないだろうと思ったわけである。

これについて、結論としては直観に反する結果にはならないことが分かった。以下でそれを示してみる。

平行でない2ベクトルの間に非自明な線形関係が存在しないことの証明

この章のタイトルだけ見ると「何を当たり前のことを言っているんだ」と思われるかもしれないが、ここではあくまで有限体の元を成分に持つ数ベクトルについて考えていることを再度強調しておく。

 n自然数 q素数冪とする。互いに平行でない n次元ベクトル {\bf x}, {\bf y} \in \mathbb{F}_q^n ({\bf x} \ne {\bf 0}, {\bf y} \ne {\bf 0})について、これらの間に以下のように非自明な線形関係が存在すると仮定する。

 \displaystyle{
a {\bf x} + b {\bf y} = {\bf 0}
}

両辺に b(q-1) {\bf y}を足して整理すると以下のようになる。

 \displaystyle{
\begin{eqnarray}
a {\bf x} + b q {\bf y} = b(q-1) {\bf y} \\
{\bf x} = \frac{b(q-1)}{a} {\bf y}
\end{eqnarray}
}

よって {\bf x}, {\bf y}は互いに平行となるが、これは矛盾である。よって仮定は誤りで、 {\bf x}, {\bf y}の間に非自明な線形関係は存在しない。

考えてみればなんとも呆気ない結果であった。

まとめ

有限体上の線形代数を考えていると、いろんな定義がwell-defineのようなそうでないような、また様々な定理が当たり前のような当たり前じゃないようなそんな感覚に襲われ続ける。こういうときは愚直に1つずつ考えて、少しずつ親しみが持てるようになっていきたいところである。

次回こそは有限体の元を成分に持つ行列について考えてみようと思う。